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TRACK-7 誰が為に子守歌 2

「ちょっと何よ! どうなってるの!?」

 コンテナターミナルに起きた異変に動揺したシュナイデルは、思わず舳先から身を乗り出した。危うく落ちかけたが、すんでのところで体勢を整え、どうにか踏み留まれた。

 フェイカーたちが一斉に、標的をACUの連中からリカに切り替えたのだ。もちろん、そんな命令は出していない。フェイカーが、設定した命令以外の行動をとるなど、これまで一度だってなかったことだ。指令系統に不備はなかった。現にほんの数秒前まで、フェイカーは問題なく命令を実行していたのだから。

 ゴンドラにいたはずのリカは、いつの間にか地面におり、逃げもせずうずくまっている。空腹のクモの前に差し出された蝶も同然だ。

 どうやって下に降りたのかは、この際どうでもいい。このままではむざむざ殺されてしまう。

「ちょっと! やめなさい! その子を殺すんじゃないわよ!」

 舳先の上から怒鳴り散らす。だが、こんな場所から怒鳴ったところで、フェイカーは止められない。

 エヴァンがオツベルとの戦闘をやめ、リカを守るためにフェイカーと交戦を始めた。彼の相棒の姿も見られる。

 エヴァンが呼びかけたのか、ガルディナーズとドミニク・マーロウ、ACUの連中も駆けつけ、リカを囲むように陣形を組み、暴走するフェイカーを迎え討つ。

 シュナイデルは、計画外の事態に陥ったターミナルを、忌々しいい思いで見下ろした。

 歯ぎしりしながら、耳に嵌めたイヤホンマイクに金切り声を放つ。

「一体どうなってるの!? なぜフェイカーが勝手に行動してるのよ!」

 アジト船内にいる男性オペレーターが、動揺した声色で返答した。

『わかりません。さきほどのパルス膨張の影響かと思われますが、詳細は……』

「すぐに停止指令をフェイカーたちに送って! あの娘に死なれちゃ困るのよ! 早く!」

『もう送っているんですドクター! ですが、フェイカーが指令信号を無視しているんです!』

 フェイカーが指令信号を無視? それはつまり、指令信号を造ったシュナイデルに逆らっているのと同じことだ。

 シュナイデルの頭に、かっと血が昇る。創造物が創造主の命令に逆らうなど言語道断だ。こんなことは許されない。

「そんなバカなことがあるか!」

 想定外は好きだ。ただし、自分にとって有意義なことであれば。自分の計画を台無しにするような想定外など、一切不要である。


「ああそう。あたしに逆らうってわけね。いいわよ、好きにすれば」


 シュナイデルは独り言ちながらぞんざいに頷き、薄型端末の画面に指を走らせた。

「言うこと聞かない道具なんか、こっちから願い下げだ。道具は道具らしく、主人の思うままに動いてりゃいいのよ。あんなガリヒョロの小娘の暴走に当てられやがって、それでもあたしの創造物か!」

 子どものように文句を吐き出しながら、シュナイデルはあるプログラムを展開させていく。

「灰になって反省しな、ゴミ屑ども」

 狂気の女科学者の指が、【自壊クリミコン注入】の【実行】をタップした。

 使えないものは、さっさと処分するに限る。代わりはいくらでも造れるのだ。

 例え処分対象の中に、貴重なものがひとつ混ざっていたとしても、我が意に沿わないのならば、惜しくはない。



 ベゴウィック・ゴーキーは、一番高く積み上げられたコンテナの上から、ターミナルの状況を眺めていた。

「どうなってんだ、これは」

 ベゴウィックが見ているのは、フェイカーとACU隊員たちの熾烈な戦いだ。それだけならば、つい先刻まで自分自身も参戦していたので、大した変事ではない。

 状況が急変したのは、数分前のこと。すべてのフェイカーが突然、攻撃対象を切り替えたのだ。フェイカーが群がっていったのは、なんと融合者ハーモナイザーの少女だった。

 少女を守れ、という主旨の命令が下ったのだろう。ACUの連中は、速やかにフェイカーのあとを追い、戦闘を再開させた。

 ベゴウィックと交戦中だったドミニクにも連絡が届いたようで、彼女はこちらを一瞥して「この勝負は預けます」と言い残すと、少女防衛前線の只中に飛び込んでいった。

 エブニゼルが相手をしていたはずのガルデも、対戦相手を放り出してドミニクのあとに続く姿が見えた。残されたエブニゼルが、どうしたものかと立ち尽くしている。そのうちゆっくりと、ベゴウィックの近くへ歩み寄ってきた。

