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深淵、覗かば

 西エリアの端に位置する都市カムリアンは、赤茶色の岩山が点在する荒野の地だ。オルドビ、シルーレ、ペルマ、デヴォナ、カルボニの五つの区が属する、小さな都市である。とはいえ、街と街とは数百キロ離れており、土地面積としては広大だ。

 オルドビの繁華街のモーテル〈ロードサイド・イン〉で部屋を取ったマックスとディーノは、翌朝から仕事にとりかかった。

 まず、くだんの政府管轄施設だが、たしかに存在していた。

 この施設の存在そのものは秘密でもなんでもなく、オルドビの一般人なら誰でも知っていることだった。

 施設建設の由来は、やはり十年前の地震だという。施設はオルドビから電動車くるまで二時間ほど行った場所にある。建築に際し、街の人々に向けた説明会などは開かれなかったが、離れた所に建てられたということもあり、政府側へはさしたる苦情は入らなかった。

 しかし施設の正式名称は、誰も知らないそうだ。ただ地震のあとに震源地近くに建てられたことから、地震の研究所なのだろうと、街の人々が一方的に思い込んだのだ。

 そのため、いつしかそこは〈地震観測所〉と呼ばれるようになった。

 以上の話を、マックスとディーノは、公園のベンチでのんびりとチェスをしていた老人二人から、他愛のない世間話の延長で聞き出した。

 次に明らかにすべきは、〈地震観測所〉の“真の姿”である。

 まごうことなき地震観測施設だとは、マックスとディーノも思っていなかった。真実まっとうな施設であれば、レジーニは仕事を依頼などしない。つまり、マックスとディーノがカムリアンくんだりまで足を向けることになどなっていないのだ。

 隠された尻尾を掴むためには、深淵を覗き込まねばならない。

 怪しい調べ物なら、その筋の人間に聞くのが一番である。賞金稼ぎコンビは、オルドビの裏稼業者バックワーカーとの接触を試みた。

 バーや地下の飲食店、ガンショップには、裏稼業者の出入りが多いため、情報が多く集まる。どの領域ゾーンの裏社会でも、この風潮は変わらない。

 ワーカーが仕事の関係でよその領域ゾーンを訪れた時、その土地の掟に触れず、仕事の範疇を逸脱しなければ、基本的には干渉されない。相応の金額を支払えば、たいていは協力してくれる。

 賞金稼ぎのように、大陸中を移動することの多い裏稼業は、特別懇意にする情報屋を持たず、その時々に応じて雇う。

 これまでと同様、マックスとディーノは現地の情報屋を頼るつもりで、それなりの現金を用意してきた。こういう時は電子マネーよりも、現金の方が役に立つ。 

 ところが、事はそう簡単には進まなかった。

 オルドビ裏社会の住人たちは、こぞって口が堅かったのである。



「どないなっとんねん!」

 モーテルの部屋に戻るなり、マックスが噴火した。

「いやあ、みぃんな口をつぐんでしまいよるねえ」

 ディーノも、お手上げだとばかりに、後頭部をぽりぽり掻く。

 情報がよく集まるという、オルドビのワーカー御用達のバーを見つけたはよかったが、そこから先が続かなかった。

 現金を握らせて、〈地震観測所〉の真実を知らないか、あるいは知る者はいないか。手当たり次第に尋ねたのだが、誰一人として金を受け取らなかった――つまり、情報提供を拒んだのだ。

「こういうこともあんのかなあ」

「けっ! どいつもこいつもびびってんのや。あの施設が〈政府サンクシオン〉のモンやで、嗅ぎ回っとんのバレんのが怖いねん」

 マックスは歯を剥き出し、盛大に悪態をつきながら、冷蔵庫から炭酸飲料のビンを二本とった。一本開けて飲みながら、もう一本をディーノに渡す。ディーノはそれを受け取り、怪訝そうに首をかしげた。

「うーん、そやけどなあ。裏稼業者おれらの仕事、政府おかみに睨まれんの前提やん。今さら尻込みなんかするやろか。しかも全員やで」

 ディーノの言うことはもっともだ。裏稼業者は存在そのものが違法であり、その道を歩むと決めた瞬間から、〈政府〉に牙を剥いたも同然だ。表社会からの報復を恐れて目や耳を塞ぎ、手足を引っ込めてしまうなど、同業者から嘲笑を浴びせられる振る舞いである。

