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雷豪

 たしかに〈カエキリア〉は、戦闘能力では他の細胞装置ナノギアに劣る。だが、圧倒するだけが“兵士の戦い”ではない。

 前線に立ち、力で押す者。

 後方を守り、支援に徹する者。

 それらが噛み合ってこそ、攻守鉄壁のチームプレイが成立するのだ。

 パーセフォンは、支援型スペックの〈カエキリア〉を搭載されたことに誇りを持っている。もともと軍属ではなく、体格に恵まれていたわけでもない。細胞置換技術イブリディエンスによりマキニアン化したとしても、前線で戦闘力を大いにふるうようなタイプではなかった。

 音を操作する〈カエキリア〉ならば、仲間を援護しつつ、こちらに優位に傾くよう工作を仕掛けることが可能だ。自衛面も申し分ない。

 一歩下がったところで大局を見、冷静かつ的確に仲間をサポートする。それこそが、チームにおけるパーセフォン・レイステルの役目だった。

 

 しかし今は〈カエキリア〉の攻撃力を、最大限に発揮させなければならない時である。

 対峙する相手はかつての仲間、サイファー・キドナだ。〈SALUTサルト〉の精鋭部隊〈処刑人ブロウズ〉には最後に入隊したが、もとは軍部海兵隊所属の生粋の兵士である。マキニアンとしては“新参者”とはいえ、戦闘経験は豊富にあった。まともに戦っても勝ち目はない。

 盲目のサイファーが周囲状況を確認するすべは、主に二つ。失われた視覚の代わりに発達させた聴覚、そして常に装着しているゴーグルの熱感知機能サーモグラフィーだ。彼と戦うなら、まずその二つを封じなければならない。

 聴覚は〈カエキリア〉の消音フィールドで対処できる。厄介な熱感知は、任務時に着用するボディスーツに、環境熱同化機能サーモアジャスターを加えることで無効化させる。それを提案――というより、パーセフォンに無断でスーツにシステムを追加――したのはシュナイデルだ。

 規格外言動ばかりのクロエ・シュナイデルだが、科学者としての実力に疑う余地はない。環境熱同化機能サーモアジャスターにより、サイファーの熱感知にパーセフォンの体温は検出されず、消音フィールドは彼の命綱である聴覚を攻略。スーツに加えられた新たなシステムは、パーセフォンを完全に透明人間にした。

 

 サイファーの身のこなしが、目に見えて鈍っている。パーセフォンの位置が掴めないために、無駄な動きが生じているのだ。

 パーセフォンが繰り出すアームブレードを、サイファーは恐るべき野生の勘でどうにかかわそうとしているが、距離感が把握できず回避動作が大きい。余分なモーションは、それだけ相手に攻撃の機会を与えることになる。戦いはパーセフォンの優勢だった。

 サイファーが上半身をかがめた瞬間、パーセフォンは長い足を振り抜き、彼の顎を蹴り上げた。サイファーはのけぞったが、すぐに体勢を戻し右腕を突き出す。〈ハイドラ〉の管手がパーセフォンの足を捕らえ、高らかに持ち上げた。

 地面に叩きつけられる寸前、パーセフォンは両手の硬化爪を管手に突き立てた。

 錐のように鋭利な十本の爪が、〈ハイドラ〉の管手をえぐる。

 サイファーの動きが止まった。硬化爪がくい込んだ管手から、細胞装置ナノギア負傷の際に起こる閃光“ノイズ”が生じる。パーセフォンはサイファーから離れようと身体をひねった。そのとき、彼が不敵な笑みを浮かべたのが、視界の端に見えた。

 

 刹那、パーセフォンの頭の中で警鐘が鳴り響く。今すぐに離れなければ。しかし一歩出遅れた。

 

 サイファーの身体が紫白の光に包まれる。次の瞬間、光は無数の稲妻となって四方に放出された。

 稲妻は猛り狂う蛇の魔物の如く、周囲にあるものを吹き飛ばす。〈ハイドラ〉に硬化爪を突き立てていたパーセフォンは、爪を通してまともに電撃を喰らった。凄まじいパワーの電撃を前に、華奢なパーセフォンはたやすく弾き飛ばされ、十数メートル後方に停車していた電動車の屋根の上に落ちた。

 

 肉体強化されたマキニアンといえども、背中を強打すればたまったものではない。肺から一気に空気が吐き出され、パーセフォンは一瞬呼吸困難に陥った。


(なんてこと……油断を)


