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OUTRO

 赤や黄色、オレンジに染まった落ち葉が、秋の森の大地を覆う。風が吹きつければ、かさかさと音を立てて、落ち葉が舞い上がった。

 ここ数日で、気温がぐっと下がった。北エリアは、大陸の中で一番早く秋が訪れ、一番早く冬を迎える。そのためこの時期の北エリア人は、冬支度をすっかり整えていた。

 秋は毎年、多くの人が待ち望む、狩猟解禁シーズンでもある。

 特に盛んなのは鹿撃ちだ。北エリアは腕のいい漁師が多く、上質の鹿肉が大陸中の市場に出回っている。

 

 今日も一人の猟師が、鹿を求めて森を訪れた。

 自慢の猟銃を肩に担ぎ、長年の相棒である大型の狩猟犬を伴って、歩き慣れた森の中を行く。

 耳をそばだて、茂みや木の幹の陰を注意深く観察する。犬の反応を見ながら、静かな足取りで、森の奥へ奥へ進んだ。

 生え変わって抜け落ちた鹿角が見つかったら、知り合いの工芸家に持っていってやるか。そんなことを考えていた矢先のことである。

 犬がけたたましく吠え出した。尻尾をぴんと立て、緊張した様子で、木々の生い茂る向こう側を一心不乱に睨んでいる。

「いい子だ、鹿を見つけたんだな?」

 猟師は、いつ獲物が姿を現してもいいように、銃を構え直す。

 犬は激しく吠え続けていた。どうも、いつもの吠え方と違う気がして、猟師は不審に思った。犬は、何かに怯えているようだ。

「なんだ、一体何を見つけた?」

 鹿ではなく、熊だろうか。いや、熊ならば、もうとっくに姿が見えているはず。それに、熊猟にも慣れた犬が、こんな怯えた吠え方をするだろうか。

「よしよし、動くんじゃないぞ。何が潜んでいるか、俺が確かめよう」

 猟師は犬をなだめつつ、茂みの方へ慎重に近づいていった。

 銃を構え、獣が飛び出して来たらすぐ撃てるよう、精神を集中する。

 茂みが揺れた。何かいるのは間違いない。

 猟銃の安全装置を外し、引鉄に指をかける。

 そのとき、恐怖にかられた犬が、狂ったように吠えながら、茂みの中に突っ込んでいってしまった。

「おい! やめろ! 戻って来い!」

 猟師は慌てて銃を下ろし、犬を追って茂みに分け入った。犬の名前を呼びながら走る。猟師の声が、森中にこだました。

 キャイン! と、痛ましい犬の鳴き声が聞こえ、猟師は足を止めた。冷や汗が頬を伝い落ちる。背筋が寒いのは、秋風のせいだけではないだろう。

 森が沈黙に包まれる。風の音すら遠のいていた。どこかから、何かがいる気配が漂ってくる。果たしてそれは鹿なのか、熊なのか。

 もっと違う何か、なのか。

 樹上でカラスが甲高く鳴き、やかましい音をたてて飛び立った。その音に驚き、猟師は思わず上を見る。

 たかがカラスに怯えるなど、家族や猟師仲間に話せば、いい笑いものだ。

 彼は気持ちを落ち着けようと、深呼吸しながら目線を地上に戻す。

 目の前に、何かが立っていた。

 その“何か”がヒトの形をしていることを認識するのに、たっぷり五秒はかかった。

 

 服を一切身に着けていない身体は痩せ細り、信じられないほど肌が白い。ぼさぼさに伸びてうねった髪は、肌以上に真っ白だ。

 頭のてっぺんからつま先まで、余すところなく、白い。

 そんななかで、顔を覆う前髪の隙間からわずかに覗く目だけが、血のように禍々しい赤紫マゼンタ色の輝きを放っている。

 

 猟師の防衛本能が、この白い存在は危険だと警告した。

 

 その間、五秒。

 

 猟師は「逃げなければ」と判断するより早く、人生の幕を強制的に降ろされた。喉と腹を切り裂かれ、血飛沫と臓物を撒き散らし、落ち葉の敷き詰められた森の大地に崩れた。

 白い存在の白い身体は、己が殺した猟師の返り血を盛大に浴び、まるで赤い衣を巻きつけたかのような、凄惨な風貌になった。

 しかしその返り血は、みるみるうちに消えてなくなり、元の白い肉体に戻っていく。

 白い存在は、猟師の死体から血まみれのジャケットを剥ぎとり、マントのごとく纏いながら、森の出口を目指して歩き始めた。


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― 新着の感想 ―
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