ささやかな裏切り
昔の恋人の思い出の品とか写真って、
みんなどうしてんのかな?
オレの場合、恋愛経験も乏しく、どうしていいかなんて考えたこともなかったんだけど・・・
でも、どうしても処分出来なかったものがひとつだけあったわけで・・・
長かった東京暮らしを終え、故郷の大阪に帰ってきた。
19年という歳月は、いろんなことを忘れさせるには十分な長さだった。
人のうねりに揉まれ、必死に働いた。
恋をして、家族になって、宝物も授かった。
仕事も家庭も順調だった。
新居への引っ越しも済み、大阪での新生活に慣れてきた5月の終わり。
3年前に主のいなくなった実家の片付けをすることになった。
ブツクサ言う嫁さんと娘を連れて、荷物整理のために懐かしの実家へ上がり込む。
オレの子供の頃のアルバムを見てはしゃいでる女子2人を放置し、自分の部屋の整理に勤しむ。
母に見つからないように隠してあったエロビデオを処分するために、押入れを隈なく掃除。
大体片付け終えたところ、一番奥の隅からブルボンのクッキーの四角い缶が出て来た。
「これ、なんやったっけ?キン消し?いや、ビックリマンシールやったかな?」
中身の見当がつかず、何気なく蓋を開けてみる。
中には淡いピンクの革装丁の日記帳が3冊。
「アッ」
見た瞬間、思わず声が出ていたような気がする。
高校時代の彼女との4年に渡る交換日記。
マミちゃんとは中学時代に塾が一緒で、たまに話す程度の仲だった。
なんとなく気が合うし、ちょっとカワイイなとは思っていた。
でもまだ女の子とお付き合いしたいとか、そういうのは良く分かっていなかった。
むしろ、女なんてやかましくて煩わしいわい!
とすら思っていたウブなオレであった(汗)
マミちゃんは私立のお嬢様女子校に、オレは公立の共学校に進学した。
そんなわけで特に接点も無く、彼女のことを思い出すこともなかった。
秋になり、文化祭の時期となった。
うちの高校の文化祭はメッチャ面白いと評判で、他校の生徒もいっぱい遊びに来ていた。
彼女いない男どもは、ここぞとばかりに品定めで盛り上がる!
相変わらず堅物だったオレはというと、ヤレヤレ ってなカンジで模擬店の仕事に精を出していた。
焼きそば焼いてたオレは、不意に声を掛けられた。
「お久しぶり。勉学してる以外の姿、初めて見たわ~(笑)」
顔を上げると3人組の女の子。
その真ん中でマミちゃんが微笑んでる。
大袈裟ではなく、オレにはその時のマミちゃんが天使に見えた。
以前よりメッチャ可愛くなってるではないか!
なんて言葉を返したのか覚えてない。
が、マミちゃん達の焼きそばは、特盛りにしたことは言うまでもない。
「もうすぐ交代やから、ちょっと待っててくれへん?一緒に回ろ?」
ウブっこだったオレがまさかの発言・・・
隣で会計してた友達のカズっちとヒデが便乗してきて、3対3でご一緒することに。
月並みな表現だが、
もうオレはマミちゃんにメロメロ!
もうオレはマミちゃんにメロメロ!
オレ的に重要ポイントなので2回繰り返す!
カズっちもヒデもマミちゃん狙いだったらしい。
が、1人ずつ体育館裏に呼び出して黙らせた。
文化祭後にキャンプファイヤーがあったが、他校のマミちゃんは参加出来ない…
当然のごとく、キャンプファイヤーなんかブッチしてマミちゃんと一緒に帰ったった。
マミちゃんのお友達たちは気を利かせてくれたのか、先に帰ってくれたらしい。
カズっちもヒデも撃沈していたのは言うまでもない・・・
帰り道、ウブなオレは「好きです」とか「付き合って」とかは、さすがにまだ言えなかった。
でも何とか次の約束をしなければという知恵は働いた。
駅での別れ際に、今は亡きポートピアランド(神戸にあった遊園地)に誘ってみた。
「来週の日曜、ポートピアランド行かへん?あ、もちろんヒマやったらでええんやけど・・・」
ヒマやったらなんて余計なこと、今なら絶対言わない。
でもこの時は、また会いたいって一心で、精一杯の勇気を振り絞ったセリフであった。
するとマミちゃんが、
「今日はマコトくんに会いたいなと思って来てん。だから今度も楽しみにしてるね」
って・・・
手を振りながら改札をくぐって消えていくマミちゃんを見送りながら、呆然とするオレ。
敢えてもう一度言おう。
もうオレはマミちゃんにメロメロ。
そんなカンジでマミちゃんとのお付き合いが始まったのだが、学校が違うので、そんなに頻繁には会えなかった。
今みたいに携帯なんて気軽に持てる時代じゃ無かった。
中学の時、マミちゃんを塾に送り迎えするお父さんを見たことあるが、夜でもグラサン掛けてて坊主頭のコワモテ。
家に電話なんて恐ろしくて出来なかった・・・
そんなチキンなオレの気持ちを察したのだろうか、
「お互いに会えない間の事を書き綴って交換しよ♪」
