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青春アスハラク  作者: 城鐘 狐月
水無月編
21/39

西彼杵オリヴィア 008


 時間は飛んで、十数日後。正直、こんなことをしていいのかは微妙だが、海老原先輩の一件が終わった後のことだ。


 灰原と呼ばれた男。御門とどんな関係があるのか__なぜ、あいつは僕が、色覚を持ち合わせていないことを存知なのだろうか。

 春休み。僕が地獄に身を浸していたその時期に、御門は、灰原と何があったのだろうか。

 灰原。灰原广(まだれ)と、言うらしい。


 广。変わった名前だ。


 そんなことを考える夕暮れ。空は白黒の茜に染まる時間。いつものように文芸部に向かっていた。

 文芸部の扉を軽くノックして、這入る。そこには、いつものように、西彼杵先輩がいた。いつものように、ノートパソコンで作業をしながら。


「こんばんは。曲間さん」

「こんばんは」


 なんて、軽い挨拶をしつつ。


「おや、扇さんの姿が見当たりませんが」

「ああ__あいつは休みです。なんか、体調、崩したみたいで」

「そうですか。では、機会がありましたら、お大事に、とお伝えください」


 実際、ちょっと、僕もお手上げだ。西彼杵先輩と狭い密室で二人きりとか、息苦しいにもほどがある。

 荷物を置き、パイプ椅子に腰をかけ、本棚から無作為に取り出した本を開く。どうやら、外国の本らしい。もちろん、翻訳されているが。


「______」

「______」


 ぐ__内容が頭に入ってこない。いわゆる目が滑るというやつだ。どうも僕は、この気まずい空間で読書をすることはできないらしい。


「______ふむ」


 と、数分。静寂が続いたところで、西彼杵先輩が口を開いた。


「曲間さん」

「は、はいっ!? なんでしょう」

「ワタクシって、とっつきにくい、ですかね」


 なんの脈絡もなく、突然だった。


「とっつきにくい、ですか」

「ええ。クラスメイトからも言われるのです。『西彼杵さんは、喋りかけづらい』と」

「そうですか__まあ、否定はしませんね」

「む__やはり」


 それはなぜでしょうか、と、問いかける西彼杵先輩。


「外見__も、あると思います。どうにも、西洋まっしぐら、みたいな顔立ちなので、どことなく高貴な印象を受けるんじゃあないですか?」


「そう、ですか」

「ああ、いえ、それが全てではないと思いますよ? 先輩は言動もきっちりかっちりしてますし__成績だって優秀なんじゃないですか?」

「まあ__ああ、嫌味ではありませんよ」

「分かってます__でも、そういう人って、結構、近寄りがたいんですよ。特に、楔無に来る人は、響きやすいんじゃあ、ないですかね__」


 そういうのは。中途半端な人間が集まる場所だから。

 何かを極めた者は、排除される空気にある。

 その分__人間とも化物ともつかない位置にいる僕は、中途半端な者として、まあまあ、受け入れられてはいる。

 傷を舐め合うように。

 もう、無い傷を。


「成程。道理ですね」

「そうですかね」

「では、曲間さん、少しワタクシとおしゃべりしましょう」


 それはいきなりの提案だった。なんの脈絡もない、突然の提案。


「おしゃべりって__」

「曲間さんはフランスに行ったことはありますか?」

「いえ__大分前に、アメリカに行ったくらいです」

「そうですか__ハワイ州に、ですか?」

「まあ、はい__」


 見透かされていた。


「いいところですよ。フランスは。日本のように街並みは散らかっていませんし、食べ物は美味しいし」

「へえ、それは是非行ってみたいですね」

「機会がありましたら」

「そういえば、先輩はよくノートパソコンで作業してますけど__何をしてるんですか?」


 静寂の中でも、キーボードのタイピング音が響く。


「仕事ですよ、仕事」


 そんな返答で、今日の会話は終わってしまった。


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