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TRACK-4 死を悼む象 3

 プシュッという小さな機械音を立てて、自動ドアが開いた。

 室内は白を基調としたトレーニングジムだ。肉体を鍛え上げる器具が、種類ごとに整然と設置されている。

 兵士全員が自由に利用できるフリージムと違って、ここは限られた者しか利用が許されていない。一般兵士たちには到底使いこなせない器具が揃えられていることが、その“限られた者”たちの特殊性を物語っている。


 捜していた人物は、ジムの奥にいた。隅に吊られたパンチングボールを打っているが、やる気がないのか、打つというよりはつついている風だった。カーキ色のTシャツが汗で背中に張りついているので、それなりには運動していたようだ。

 彼はこちらに気づくと、パンチングボールの揺れを止め、歯を見せて笑った。

「よっ、ガルデ。任務終わったのか?」

「はい。さっき帰還しました」

 ガルデは頷くと、近くのボクシングリングの端に腰掛けた。

「ニッキーどうした? 今日一緒だったんだろ」

「ヘリポートで別れました。早くシャワーを浴びたいって」

 彼――エヴァン・ファブレルは、肩を揺らして笑った。五つ六つ年上なのだが、こうして笑うと、自分と同じ十代の少年のようだと、ガルデは思う。

「そういうとこ、やっぱ女だなー、あいつも。〈ケルベロス〉でメメントぶち殴ってる姿は鬼そのものなんだけど」

「その言葉、彼女が聞いたら怒りますよ」

 まるで我が姉のような口ぶりで同僚のことを話すエヴァンは、ガルデの一言にわざとらしく震えてみせた。

 言うべきなのかどうか、ガルデは迷っていた。が、腹の底でくすぶっているものを吐き出さなければ、どうにも気持ちが収まらない。

 ガルデは心を決めて、大きく深呼吸した。

「長官に抗議しました。俺と、ドミニクとで」

「抗議? 長官に? スゲーことするなお前ら」

 エヴァンは緋色の目を丸くする。

「なんでまた」

「今日の作戦からエヴァンを外したことをです。今日だけじゃない。前回も、その前も外されたじゃないですか。こんなの変だ」

 マキニアンだけで構成されている〈SALUTサルト〉の上位部隊として、少数精鋭のエリートチーム〈ブロウズ〉が存在する。ガルデは最年少でこのチームに加入し、エヴァンもまた〈ブロウズ〉の一人である。

 他のマキニアンより優れているからこそ選ばれたというのに、チーム内におけるエヴァンの扱いは、実に不当なものだった。

 粗悪体。陰口でも、正面から堂々とでも、エヴァンはそう呼ばれている。〈ブロウズ〉に名を連ねているにしては、あまりにも能力が平凡で、地位にふさわしくない、などと囁かれているのだ。

 そんなことはない、とガルデは首を振る。

たしかに〈ブロウズ〉は、マキニアンの中でも突出して強い戦闘能力を持つ者たちが所属している。彼らのレベルが異常に高いだけで、決してエヴァンが無能だというわけではない。

 エヴァンの強さは、戦いの中だけで証明されるものではないのだ。彼の強さはその身の内、心と魂にあると、ガルデは理解していた。

 なのにガルデの意見を支持しているのは、エヴァンの幼なじみであるドミニクだけだったのだ。

 ガルデの憤りを聞くと、エヴァンは苦笑いを浮かべた。    

「なんだよ、そんなことか。あのな、お前は最近チーム入りしたばっかだから知らねーだろうけど、俺、今まで何度もしくじってんだよ。だからさ」

「失敗は誰にでもあります。挽回するチャンスは、均等に与えられるべきです」

「〈ブロウズ〉じゃ失敗は許されねーの。なのに未だに俺が除籍されてねーのが意味不明なんだろ、みんな。俺だって意味不明だ」

「隊長にも話したんです。分かってくれると思ったんですが……」

「ルミナスは、チームの誰か一人の肩を持つような人じゃねーよ。平等っちゃ平等だけど、他人に興味無えんだろうぜ」

 エヴァンは傷ついた様子を見せず、ただ少し困ったように肩をすくめるのだった。

 ガルデが友人の不当な扱いに憤っているというのに、当の本人はまるで意に介していない。それがちょっとだけガルデを苛つかせた。

 ガルデは弱冠十四歳にして〈SALUT〉のマキニアンとなり、間を置かず〈ブロウズ〉の一員に抜擢された。

 しかしながらチーム内では、新人だという以上に、まだ十代の子どもであるとして、立場は非常に弱い。存在や意見を軽んじられるのはしょっちゅうだ。

 そんなガルデに真っ先に声をかけてくれたのが、エヴァンだった。彼と、幼なじみのドミニク・マーロウも、十六歳という若さでチーム入りしており、お互いに境遇が似ていたのだ。