「そら、よほどのモンが、あの施設に隠されとるっちゅうこっちゃろーな」

 マックスは、ふん、と鼻を鳴らした。

「オルドビの裏連中が口を割らんゆうことは、少なくとも、〈地震観測所〉が正常な施設やなくて、〈政府〉がそこでロクでもない何かをやらかしよるっちゅー、おおまかな情報を知っとるからや。そんならその“おおまかな情報”を、あいつらどこでどうやって知ったか」

 ビンに半分残った炭酸飲料を、ぐいっとあおるマックスを見ながら、ディーノはもう一度首をかしげる。

「つまり、情報源は確実にどっかにおる、ってことやね」

「そや。そいつを引きずり出さな、話が前に進まへん」

 オルドビのワーカーたちは、観測所の真実の危険性は理解していた。だからこそ、〈政府〉の怒りに触れることを恐れ、マックスたちに何も話さなかったのだ。

 それは裏を返せば、彼らに観測所の恐ろしさを伝えた何者かがいる、ということに他ならない。

 ならば、情報の発端となる人物を捜し出し、直接訊く以外にない。

 ディーノは天井を仰ぎ、大げさな仕草で肩をすくめた。

「時間かかりそうなやあ。まあ、長期戦になるのは覚悟しとったけど」

 

 

 ディーノの呟きに間違いはなかった。

 情報源となる人物の捜索は、予想以上に困難を極めた。手がかりはほぼないに等しく、ガセネタを掴まされてまったく関係のない人物に行き着いてしまったこともあった。

 小さな情報を地道にかき集め、頼りない糸で繋ぎ合わせ、やっとのことで該当人物に行き着いたのは、九月に入ってからのことだった。


        *


 カムリアン・シティの南東区デヴォナには、西エリアでもっとも古い教会のひとつであるニサリア教会堂がある。大陸西側の信仰の中心地で、参拝者や観光客が一年中絶えることがない。デヴォナは、ニサリア教会堂を始めとする、古くからの宗教建築物を数多く有しており、その観光資源で潤う街だった。

 ニサリア教会本堂のエントランスホールは、巨大な吹き抜け構造になっている。円形状のホールの壁は歴史的価値の高い宗教画で埋め尽くされ、見上げれば、自然と驚嘆の声が漏れ出てしまう、荘厳な天井画が、訪れる人々を静かに見守っている。

「俺ら“場違い感”満載やねえ、マックス」

 天井にまします神と天使を仰ぎ見て、ディーノはため息をついた。人智を超えるような凄まじい芸術に、素直な感動を表している。

「こんな神聖な所、俺らみたいな“裏堕ち者”が来てエエとこと違うもんな」

 裏堕ちとは、表社会から裏社会へ身を落としてしまうことを指す。

「何を殊勝なことぬかしとんねん、アホらし」

 マックスは鼻を鳴らし、ディーノの広い背中をしたたかに叩いた。

「別に今日は、悪さしに来たんとちゃうねんから。それにな、悪い奴ほどこういう場所に来て、謙虚な気持ちで己の所業を反省したらええねん」

「どうする? 俺らも反省してく?」

 ディーノはにやりと笑い、奥の懺悔室を指差した。

「んなヒマあるかい。アホなこと言うとらんと、さっさと行ってさっさと済ますで」

 にべもなく吐き捨てると、マックスは先に立って歩き出した。そのあとを、ディーノは従順について行く。


 

 平日だというのに人出が多いのは、秋口という絶好の行楽シーズンだからだろう。賞金稼ぎの二人組は、教会本堂を埋め尽くす観光客の隙間を縫い、奥へ奥へと進んでいった。

 見学ルートは決まっており、案内の嵌め込み表示に沿っていけば、教会内をくまなく見物することができる。

 多くの観光客が、素直にルートを守っているなか、賞金稼ぎたちだけはそっと順路を外れ、目立たない細い廊下に滑り込んだ。ところどころに警備員が立っていたが、彼らの目を盗んで行動できなければ、プロの裏稼業者バックワーカーとは言えない。

 廊下の突き当たりに「関係者以外立入禁止」という表札が付いているドアがあり、二人は迷わずそこに入った。鍵がかけられていないのは幸いだ。教会という場所柄、あまり物々しい雰囲気を作りたくないのだろう。あるいは、禁止していれば入ってこないだろうと、性善説を重んじているのかもしれない。

