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西を征く者

 荒野のドライビングに、オールディーズロックはよく似合う。 

 思わず肩を揺らしてリズムに乗りたくなるほど軽快、それでいて繊細でもあり、時に粗雑ささえ垣間見せる。

 赤茶色に乾いた大地に響くドラム。強風やそよ風のように多彩な音色で歌うギター。雨のごとく陽光のごとくテンポを刻むピアノ。メロディラインを司るベースは、荒野を行く旅人の鼓動だ。

 個人的趣味による見解ではあるが、あながち間違ってもないだろうと、ディーノ・ディーゲンハルトは鼻歌まじりでハンドルを握っている。


 カーステレオから流れているのは、お気に入りのオールディーズナンバーだ。四十年前、彼が生まれるずっと前に、一世を風靡した数組のバンドの曲がHDにすべて入っている。

 延々と続く荒野の道路をひた走る電動車の中で、ビリー・ウッドの隠れた名曲が、印象深いベースに乗って始まった時、隣の助手席から不満げな声が上がった。

「飽きたわあ。もうずーっと同じ景色ばっかりや。めっちゃ飽きたわあ。そろそろかわいいウェイトレスのおるダイナーがあってもええんちゃうん」

 助手席の相方マキシマム・ゲルトーは窓枠に腕を乗せ、その腕に頭をもたせかけて、さっきから同じ愚痴を繰り返していた。

最大マキシマム”という名とは裏腹の小柄な相方だが、態度は名前にふさわしく尊大だ。ダッシュボードに右足を乗せ、好きなだけ文句を並べ立てている。いつものことだ。

 相方であり幼なじみであるマックスの愚痴など、ディーノはとっくに慣れきっている。言いたいだけ言わせておけば、そのうち気が済むのである。

 うっかり、

「そんなん言うても、こんな道路をずーっと走るはめになったんは、マックスの意思でもあるんやで」

 ツッコミを入れようものなら、

「西のこんな辺鄙な所にまで来るて分かてたら、あのスケコマシメガネの話なんぞ聞かんかったわ! あいつのせいや! 全部あいつが悪いねん!」

 鎮まりかけた愚痴のエンジンが再点火する。

 文句の矛先は、マックスがスケコマシメガネと呼ぶ人物に向けられた。

 たしかに、賞金稼ぎのマックスとディーノが、賞金首を追うわけでもなくアトランヴィル・シティを遠く離れ、〈政府サンクシオン〉本部のある大陸の中心〈モン=サントール〉さえも越えて、西エリアの荒野を走ることになった原因は、そのスケコマシメガネにあるわけだが。


 

 事の始まりは七月。

うだるような暑さ盛んな真夏のある日、マックスの携帯端末エレフォンに一本の電話がかかってきた。

 電話の主はスケコマシメガネこと、レジナルド・アンセルム。レジーニという愛称で通っている彼は、アトランヴィル・シティ第九区を中心に活動している裏稼業者バックワーカーで、その界隈ではエース級の活躍を見せる〈異法者ペイガン〉だ。

 片や賞金稼ぎ、片や化け物相手の〈異法者〉。普通に仕事をしていれば接点などないはずの二組が、ふとしたことから“腐れ縁”で結ばれてしまったのは、今から三年か四年ほど前になるだろうか。

 アトランヴィルでキープしていたマックスお気に入りの美女たちが、こぞってレジーニに鞍替えしたことに端を発する。

 レジーニの方から、女性たちに粉をかけたわけではない。そんなことをしなくても、女性が勝手に寄っていく美男子である。要はルックスで負けたのだ、ディーノの相方は。そしてそれが気に入らないのである。

 女性問題は単なるきっかけで、それからいろいろと騒動があり、三人の縁は後々も不思議と続くのだった。

 二月に引き受けた仕事において、少々ややこしい形でレジーニと関わりを持ったあとは、しばらく顔を合わせることはなかった。

 そうして七月、唐突に彼から連絡があったのである。



 マックスの端末が鳴り出したのは、ちょうど仕事の成果を“窓口”に報告し、報酬の精算を終え、次の仕事を引き受けて電動車くるまに戻った時だった。

 マックスは電話に出て、ものの数秒で、

「誰に電話しとんじゃゴルァ! なれなれしいんじゃボケェ!」

 と吠えたてた。その様子からディーノは「おや、メガネさんからかいな?」と察したのだった。

 それからすぐに、マックスの表情が奇妙に歪んだ。相方は端末のスピーカーをONにして、ディーノも通話に参加できるようにすると、ダッシュボートに取り付けたホルダーに端末をセットした。