 かくしてコンテナターミナルは、ベゴウィックとエブニゼルを置き去りにして、さらなる混沌の様相を呈するのだった。

 フェイカーの行動パターンが変わったのなら、シュナイデルが何らかの指令を送ったと思われる。だが、なりふりかまわず手に入れようとした少女をフェイカーに襲わせて、シュナイデルになんのメリットがあるというのか。ベゴウィックにはそこが解せなかった。

 とはいえ、あの女科学者の考えなど、まともに理解できるわけがない。理解できたら、それこそ自分が終わりだ。

 いずれにせよ、戦う相手がいなくなってはどうしようもない。

「なんだよ。やることなくなっちまったじゃねえか」

 せっかくドミニクとの対決で、心地いい高揚感に浸っていたのに興醒めだ。苛立ちまぎれにニット帽を脱ぎ、短く刈った髪をがしがし掻いていると、イヤホンを通じてシュナイデルの金切り声が、ベゴウィックの耳をつんざいた。

『なーにボケっと突っ立ってんのよ! 撤収するわよ! さっさと戻ってきなさい!』

「は? 撤収だ? お前いきなり何言ってんだ。それよりフェイカーはどうなってんだよ。また妙な命令したんじゃねえだろうな?」

『あたしは何もしてないわ。あいつらが暴走してるのは、あの小娘のせいよ。あんたたちにはわからなかっただろうけど、膨張したリカのパルスに当てられて、フェイカーへの指令が狂ったのよ』

 フェイカーの素体はメメントだ。融合者のパルスの影響を受けるのは、当然と言えば当然かもしれない。

「自分を襲えとでも命じたってのか、融合者の娘が?」

『知るか! ともかく、あのフェイカーたちには、もう指令信号が効かない。破棄するわ。つまりミッションは終了! ゆえに撤収! わかったんなら早く船に戻って!』

 シュナイデルはヒステリックにまくしたてる。ベゴウィックとしては、このまま“はいそうですか”と素直に引き下がる気にはなれなかった。シュナイデルのわがまま気ままに付き合わされるのはうんざりだ。

「ちょっと待ておい、お前の気分で勝手に終わらせるんじゃねえよ! 今回どれだけ金かかってると思ってんだ!」

『ボンボンのくせにそんな心配してんじゃないわよ、みみっちいな! いいからも・ど・れ! ゼル! あんたも聞いてるならさっさと動く! でなけりゃ置いていくからね!』

 急に名前を呼ばれたエブニゼルは、返事をしようと口を鯉のように動かすが、あうあうと喃語じみた声しか出なかった。もともとシュナイデルと話すのが苦手なのだ、この痩せ男は。いや、誰が相手でも、コミュニケーション能力に欠けている。

「お前なあ、あの娘はどうすんだよ。それにオツベルとかいうメメントは? いらねえのか?」

『この場のデータは取ってる、今もね。小娘は、最終的に手に入ればいいのよ。あとの奴らは、あたしの言うこと聞かないなら不要!』

「ふざけんな! それじゃ俺たち骨折り損だろうが!」

『折るほど大した仕事してないくせによく言うわよ! あたしが撤収って言ったら撤収なんだよ! 撤収撤収てっしゅーーーーう!』

 その絶叫を最後に、通信が切れた。話しかけても応答はなく、シュナイデルがいたはずの船の舳先を見やると、彼女の姿はなかった。さっさと引き上げたらしい。

「クソが、あの女ァ! 自分の思いどおりにならなくなったから撤収だ!? ガキみてーな理由で引っ掻き回すんじゃねえよ!」

 ベゴウィックはイヤホンを外し、怒りにまかせて握りつぶした。木っ端に砕けたイヤホンの残骸を、乱暴に投げ捨てる。

「やってられるか、ったく!」

 これまでに何度、女科学者のわがままに振り回されてきたことか。自分とエブニゼルだけではない。パーセフォンやウラヌスも被害者だ。副官であるジークさえ、シュナイデルを制御できない。大きな任務でしか動こうとしないシーザーホークは、彼女のエゴからうまく逃れているようだが。