 ドアの先は、また廊下だった。背の高い格子窓が並び、明るい光がたっぷりと注がれている。

すぐ手前に木戸があり、そこをくぐると低木の茂る裏庭に出た。

 遠くの方で、観光客の賑やかな声が聴こえる。

「こっちでええんか? 間違うてへんやろな」

 マックスはあたりを見回す。頷いたディーノは、

「うん。ここでええはず。こっちや」

 相方を手招きし、教会の更に裏手へと向かった。

 本堂の裏手には、もう一棟の教会がひっそりと建っていた。石造りの、かなり古い教会だ。灰色にくすんだ外壁は、青々しい蔦で覆われている。

 一般公開はされていないようで、あたりには誰もいなかった。規模も佇まいも、本堂の華やかさとは比べものにならない。参拝する者がいなくなって久しいであろう、うらぶれた場所だった。

 優しく扱わなければ壊れてしまいそうな両開きの木戸を、ディーノが引く。蝶番が軋む耳障りな音を立てて、扉は重々しく開いた。

 教会内は、がらんとしていた。参拝者用の長椅子はなく、正面に埃を被った祭壇があるのみだ。聖人の銅像もなく、ステンドグラスには覆いが掛けられてあった。天井付近の窓から降る外光のみが、内部を照らしている。

 誰もいない。だがマックスとディーノは、教会の片隅に目を向けた。日が当たらず陰になっているその場所に、人の気配がするのだ。


「よくぞおいでなさいました」


 言葉と同時に、陰の中から一人の神父が姿を見せる。黒い祭服キャソックの裾をたなびかせながら、光のもとに歩み出た。

 感情の読み取りにくい、のっぺりとした顔立ちだが、まだ三十代と思われる男だった。

「途中で迷われませんでしたか?」

 穏やかに話しかけられ、それに答えたのはマックスだ。

「迷うてへんけど、あんたにたどり着くまでが散々やったわ」

「そうでしょうね」

 神父は目を細めた。どうやら笑ったらしい。

「神父さんが情報屋ですか?」

 問うディーノに、彼はゆっくり頷いた。

「正確に言いますと、私は情報を集め、それを必要に応じて提供する者です。情報屋から仕入れて卸す、いわば小売業者のような立場にあります」

 マックスは片眉を吊り上げた。

「なんでそんなまどろっこしい商売やっとんのや。情報屋ゆーたら、たいていの奴は、自分で仕入れた情報を自分で売るモンやろ」

「生活に喘ぎ、やむなく裏の世界に足を踏み入れる者は少なくありません。裏の営みを知られたくない者も然りです。私は、そういう人々の代わりを勤めているつもりです」

 神父は腕を広げ、マックスとディーノを招いた。

「こちらへどうぞ。私のことはヘインズリーと。今は神父ではなく〈情報提供屋〉としてこの場に立っています。ここから出たら、この名はお忘れくださいますよう」 



 カムリアン・シティ中を駆けずりまわり、半月かけて〈地震観測所〉についての情報源を捜し求めた結果、ようやくたどり着いたのが、「ニサリア教会の廃堂の主」だった。

 マックスとディーノは小さな部屋に通され、小奇麗な布張りの椅子を勧められた。古い椅子だが、座り心地は悪くない。 

「ここは、百年ほど前に閉鎖された教会堂です。今では、本堂に勤める司祭たちでさえ、近づくことはありません」

 廃堂の主――ヘインズリーは、二人の向かいに腰かけ、日曜集会の説教のような静かな声で語った。

「私にどんな情報をお求めですか?」

「オルドビ郊外の、通称〈地震観測所〉について、教えてくれはりますか?」

 ディーノが直球で問うと、それまで表情らしき表情を見せなかったヘインズリーの目が、わずかに見開かれた。

「あれは十年前、この地域に地震が起きた後に建設された施設です。今後の調査のために……」

 マックスは苛立たしげに、ヘインズリーの言葉を遮った。

「そんなんは俺らも知っとんねん。そういうこっちゃないて、あんたも分かるやろ」

 祭服を着た裏稼業者は、賞金稼ぎたちの目をじっと見つめた。

「なぜ知りたいのですか」

「俺らが知りたいんと違う。こっちも仕事やねん。観測所について調べるために、わざわざ大陸の反対側から来て、一月ひとつきかけてあんたの居所を掴んだんや。話すまで帰らへんからな」

 マックスは、見た目こそ十代の少年のようだが、伊達に十年以上裏社会で生きていない。獲物を目の前にして、みすみす取り逃がすような失敗は犯さないし、仮にその場では逃したとしても、必ず挽回する。それはディーノも同様だ。

 ごまかしは効かないと悟ったのか、ヘインズリーは小さくため息をついた。

「いいでしょう、それが望みとあらば」

 


