好きは好きでも好きのうち。
「今日、ちょっとふたりで会えない?」
彼に恋人がいるのは分かってる。
「え? うん、いいけど……今出先だから外出て来る?」
「いや、……ウチおいでよ」
私の言葉の不自然な間には、きっと気付いてないのだろう、何も疑わずに夕方に会うという約束をして、電話は切れた。
恋人でもない異性を家に呼ぶのはおかしいと思うかも知れない。
だけど、私たちの仕事上よくあることなのだ。
彼は、動画を撮ってサイトに投稿することで——正確に言えば、それを沢山の人に見て頂いて——生計を立てている。それは私も同じで……私たちは、謂わば「仕事仲間」なのだ。私と彼が一緒に動画を撮ることはそんなに多くはないけれど、情報交換はよくしている。
そんな大切な仕事仲間に、私は、恋をしてしまった。
彼に恋人がいるのは分かってる。
だけど、あんなに迷惑を掛けちゃうような彼女より、絶対私の方が……。うん、考えるのはやめよう。自分の醜さを直視するのは、今のタイミングではちょっとキツい。
とにかく、私は彼が好きだ。
出来れば私を愛して欲しい。
今日は清算の日。
私は、男女関係においてのタブーを侵す。
♢♢♢
「お疲れ様でーす」
丁寧な挨拶を、慣れからくる雑さで発した彼は、私の返事を待たずに部屋に入って来た。
「お疲れ様ですー。ごめんね、呼び出しちゃって」
ホットコーヒーでいいよね? と、いつもの軽さで訊く。
「うん。ありがと。んで、どうかしたの? 機械の調子?」
荷物を置いて、ベッドの上に遠慮なく座る彼。
あーあ、こういう奴なんだよなぁ。
丁寧だし優しいんだけど、肝心なところが抜けてると言うか。……まぁ、私が女として見られてないだけなんだろうけど。
「いや、今回は全然そういうんじゃなくてね」
ホットコーヒーをテーブルに置いて、私も彼の隣に腰掛ける。
柄にもなくドキドキしている。……落ち着け、私。
「……ねぇ、私と付き合わない?」
「……えっ!?」
めちゃくちゃ驚いた表情。
……うん、分かってた。この、人を恋人としてなんか微塵も見たことがなかったみたいな反応。
「だけど俺、彼女いるしさ……」
「私じゃダメかな?」
「だ、ダメって訳じゃないけど……。ほら、ゆっちは俺の大事な仕事仲間だしさ、」
さりげなくネット上の名前で呼ぶところなんか、狙ってるのかな。彼のことだし、そこまで頭は回らないと思うけど。
「…………」
「だ、だからさ、」
「……ふふふふっ」
「えっ?」
「なーんてねっ」
「……あっ!? えっ、嘘!?」
私は、本棚に設置しておいたビデオカメラを手に取り、彼の顔を大写しにする。
「はーい、今のお気持ちは?」
ワントーン高めの、動画用の声。
目の奥が霞む? 気のせいかな。
「ちょ、マジでやめろよなー!!!! 本気で焦っただろ! うあー!! まじかーーーーー」
床に倒れこんでしまった彼を背景に、私もフレームインする。
「いやー、視聴者の皆さん! 彼の下衆いところが見れなくて残念ですねー! はい、私も残念です! 一途な彼には勝手に幸せになってもらうとして、それではこの辺で! まったねー!」
満面の笑顔で動画を締めくくり、録画停止ボタンを押す。
「……それ、上げるの?」
「あたり前田のクラッカー♪」
「……それ、俺のイメージ上がって終わりじゃない?」
「そうだね」
「誰得だよ!」
「まぁ……私得?」
「はぁ?」
不可解そうな彼の顔に、満面の笑顔を向ける。
「私はキミの大ファンだからね!」
そう。大ファンだから。だから、泣かない。傷付かない。
……感謝してよね。バカ。