「スケコマシ、今の話、も一回せえ」

 マックスが端末に向かって言うと、スピーカーから低めのいい声が返ってきた。

『ディーノもいるんだろう? 調子はどうだい』

「どうもメガネさん。こっちはぼちぼちですなあ」

 ディーノはマックスのように、レジーニに対して恨みつらみを抱いていないので、愛想よく答えた。

「相方君は元気にしてはるの?」

 長年、一匹狼を貫いてきたレジナルド・アンセルムが、とうとうコンビを組んだというのは、少々驚きの事実だった。その相手が、彼とは正反対の、元気とバカを熱血で煮込んだような青年なのだから、驚きもひとしおというものである。

『まあ、今は元気になった、というところかな』

「オバチャンみたいな世間話はどうでもええねん。ぺーぺー猿がどうしよるかなんぞ聞きたない。さっさと本題入らんかい」

 決して気の長い方ではないマックスが、強制的に話の筋を戻す。

『分かった。マックス、ディーノ。二人にやってもらいたいことがある』

「はい?」

 ディーノは反射的に声を上げた。先に話を聞いていたマックスは、むっつりした表情で腕組みしている。

「ちょい待ちメガネさん。俺らにやってもらいたいことって……、それ、仕事依頼するぅ言うことですか?」

『そうだ』

 スピーカーの向こうからは、率直な答えが返ってきた。

 ディーノは横目で相方を見た。マックスは、ふん、と鼻を鳴らした。

 レジーニとは腐れ縁ではあるものの、必要以上に関わりを持つことはなかった。行きがかり上、共に行動をすることがあった、というだけで、仲がいいわけではない。

 ディーノは彼に対して悪感情を持っていないが、マックスは嫌っている。それはレジーニの方も承知しているはずだ。

 そんな彼が仕事を依頼する、というのだ。どういうわけなのだろう。

「メガネさん、俺らは賞金稼ぎですよ? それって、誰かを狩れっちゅーことですか?」

 賞金稼ぎの仕事は他の裏稼業同様、基本的に“窓口”から請けるものだ。レジーニが懇意にしている“窓口”はヴォルフ・グラジオスである。もし本当にレジーニが自分たちに仕事を依頼したいのであれば、この話はヴォルフから聞かされることになるはずだが。

ちゃうで、ディーノ。スケコマシが俺らにやれ言うのは、賞金首狩りやない。なんか別のことや。しかも結構ヤバめなやつやで。せやろスケコマシ」

 渋面でマックスが言うと、スピーカーから苦笑らしき吐息が聞こえた。

『相変わらず野性の勘が鋭いな、マックス。だが、その通りだ。最初にはっきり言っておくが、命の保障はできない』

「さっき、西エリアまで旅行せんか、とか言うたな。賞金稼ぎに、賞金首狩りでもない仕事を依頼するとか、どういう了見やねん」

『それについては説明するが、話は長くなるぞ。それと、請ける気がないなら話せない』

「リスクが大きいのを承知で、持ちかけたハナシやねんな? 内容も分からんと、俺らが引き受けるとでも思てんのか」

『この僕がお前たちに専門外の仕事を頼もうとしている。これだけで、どういうことか分かってもらえると思うが』

 レジーニのその言葉で、ディーノはピンときた。ディーノが理解できたのなら、当然マックスも理解したはずだ。その証拠に、相方は苦虫を噛み潰したような顔で、携帯端末エレフォンを睨んでいる。

 つまりこういうことなのだろう。

 レジーニの手元には今、彼の手には負えない案件が転がり込んでいる。それはおそらく、彼の相棒と二人だけでは手が足りない、あるいはどうにもならないような、厄介な案件なのだ。

 その案件をクリアするには、西エリアへ赴く必要がある。レジーニは、自分が地元を離れるわけにはいかないと考え、誰かに頼む手段を選んだ。

 大陸の端から端へ移動でき、尚かつ信用できる相手に。

 白羽の矢を立てたのが、自分たちなのだ。

 賞金稼ぎの仕事対象である賞金首は、大陸中のどこにでもいる。マックスとディーノのような賞金稼ぎは、広い大陸ファンテーレを大移動することに慣れている。フットワークの軽さは、この稼業の強みの一つだ。

 見えてくるのは、レジーニが今置かれている状況である。

 すなわち、西エリアという遠方へ行けて、レジーニの目が届かない場所にあっても、きちんと依頼をこなしてくれる相手。それらの条件が揃うような知己が、他にいない――信用できる人間がごく限られている。専門外だと分かっていながら、賞金稼ぎに頼らざるをえないほどに。レジーニはそういう状況にあるのだろう。

 レジーニは、マックスとディーノに対する信頼の証として、まずマックスに電話をかけた。彼に毛嫌いされていることを知りながら、最初に彼に声をかけたのは、裏稼業者バックワーカーとしてのマックスを信用しているからだ。