 それでも、常人離れした体力で素早くリカバリし、身を起こす。 

 稲妻はドーム状に大きく広がり、ひときわまばゆく輝きを放ったあと、サイファーの身体に集束して消えた。

「ふう。電撃放出エミッションなんざ滅多にやらねえから、少し出力加減を間違えたな。しばらく電撃はなしだ」

 サイファーが、たしかな足取りでこちらに近づいてくる。声は正常に聞こえ、気がつけば周辺の音も復活していた。


(まさか……)


 パーセフォンは〈カエキリア〉を起動させようとした。その途端、顔の両サイドのアンテナがバチバチと音を立ててスパークを起こし、機能停止してしまった。ボディスーツの環境熱同化機能サーモアジャスターも作動しない。

 よく見ればパーセフォンの全身に、糸ほどに細いノイズが纏わりついている。身体的な大ダメージを負ったわけではないが、細胞装置ナノギアには明らかに異常が発生していた。

〈ハイドラ〉の電撃放出エミッションは、〈カエキリア〉とボディスーツをショートさせるためだったのだ。今のパーセフォンは、消音フィールドも環境熱同化機能サーモアジャスターも使えない。これでサイファーから“消える”ことができなくなった。

 まだ使える機能がないか、システムを確認してみた。硬化機能は生きているようだ。

「さあ続きだパーセフォン。そういえばお前とは、〈処刑人ブロウズ〉時代に一度も手合わせしたことなかったな」

 サイファー・キドナという男はつくづく“戦闘狂”だ。両の拳を打ち合わせながら近づいてくる彼を、パーセフォンは聞き分けのない兄弟に向けるような目つきで迎える。この男は昔から、何を考えているのかわからない。

「あなたって、本当にどうしようもないわね」

 呆れながらサイファーに駆け寄りつつ、パーセフォンは両手の爪を再び伸長硬化させた。一方のサイファーは愉快そうに口元で笑いながら、大股で悠然と歩み寄る。

 

 目と鼻の先にまで接近したその瞬間、パーセフォンが先に仕掛け、硬化爪のブレードを連続で繰り出す。コンクリートをも貫けるパーセフォンのブレードを、サイファーはパリーとスウェイで軽く防ぐ。パーセフォンが横に凪いだ一撃をかがんで避けたサイファーは、鞭のようにしなる蹴りで足払いをかけた。

 パーセフォンは即座に受け身をとり、地面を転がりながら上体を起こした。そのときすでに、サイファーは追撃の姿勢に移っており、アサルトライフルに変形させた右腕を向けていた。

 駆け出したパーセフォンを、〈ハイドラ〉のライフルのエネルギー弾が追う。俊足のパーセフォンは苦もなく弾から逃れられるが、被弾した建物や路上車の破片が、飛礫つぶてとなって撒き散らされた。

 サイファーのエネルギー弾は、時おり見当違いの方向に放たれていた。パーセフォンが速いあまりに、位置が掴めないのだろう。聴覚と熱感知による状況把握にも限界があるようだ。

 サイファーの周囲を巡るように走っていたパーセフォンは、死角に入るや方向転換し、彼の方へ突進した。

 サイファーの反応は早い。左腕を素早く管手に変形させて伸ばしてきた。パーセフォンは跳躍してこれを回避。空振りした管手が地面をえぐる。

 パーセフォンは管手の上に着地すると、再び大きく跳んでサイファーの頭部に回し蹴りを叩き込んだ。サイファーが体勢を崩す。片足で地面に降り立ったパーセフォンは、その足を軸にして再度回し蹴りのモーションに入る。

 が、二発目の蹴りはブロックされた。サイファーは左肘でパーセフォンの蹴りを止め、アサルトライフルから変形させた右の管手で彼女の首を掴んだ。

 喉を押し潰され、パーセフォンは低い呻き声を漏らす。彼女の身体は軽々と持ち上げられ、無造作に放り投げられた。

 路肩に停められていた大型バイクと衝突したパーセフォン。ハンドルグリップが背中にくい込み、痛みのあまり端麗な顔を歪めた。だが怯んでいる余裕はない。サイファーの〈ハイドラ〉は、管手からガトリングに変形している。痛みに耐え、急いでバイクから離れようとしたそのとき、銃口が火を噴いた。

 無数のエネルギー弾が、雷鳴にも似た咆哮とともに浴びせられる。間一髪、パーセフォンは轟弾の嵐から逃れたが、バイクは無残にも大破した。ちぎれたタイヤが大きく弧を描いて、彼女の頭上に落ちてくる。それを空でキャッチするや、サイファーめがけて投げた。