マミちゃんが淡いピンクの日記帳を手渡してくれた。
こうして交換日記がスタートした。
付き合って3ヶ月が経った、高1のバレンタインデーの日であった。
意外にマメだったオレは、せっせと下手くそな日記を書き続けた。
マミちゃんは文章も上手くて、楽しげな学校生活が凄く伝わってくる日記を書いてくれた。
オレのくだらないテレビの感想なんかにも、丁寧に返事を綴ってくれていた。
お互い高2になる春を迎えた頃には、オレは、マミちゃんとずーっと一緒にいたいと思うようになっていた。
マミちゃんの外見だけじゃなく、中身にもにメロメロだった。
高3になり、受験勉強で忙しい間も、2人の交際は順調だった。
マミちゃんは保育士になりたくて、保育科のある女子大に現役合格。
オレはこれといった目標を見出だせず桜散らしてしまったが、親の情けで一浪させてもらえることになった。
浪人生とは言え、高校時代に比べると時間に余裕が出来た。
週に2、3回はマミちゃんと会えるようになっていた。
しっかり者のマミちゃんに、勉強のスケジュールを管理されていた感もあるが、オレは幸せを感じつつ頑張れていた。
そんなに会えるようになっていたにも関わらず、相変わらず交換日記は続いていた。
日課のようになっていて、続けるのが当たり前だと思っていた。
マミちゃんも同じ思いだったんだろう。
そんなカンジで浪人生活も明るく過ごし、何とかソコソコ有名な大学に合格出来た。
マミちゃんと同じ立場に立てた気がして、無性に嬉しかった。
交換日記も3年の月日を重ね、3冊目の半分に差し掛かったある日、こんなことを書いてみた。
「今、本当に幸せを実感してる。この交換日記のおかげで、マミのこと、深く深く知ることが出来た。
将来、マミと一緒に暮らすようになっても、この日記、続けていこな!」
マミちゃんからの返事には、こう書かれていた。
「わたしも同じ想いです。でもこれ、直接伝えて欲しいな。いつでも良いから、いつまでもずっと待ってるから。」
舞い上がった!
頬がだらしなく垂れ下がるのが自覚出来た。
もうオレは相変わらずマミちゃんにメロメロ。
しかし、そんな幸せな日々は突然に、呆気なく終わりを告げた・・・
マミちゃんは友達と行ったアメリカ旅行中、交通事故に巻き込まれて亡くなってしまった。
マミちゃんのお母さんからそのことを聞かされた時、何も言葉を発することが出来なかった。
頭が真っ白になるという経験を、初めて味わった。
何も手につかなくなり、食事も全く受け付けなくなった。
大学に行こうと朝出掛けても、足が勝手にマミちゃんの好きだったカフェに向いてしまう。
マミちゃんのお気に入りだったテラス席にひとり座る。
マミちゃんの好きだったロイヤルミルクティーを眺めて、メソメソ泣く日々が続いた。
四十九日の法要から少し経ったある日、マミちゃんのご両親から、オレ達の交換日記を渡された。
アメリカから持ち帰った遺品に入っていたそうだ。
「あなたにお返しするのが、マミにとって一番嬉しいことだと思うから。」
お母さんの目は真っ赤だった。
「辛いかもしれないけど、受け取ってあげてくれ。」
グラサンを外したお父さんの目も真っ赤だった。
日記を受け取ったオレは、震える手でパラパラとページをめくる。
最後のページに、こう書かれていた。
「あー、旅行なんか止めて、マコトくんと一緒にいれば良かったな。
マコトくんのいないアメリカなんて、クリープの入ってないコーヒーやわ。
いつまでも待ってるって言ったけど、やっぱり早く聞きたいな、この間のセリフ。
帰ったら真っ先に会いに行くから、聞かせて欲しいな~」
人生で初めて、人前で号泣した。
嗚咽というものを、初めて漏らした。
いつまでも床に突っ伏したまま、動けなかった。
大学卒業を迎えてもボロボロだったオレ。
就職して、必死に仕事することだけしか考えられなかったオレ。
そんなオレに幸せをもたらしてくれた、嫁さんと娘には本当に感謝してる。
平凡だけど、ほんわかした空気に包まれた日常は、マミちゃんのことを完全に忘れさせてくれていた。
忘れたいわけではないけど、忘れている時間も必要なのかもしれない。
マミちゃんには申し訳ないけど。
でも、今ならマミちゃんと過ごした日々を、泣かずに思い返すことが出来る。
マミちゃんのくれた優しさを、大切な人達に分けてあげられる気がする。
マミちゃんとの交換日記は、さすがに捨てることは出来ないや。
マミちゃんのことは、嫁さんや娘には、この先もずっと話す事は無いかな。
新居に出来たささやかなオレの書斎の片隅に、マミちゃんの居場所があってもいいよね。
愛する人達への、本当にささやかな秘密。
本当にささやかな裏切り。
オレが初めて、心から愛した、永遠の恋人。