 嫌われているはずのマックスに、惜しむことなく頭を下げてみせた。レジーニのその行為に、マックスの自尊心が揺らがないはずがない。

 マックスがレジーニの頼みを聞き入れるのなら、ディーノは文句一つ言わずについていく。通常の仕事依頼の際、詳しい内容を聞くのはディーノの役割だが、最終的に引き受けるかどうかを決めるのはマックスだ。

 そしてマックスは仕事に対して非常にシビアで、プロ意識が強い。一度引き受けたなら、公私を混同することなく、最後までやり遂げる。

 レジーニがためらわず頭を下げるほどの重要な案件を、わざわざ自分たちに持ちかけた。断るという選択肢はもちろんあるが、マックスはそれを選ばないだろう。裏社会に生きる男として、プロとしての彼のプライドが、それを許さないだろう。

 マックスが不機嫌なのは、レジーニにすべてを見透かされて苛立っているからだ。

(いつもながら、ほんま頭がよく回るお人やなあ)

 見事に術中に嵌められた気がして、ディーノは苦笑するしかなかった。

(まあ、信用されとるっちゅーんは、悪い気せえへんけどね)

「マーくん、どないすんの」

 相方の様子を窺う。マックスは歯を剥き出しにして、ものすごく嫌そうな顔で、犬のように唸った。相方の“凶悪チワワ”という、不名誉でありながら言い得て妙な通り名が、ディーノの脳裏を過ぎった。口に出すと殺される。

 マックスが考え込んでいる間、レジーニは一言も発さなかった。答えを促さず、あくまでも決定権はマックスたちにある、という姿勢を見せているのだ。

 やがてマックスは、言葉にならない叫び声を発すると、携帯端末に向かって吠えた。

「おいコラ、スケコマシ! 見合った額の報酬は用意しとんのやろな! 一クローツも負けへんからな! 俺らは高いで!」

『もちろん。そちらの言い値でかまわないよ』 

スピーカーから返ってきたレジーニの声は、なんとなく勝ち誇っているかのように、ディーノには聞こえた。 



 このような経緯で、まんまと引き受けることになったレジーニからの依頼というのは、実に雲を掴むような内容だった。

 ――西エリアのカムリアン・シティにある、政府管轄施設を調べること。

 その施設というものが、どういう目的で建てられたのか。今そこで何が行われているのか。それを調べてほしいというのである。

 この話の発端は、十年前の〈パンデミック〉に起因するそうだ。

 十年前、大陸中央部で起きた大事件のことは、ディーノたちも知っている。だがその真相が、〈政府サンクシオン〉によるマキニアン部隊一掃作戦だったというのは、初耳だった。この惨事の生き残りが、レジーニの相棒であるエヴァン・ファブレルである。

 問題の〈パンデミック〉が起きた際、現地の同緯度線上に位置する、アトランヴィル・シティ第九区のとある場所で、一人の男性が強盗に殺された。彼は死後、怪物メメントへと変貌。そのメメントこそ、唯一無二の存在、最強と言われる〈トワイライト・ナイトメア〉だ。

〈パンデミック〉現場から東側の同緯度線上で、これほどの大物が誕生したのであれば、その反対側の西でも、何か大きな変化が起きていたのではないだろうか。

 そう考えたレジーニが調べてみたところ、くだんの政府管轄施設が浮上したのだった。

〈パンデミック〉と同じ時間帯、そこでは地震が発生していた。政府管轄施設はその地震のあと、震源地に程近い場所に建てられたらしい。

 これを単に、今後の地震に備えるための観測施設ではないか、と結論づけるには、いささか怪しすぎる。だから真実を暴きだしてほしい。レジーニはそう依頼してきたのだった。

 政府の謎の施設を相手にするのだから、どんな妨害に遭ってもおかしくない。たしかに、命の保障はできない仕事だ。おまけに長丁場になる。

 レジーニの依頼を受けることにはしたが、先に受けた賞金首狩りの方をこなさなければならなかった。

 諸々の所用を片付けて、西エリアへ向かえる段階になったのは、八月に入ってからのことだった。

 そうして今、東から西へ、数日かけて大陸を横断している。

 


「なーにが旅行や、ヤらしい言い回ししよって。怪我したら治療費ふんだくったるわ」

「まあまあ。引き受けたからには、納得のいく成果挙げたろうやないの」

「当たり前や。思いっきり恩売りつけたるねん」

「そうそう、その意気やでマーくん」

 そんな言葉を交わしながら、二人を乗せた電動車は、西の荒野をく。

 カムリアン・シティの中心区オルドビに到着したのは、夜九時を過ぎた頃だった。


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