 サイファーは重量のあるタイヤを、ガトリングに変形していない左の管手でやすやすと弾き飛ばす。その動作がパーセフォンの想定内であり、狙いだ。

 サイファーがタイヤに気をとられた隙に、パーセフォンは即行で距離を詰め、彼の肩に飛び乗った。

 両の太腿でサイファーの首をホールド。飛び乗った勢いを利用して身体を大きく振り、遠心力を加えて大柄なサイファーを倒れさせた。

 パーセフォンはすぐさま離れ、肩膝をついて追撃の回し蹴りを繰り出す。蹴りは立ち上がりかけたサイファーの胸元を直撃し、よろめかせた。パーセフォンは蹴り出した足を軸にしてその場で半回転、更なる回し蹴りをサイファーの首に見舞った。

 横に倒れたサイファーだが、すぐさま身体をひねって体勢を整え、立ち上がる。頭を二、三度軽く振り、強打した首を手でさすった。


「足癖が悪いぞお前」

「そっちは手癖が悪いんじゃなくて?」


 軽口を返すパーセフォンだが、少しずつ焦りを感じ始めていた。サイファーと拳を交えるのはこれが初めてだ。メメント討伐任務で戦いぶりを見ていたとはいえ、敵対するとここまで苦戦させられるとは思わなかった。

 サイファーより強いマキニアンはまだ数名いる。その選ばれし数名がいかに恐ろしい能力を備えているかが垣間見え、同じマキニアンの身でありながら、パーセフォンは戦慄を禁じえなかった。

 サイファーはボクシンググローブのように両の管手を束ね、パンチのコンボを連続で繰り出す。盲目であることなど感じさせない正確無比な攻撃と、巨体に見合わぬ速さだ。

 が、スピードならパーセフォンも負けていない。持ち前の俊敏性を活かし、サイファーの剛の攻撃を、正面から受けるのではなく、かわして流す。反撃で硬化爪と〈ハイドラ〉の管手が衝突するたび、甲高い金属音が響き火花が散った。

「サイファー、これ以上あなたと戯れている暇はない。おとなしく従ってもらう」

 時間をかけすぎてしまった。今頃は追跡班が、逃走したシャラマンや例の二人組を捕らえているだろう。

「ああそうかい。なら、お開きだな」

 サイファーが薄く笑い、束ねていた管手を前方に射出させた。管手はパーセフォンを通り過ぎ、背後の建物の壁に突き刺さる。管手に引っ張られた壁は、地面を揺るがすような轟音とともに建物から剥がれた。

 

 その時、パーセフォンは理解した。さきほど、サイファーが見当違いの方向に撃っていたのは、ただの照準ミスではなかったのだということを。

 

 パーセフォンは倒れ迫る壁から逃げようとしたものの、ほんのわずかに遅かった。


「またな、じゃじゃ馬」


 最後に目にしたサイファーの表情は、余裕を残した憎たらしい笑みだった。次の瞬間、闇と圧迫感、とてつもない重量に覆われ、パーセフォンの世界が暗転した。



 

 パーセフォンの熱反応が、崩壊した壁の下に埋もれていく。サイファーはその様子をゴーグルで確認するときびすを返した。一番近いビルに向けてハンドワイヤーを射出し、屋上に昇る。

 吹きつけるビル風が、長い縮れ髪とコートの裾をはためかせた。強い風だが、戦闘でほてった肌には心地いい。

 だが、余韻に浸っている暇はなかった。パーセフォンの足止めは一時的なものにすぎない。支援特化型とはいえ、彼女も〈処刑人〉の一人。じきに回復し、瓦礫の下から這い出してくる。それに――。

「さて、博士殿と愉快な兄弟ガイモたちはどこだ?」

 シャラマンと、〈VERITEヴェリテ〉に追われていたやかましい二人組を乗せた電動車が、街のどこかを走っているはずだ。

 もちろん、それを放置してくれるほど〈VERITE〉は甘くない。今頃シャラマンは、慣れないカーチェイスに戦々恐々としながら、汗をかきつつ運転しているに違いなかった。想像すると笑えてくる。

 法定速度を無視してハイウェイを驀進している車がないか探るため、ゴーグルに内蔵された追跡システムを起動させた。シルーレの市街地図がゴーグルに表示される。フレームにある小さなボタンを何度か操作し、画像を切り替えた。

 郊外に続くハイウェイを猛スピードで走る、シャラマンたちの車を発見した。西に向かっている。その少し後ろから、数台の車が追い上げてきていた。追跡班だろう。

「まだ捕まってないとは、意外とやるな博士殿は」

 サイファーはニヤリと笑い、摩天楼を駆け抜けた。


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