 クロエ・シュナイデルに首輪を付けられるのは、総統ディラン・ソニンフィルドだけだ。

 ベゴウィックはすっかりやる気を失くし、コンテナから地面に飛び降りた。エブニゼルもあとに続く。

 ちらりと見えた彼の表情は、ベゴウィックと同じ不満と文句の塊ではなく、どこか痛みをこらえているような、苦々しい顔だった。




 フェイカーはリカを殺すために、途切れることなく襲いかかってきた。一体を倒せばまた一体、リカに接近しようと突撃してくる。

 彼女を守る円陣が組まれ、エヴァン、ガルデ、ドミニク、グローバー中佐、そしてACUの面々が、一丸となってフェイカーの群れに立ち向かった。

 レジーニは円陣の内側、リカのすぐそばで氷の機械剣を振るう。円陣が取りこぼしたフェイカーを斬り伏せながら、リカに呼びかけ続けた。


「リカ、僕の声が聞こえているか!?」


 一瞬目をそらした隙に脇を通り過ぎようとしたフェイカーを、ひと薙ぎで屠る。

 リカは地面に座り込んだまま俯いて、固く瞼を閉じている。まるで眠っているように。いや、世界のすべてを、自分の中から閉め出そうとしているのか。

「リカ、目を開けてくれ!」

 少女の周りの空気が、異様に張りつめている。パルス能力者でもないレジーニが、肌でそう感じるのだ。目に見える以上の力を、リカが発している可能性は充分にあった。

 リカが力を酷使し続けるとどうなるのか、レジーニは知っている。極度の低体温症になり、意識を失うのだ。このままでは、フェイカーの狂牙にかからずとも、彼女の命が危ない。

 一体のフェイカーが、リカを挟んだ反対側から、猛スピードで走ってくる。別の一体を倒し終えた直後だったせいで、気付くのがやや遅かった。

 駆け寄っても間に合わない。レジーニはとっさに、クロセスト銃でフェイカーを撃った。だが、いつもなら外さない狙いが外れ、エネルギー弾はフェイカーの首筋をかすめただけだった。

 レジーニは柄にもなく舌打ちし、今度は正確に、頭部へ二発撃ち込んで倒した。

 照準を誤るとは、我ながら、らしくない。


 リカはまだ、頑なに目を閉じている。ひょっとしたら、音もシャットアウトしているのかもしれない。周囲で激しい戦闘が繰り広げられ、銃声が稲妻のように轟き渡ろうとも、少女の瞼はわずかも動かなかった。

 彼女は今、心を閉ざして独り、絶望の淵に佇んでいる。

 その孤独な姿が、かつての自分と重なり、レジーニは小さく嘆息した。

 放っておけるはずがなかった。たとえリカが、心の底から死を願ったとしても、フェイカーなどに引き裂かれて迎える死であってはならない。

 なによりレジーニは、彼女の死の願いを叶えさせたくなかった。


 これはただのエゴだろう。


 どうして死なせてくれなかったのかと、なじられてもかまわない。

 

 守ると、決めたのだ。 


「リカ……」

 もう一度呼びかけたそのとき、四方からフェイカーの殺気を感じて、レジーニは〈ブリゼバルトゥ〉を構え直した。

 振り返りざま、飛びかかってきた一体の首元を貫く。反動で身体が傾き、フェイカーの手が眼鏡に当たって外れ、どこかへ飛んでいってしまった。レジーニは〈ブリゼバルトゥ〉の冷気を放出し、首を凍結させて砕き落とした。

