海老原御門 006
廃屋探索をしてからもう数十分は経っただろうか。
やはり、違和感を感じる。ここは__こんなに小綺麗だっただろうか。しかし、まあ、記憶とはあやふやで曖昧なものだから、これくらいの間違いはあるのかもしれない。きっと、僕の思い違いだったのだろう。
きっと、そうだ。
「先輩。どうですか?」
「む、いまいちピントが合わん。これはどうやるのだ?」
「ですから、撮りたいところに触れて__」
「おお、ありがとう。水面は何でも知っているな」
何でも、知っている。
「何でもなんて知りませんよ」
白魚じゃああるまいし。
「そうか__そういえば、灰原__あのグレーのコートを着た大男は、『俺が知らないことは無い。だから何でも聞いてみるといい、鷹ヶ谷南の娘』なんて気取った事を言うんだ。本当、あいつにはいつも驚かされる」
あのばかでかいコートはグレーだったのか。それこそ不審者じゃないか。先輩は大男と言ったが__俯いていて、さらに椅子に座っていたので身長はわからなかった。先輩が大男の太鼓判を押すくらいだ、二メートルあっても不思議ではない。
「俺が知らないことは無い」__か。それは、偶然なのだろうか。
「僕に知らないことなんて何一つとしてこの世にないんだよ」__白魚のセリフと、嫌でも重なる。偶然、なのだろうか。
そういえば、こんな事を、白魚は言っていた気がする。
「いいかい、水面氏。この世は決まった筋道を辿っているんだよ。余程のイレギュラーがない限りそれは不変なんだ。安っぽい言い方をすれば運命だね。この世は流れだ。覆水盆に返らず。流れは不可逆。もう、戻らないんだよ?」
だから、この一瞬を大切にね? そう、白魚は言っていた。
変わらないことは無い、か。
「おお!? 水面、写真が撮れなくなったぞ。戻してくれ」
「え? えっと、あ、これ、動画撮影になってますよ。えっと__」
「何? 最近の携帯は動画まで撮れるのか」
「え、ええ」
世間知らずすぎるだろ。今までどうやって生きてきたのだろうか。
「うむ、最近は物騒だからな。録音できる端末を持ち歩くというのも頷ける。口約束では信用できんときもあるからな」
録画録音イコール不祥事と決めつけてしまうのは、彼女の、生徒会長が故の政治家気質だからだろうか。
「さて、三十枚程度は撮影したし、これで灰原も文句無いだろう。さっさとこの気味の悪い洋館から出て、コアラのマーチを受け取るとしようか」
ニンマリと満足げな顔をする先輩。どこか、幼い頃を彷彿とさせた。
玄関へ向かい、鍵を開ける。が、扉は開かない。建て付けが悪いのだろうか。
「退け、水面」
その言葉を聞くや否や、僕は屈んでいた。反射__とも言うべき速度だっただろう。それはそうだ、女子高生の回し蹴りが、踵がいきなり顔面目掛けて飛んで来れば誰だってこうするだろう。扉は開いた。どこかが壊れたような音とも取れる音が聞こえたのは気のせいとしよう。
ちなみに、先輩のパンティーショーツは白だった。さっきも言ったか?
子供の頃は縞パンをよく履いていたのだが、それは成長というやつだろう。
「ふうっ。それじゃあ、少し寄って行くか__あ、水面も来るか?」
「どこへ?」
「あの神社だ」
どうやら、あの神社、らしい。