「ここまで来られたのでしたら、もうご存知でしょうが、あれは政府管轄の施設です。街の人々は〈地震観測所〉と認識していますが、政府自身は、あれが何のための施設であるかを明らかにしていません。つまり、まったくの正体不明です。ここまではよろしいですね?」

 ヘインズリーの確認に、二人は揃って頷いた。

「しかし、何かを調査しているのは確かなようです。問題はその調査対象なのですが……」

 語尾を濁しながら、ヘインズリーは祭服の懐から携帯端末エレフォンを取り出した。

「あの施設の秘密を暴こうと、これまでに何人もの裏稼業者たちが試みてきました。しかし、誰一人として成功した者はいません。無事に帰ってきた者も」

 ヘインズリーは、手の中で弄んでいた端末を掲げて見せる。

「ここには、とある裏稼業者が残した画像が保存されています。彼は三年前、果敢にも観測所に潜入し、その秘密に迫ろうとしたのです。南エリアからの流れ者で、この地で一旗揚げようとしていたのでしょう。しかし、失敗に終わりました。この教会の庭で倒れていたのを、私が発見しました。彼は一晩越すことなく、天に召されました」

「施設の警備隊にやられたんですね」

 ヘインズリーはディーノに頷いてみせた。

「あの施設を警護しているのは、陸軍でも生え抜きの人材です。十年前、政府が切り捨てたある研究施設を襲撃し、そこで管理していた特殊部隊を壊滅させたほどの実力を持ちます」

 マックスとディーノは、思わず顔を見合わせた。こんなところでその話題に触れるとは、予想外である。

 マックスは身を乗り出し、ヘインズリーを見据えた。

「あんたそれ、ひょっとして〈パンデミック〉のことか? 壊滅させた特殊部隊っちゅーんは、マキニアンのことやないか?」

 もう何を聞いても驚かないことにしたのだろう。ヘインズリーは眉一つ動かさない。

「よくご存知で。その通りです。マキニアンという、当時の軍部において最強と謳われた彼らを、どのような形であれ壊滅させた部隊が警護しているのですから、並の者ではあの施設を攻略することは叶いません。だから、誰も手出しできないのです」

 ヘインズリーは淡々と語りながら、携帯端末を操作した。

「ですから、お二方。これから先、私は責任を負いかねます。この画像を見たあなた方に、先々どのような災難が降りかかろうとも、あなた方の責任です。それをご了承いただけるのでしたら、どうぞご覧ください」

 忠告は、ヘインズリーなりの気遣いだったのだろう。引き返すなら今である、と。

 だが、もちろん二人に迷いはなかった。

 ヘインズリーから端末を受け取ったマックスは、ディーノとともに画像を確認した。

 しばらくは誰も言葉を発しなかった。埃の中に沈黙が漂う。

 マックスとディーノは無言のまま目を見合わせ、穴が開くほど画像に見入った。

「マーくん、これなんやろか」

「俺が知るかボケ」


 どこか物陰に隠れて撮ったものなのだろう。灰色がかった画像は、輪郭がややボケていたものの、見苦しいほどではなかった。

 巨大な建物の内部の様子だ。様々な機材が山のように並び、中心にあるものを囲んでいる。

 機材と、頑強そうな鉄柵に取り囲まれているのは、実に奇妙な物だった。

 逆U字型の巨大な物体である。太いチューブのようなものが複数絡まりあい、巨大な一本を形成し、大きくアーチを描いているのだ。

 天頂部から色が分かれていて、向かって左側が赤、右側が青である。


 ためつすがめつ、どんな角度から、どんなに見つめても、これが何なのか二人には皆目見当がつかない。

「ヘインズリーはん、これなんですの?」

 ディーノは至極当然の疑問を投げたが、相手は首を横に振るだけだった。

「私にも分かりません。命をかけてこの画像を押さえた彼も、その正体までは突き止められなかったようです。ただ」

「ただ?」

「亡くなった彼が私に言い残しました。これは〈ヴァノスとアテリアル〉と呼ばれており、生きている、と」

「生き物なん?」

 どう考えても生物とは思えなかった。マックスとディーノが知る限り、この世界に棲息するどんな種類の生物とも、似ても似つかない。

 だが、二人は同時に思い至った。

 あるではないか。世界中のどの系統にも属さずに存在する“生物”が、ひとつだけ。


「メメントや」


 呟いたマックスに、ディーノは頷いて同意を示した。

 ヘインズリーは、ただ黙って二人を見ていた。


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