 左から来た二体目を、返す刀で数度斬りつける。肩口にとどめの一閃を見舞って振り抜き、その勢いのまま、三体目を斬り倒した。

 フェイカーの体液が剣の柄を濡らす。滑った手から剣を落とすまいとして、わずかの間注意が殺がれた。

 視界の端に蠢く影が映った刹那。レジーニの左脇腹を、燃えるように鋭い衝撃が貫通した。言葉にならない激痛が全身に走り、熱くぬるりとしたものがジャケットとシャツを濡らす。

「……ぐッ!」

 こらえきれず、呻き声を漏らす。痛みの正体を見極めようと視線を落とした。どす黒い血にまみれた鋭利な錐状のものが、レジーニの脇腹から突き出ている。

 腕の下から、フェイカーの醜悪な顔が半分覗いていた。レジーニの身体を貫いているのは、フェイカーの爪だった。彼らにも表情があるとするなら、したり顔でもしているだろう。

 痛みに意識が奪われそうになる。レジーニは傾きかけた足を踏ん張り、奥歯を噛みしめ、左腕一本でフェイカーを抱え込んだ。

 もがいて逃げようとするフェイカーを意地で抑えつけ、右手の中の〈ブリゼバルトゥ〉を逆手に持ち直し、抱えたフェイカーの顔面に切っ先を突き立てた。

 フェイカーが絶叫を上げて、激しく暴れ出す。剣から放出される冷気が傷口から広がっていき、フェイカーの顔から頭部を凍りつかせていく。

 まもなく動かなくなり、怪物の全身から力が抜けた。レジーニがフェイカーの拘束を解くと、ズタ袋のようにどさりと地面に崩れ落ちた。その際、レジーニの脇腹から爪が引き抜かれた。

 脂汗が額に滲む。呼吸が乱れる。貫かれた箇所に当てた左手が、たちまちぬるい血にまみれた。

「レジーニ!」

 うしろの方から、エヴァンの声が聞こえた。

「構うな!」

 振り返らずにそう答えた。エヴァンには周囲を死守してもらわなければならない。こちらの加勢のために、防衛線を離れられては困る。

 貫かれたのは、皮膚のすぐ下の筋肉のようだ。内臓も傷ついているかもしれない。出血が多い。

 リカの体力と、己の体力。いよいよ時間との勝負だ。


 レジーニは重くなった足取りで、リカの側まで歩み寄った。真正面で膝をつき、心を閉ざし続ける少女に、そっと語りかける。

「リカ、今は何も見たくないし、聞きたくもないだろう。でも……、少し戯れ言に付き合ってくれ。まあ……、お互いあまり……余裕はないが」

〈ブリゼバルトゥ〉を地面に置き、右手でリカの頬に触れた。儚いぬくもりが、まだ辛うじて残っている。


「君は今……、自分の生には価値がないと……思っているかもしれない。僕も……少し前、そう思っていた」


 一言喋るたびに左脇腹の傷が疼いて、激痛とともに血が溢れ出す。身体が震えて視界がぼやける。よくない兆候だ。

 それでもレジーニは、わななく口を懸命に動かした。


「これはとても……陳腐な言葉だが、……自分の価値を、世間の基準に委ねるな。自分で決めろ。生まれは関係ない……、どう生きるかだ……」


 頑なに閉ざされていたリカの瞼が、ピクリと痙攣した。唇が薄く開き、何かを呟くようにかすかに動く。

 意識を取り戻したのだろうか。もう少しで戻ってくる・・・・・かもしれない。

 だが、レジーニの方が限界を迎えそうだった。目眩めまいで視界がぐらぐら揺れ、四肢を動かすのも億劫になってきた。

 まだ力尽きるわけにはいかない。そんな意思とは裏腹に、体力はどんどん失われていく。

「リカ……、目を」

 開けてくれ。

 最後の呼びかけは言葉にならず、かすれた吐息となってこぼれた。

 かすむ意識と視界の中でレジーニは、リカとともに大きく温かいものに包まれるのを感じた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シュナイデル女史のこの我欲のために動いてるのに、いざとなると自暴自棄なところ、グループとして共闘してる方としてはほんっとうに腹立ちますね……! 誰よりも許せない悪役出てきたわ……。 レジ…
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