 孤立無援だったガルデに救いの手を差し伸べてくれた彼が、正当に評価されることをガルデは常に願っている。

 それなのにエヴァン自身は、他人からどう思われていようとどうでもいいらしい。

「エヴァンは今のままでいいんですか? こんな風にないがしろにされ続けて、悔しいと思わないんですか?」

 やや声を荒げて詰め寄るガルデ。しかしエヴァンは、バンテージをほどきながら「全然」とあっさり言い切った。

「全然って、……どうして!?」

「どうしてって言われてもな。俺のプライド、そこじゃねえし」

「それなら……、エヴァンはどうしてマキニアンに?」

 マキニアンになるための〈細胞置換技術イブリディエンス〉を受けるには、まず適性検査に通らなければならない。そして、その適性検査を受けるためには、志願するか、高位階級の誰かの推薦が必要だ。

 どちらにしても、最終的には本人の意思に委ねられる。エヴァンがこうしてマキニアンとなっているからには、然るべき理由があるはずなのだ。

「マキニアンになった理由は、俺にも分かんねえ。ガキの頃、訳も分からず施術されて、気がついたらこうなってた」

「志願でも推薦でもない? そんなことってあるんですか?」

「あるんじゃねえの? だってほら、現に俺がいるし。そんなだから俺には、マキニアンになった理由ってのはない。だけど今、戦う理由ならあるぜ」

 エヴァンは朗らかに笑うと、巻き取ったバンテージをポケットに入れた。

「このことを知ってるのはニッキーだけだ。で、友達のお前には教えないってのはフェアじゃねーから、ちゃんと話すよ。ただし、他の連中には内緒な」

 エヴァンが口元に人差し指を当てる。ガルデは頷いて、了解の意を示した。


「俺、兄貴がいるんだ。マキニアンとして戦ってるのは、兄貴のためだ」

「お兄さんがいるんですか? 初耳です。今どこにいるんですか?」

「ラボにいるよ。〈イーデル〉の端に灰色の建物があるだろ? そこ」

 エヴァンは素手でパンチングボールを軽く叩きながら、話を続けた。


「兄貴はさ、誰よりも強いんだけど、俺より身体が小さい上に、足が悪くて歩けねーんだ。ずーっと車椅子で生活してる。だから、俺が代わりにやってんだ」


 揺れるパンチングボールを、エヴァンは両手で掴んで止めた。


「マキニアンになって戦うことが、兄貴を守ることに繋がる。兄貴を守れるなら、俺は何でもやる」


 そう語るエヴァンの表情はどこか険しく、ガルデは声をかけることが出来なかった。

 が、すぐにいつもの子どものような笑顔に戻り、「腹減った。メシ食いに行こうぜ」と、ガルデの頭をくしゃくしゃと撫でるのだった。

 


 ガルディナーズが“エヴァン・ファブレル”と会ったのは、この日が最後である。

 翌日、エヴァンが突如チームを離脱したことを告げられ、それきり彼の姿を見ることはなかった。

 


 彼が〈SALUT〉に戻ってきたのは、一ヵ月後のことだ。

 だが戻ってきた彼は、ガルデの友人でも、ドミニクの幼なじみでもなく、恐るべき破壊兵器と成り果てていた。


        *


 ガルデの足に力が込められる。重量を受け、足元のコンクリートが音を立てて窪んだ。

(来る!)

 そう思った時すでに、ガルデはエヴァンの正面にいた。

 握り締めていたガルデの右拳が開かれ、先端より湾曲した四枚の爪刃ファングが飛び出す。雄叫びと共に振り下ろされた凶器を、エヴァンは後方に跳んで回避した。避ける寸前、鼻先に風を感じたのだが、それは爪刃ファングがすれすれでかすめたからだった。回避が遅ければ、地面に鼻が落ちていただろう。

「よせよガルデ! ちょっと頭冷やせ!」

 着地するや、エヴァンは再びガルデの説得を試みた。とんでもない勘違いとはいえ、二人が争う理由はないのだ。

 しかし、血潮熱き南方の青年は、一度火が点いたら止まらない。 

 空振りに終わった攻撃から、ガルデは速やかに体勢を変えた。強力な全身のバネを駆使し、ひと蹴りの跳躍でエヴァンとの距離と詰める。対空中に回転を加え、エヴァンの頭上に膝蹴りを落とした。

 回避は間に合わない。エヴァンはとっさに頭上で両腕を交差させ、ガルデの蹴りを受け止めた。

「ぐっ……!」

 生身の人間であればたやすく骨が砕かれる衝撃が、エヴァンの両腕にのしかかった。地面にめり込みそうになる足を踏ん張り、耐える。

 押し返そうとした直前、急に軽くなり、頭上のガルデの姿が消えた。気配を背後に感じ振り返った途端、下から回し蹴りが放たれた。

「うおっ!」

 瞬時に上体を反らして直撃を免れたものの、ガルデは攻撃を止めず、回し蹴りから爪刃ファングのアッパーコンボへと繋げる。

 エヴァンは今度は避けるのではなく、身をかがめてガルデの懐に入った。アッパーのおかげで出来た隙を逃す手はない。

 ガルデの胴にタックルし、押し倒す。しかし、ガルデは背が地面に着くや、エヴァンの腹に足をかけ、思い切り蹴り飛ばした。

 後方に弾かれたエヴァンは、片腕を地面について身をひねり、どうにか無事に着地した。

 膝蹴りを受けた腕が、まだぴりぴりと痺れている。エヴァンは思わず舌打ちした。

「やめろってガルデ! 今の俺はラグナじゃねえ、元に戻ったんだ。分かるだろ」

 せっかく再会出来た友人と、無意味な戦いなどしたくない。ガルデに、自分は間違いなくエヴァン・ファブレルなのだと信じてもらえれば、それで済む問題だ。

 だが――。

「卑怯者! 友情につけこんで隙を生じさせるつもりか! 堂々と戦え! 光学兵士(ソルダ=オプト)であろうと、俺は決して背を向けはしないぞ!」

 右腕を真っ直ぐに伸ばし、人差し指をエヴァンに突きつけて、ガルデは勇ましく宣言した。


(あー、ダメだ。熱血モードに入ってら)


 こちらを差す指は、まったくブレない。エヴァンは口元を引き攣らせて肩を落とした。

 ガルデはこちらのことを、まだラグナのままだと思い込んでいる。そして、自分を陥落させるために送り込まれた刺客だと考えているのだ。

 純真で意志が強い分、思い込んだら一直線。かつて築いた友情ゆえの暴走だとしても、厄介極まりない。  

 普段は言動を呆れられる立場にあるエヴァンでさえ、“スイッチ”の入ったガルデにはお手上げだった。

「あのさあ、見りゃ分かんじゃん。自分で言いたかねーけどよ、エヴァンあいつラグナとじゃ、強さが全然違うって。だいたい、俺がもしラグナだったら、こんなふうにベラベラ喋るか? 無言で仕留めて終わり、だろ?」

「ソニンフィルドの命令であれば、どんなことでも従うだろう。彼が君に『エヴァンのふりをしろ』と命じれば、君はそれを苦もなくこなす」

「だから! なんでそんな面倒くさい作戦やんなきゃなんねーんだ!」

「直感だッッッ!!」

「それ単なる超絶思い込みだって言ってんだろおおおおおーーー!!」

 茶色まじりの金髪を乱暴に掻き毟ったエヴァンは、ぬあああああと叫びながら

戦闘態勢をとった。細胞装置ナノギア〈イフリート〉が起動し、構えた両前腕が真紅の金属体へと変形する。拳同士を打ち合わせると、星のきらめきのような火の粉が散った。

「ショックリョーホーってヤツだ、イフリートこいつで殴れば人の話聞く気にもなるよな!」

細胞装置ナノギアまでエヴァンのものを……! 許さない!」

「だーーーーーーーもおおおおおおおおおお!」

 もはや会話は成り立たない。力ずくででも理解させなければ、不毛なやり取りが延々続くだけだ。

 二人は同時に駆け出す。距離が縮まった瞬間、激しい打ち合いが始まった。


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