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TRACK-2 アーバン・レジェンド・クラブ 9

 ステージの反対側は制御室で、ここにあるコントロールパネルを駆使し、照明調節や音響効果を行う。

 コントロールパネルの正面には窓があり、ホール全体を見渡せるようになっている。

 クラブ会員の一人が、この制御室で照明と音響の調整係を担っていた。彼は正面の窓からホールを眺め、状況に応じて効果的な照明操作を行っていた。

 調整係は完全に注意をホールに向けており、背後から忍び寄る気配に、まったく気づいていない。シュッという小さな音と共に、甘い香りが鼻をくすぐった時には、彼の意識は眠りの世界に誘われていた。

 後ろ向きに倒れそうになった彼を、忍び寄った影が抱き留める。成人男性を軽々と横抱きにし、壁際の簡易椅子にそっと座らせた。

「すまない」

 こうべを垂れて眠る調整係に謝るのは、メットカムジャケットを着た青年――ガルデだった。

 調整係の男に吹きかけたのは、睡眠作用のあるスプレーだ。嗅げばたちまち眠りに落ち、数十分は目覚めない。

 人体に影響のない成分を使用しているとはいえ、罪なき市民に対するこのような振る舞いは、ガルディナーズ=ミュチャイトレル=ヌルザーンの信条に反することだ。しかし状況が状況なだけに、背に腹は変えられなかった。余計な騒ぎを起こさないためである。

 ガルデは正面窓の隅に身を潜め、〈アーバン・レジェンド・クラブ〉集会の進行をそっと伺った。

 やがてステージの一部から、ローブとマスクを纏ったメメントがせり上がってきたのを見るや、彼は東雲色サンライズイエローの目を見開いた。

「いた! あんなところに……」

 メメントは拘束されていたが、振りほどいて逃げる様子はなかった。周りが非力な人間ばかりでは仕方ないだろう。メメントの身を案じつつも、ガルデは小さくため息をついた。

“彼女”は怖がりで優しいメメントだ。逃げようとして暴れることで、何の害もない人間を傷つけてしまうのを恐れている。

 だが、このまま黙って見ているわけにはいかない。ガルデの任務は“彼女”を捜し出して連れ戻すことなのだ。なんとかしなければ。


 

 ガルデは特殊な探知機を使って“彼女”の生体パルスを追跡していた。“彼女”に取りつけていたGPSは、アトランヴィル・シティに入る手前で外されたため、パルスの痕跡を辿るしかなかったのだ。

 下水道を通ってイーストバレー方面へ向かうと、ネルスン運河沿いでパルス反応が途切れてしまった。今なら分かることだが、おそらくここで、“彼女”はクラブの連中に捕まってしまったのだろう。

 その時は〈アーバン・レジェンド・クラブ〉の存在など知る由もなかったガルデは、途絶えた手がかりを掴むため、再び警察中央庁のリック・モリス警部に助力を請うた。

 警部はすぐさま行動を起こした。パルス反応が途切れた付近一帯の監視カメラをあさり、不審なバンが走り去る様子が写された記録動画を見つけてくれたのだ。

 所有者登録証から、バンの持ち主がワーズワー大学の学生だと判明した。ガルデはその情報を元に、該当人物を捜し出して張り込んだ。

 尾行してたどり着いたのがこのフォーミカリウム、〈アーバン・レジェンド・クラブ〉の集会場だった、という経緯いきさつである。



「メメントを捕まえるなんて、なんという無茶を」

 ステージの様子に、ガルデは首を振る。呆れると同時に、“彼女”を見世物にしようとしていることへの、強い憤りを感じた。

(たしかに、メメントは人類の脅威だ。でも“彼女”は違う。こんなこと許されない)

 拳を握り締めたガルデは、“彼女”を救出するための算段を始めた。

 頭の中でおおよその計画が練り上がった時、状況が変化した。

 少女とおぼしき黒髪の人物が観客席を立ち、ステージに向かって駆け下りたのである。

 黒髪の少女は身軽にステージに跳び上がると、“彼女”を取り囲むクラブ会員らに指を突きつけた。何を言っているのかは聞こえないが、身振り手振りからすると、彼らの行為を非難しているらしい。

「あの子、一体何を……」

 状況を見定めようと、ガルデは窓に顔を近づけた。

 するともう一人、観客席から立ち上がった。長い金髪の、やはり少女らしき後ろ姿をガルデが確認した瞬間、ホール全体がまばゆい光の波に包まれた。

 とっさに顔を伏せ、両腕で目をかばう。

 光は十数秒程度で治まった。腕や指の隙間から、光が消えたのを確認したガルデは、一体何が起きたのかとステージを見下ろす。

 ステージ上に、“彼女”の姿はなかった。縛り付けていたロープは全て切られており、蛇の抜け殻のように床に落ちている。

 ホール内の人々は右往左往し、メメントが消えたことに騒然としていた。何人もの男たちが、慌てた様子で四方に散る。手分けしてメメントを探しに行くのだろう。

 彼らより先に“彼女”を見つけなければ。

 制御室を出ようとしたガルデだったが、少女たちも消えていることに気づき、思わず足を止めた。

 ホール内を見渡したが、黒髪と金髪の少女二人の姿はどこにもない。

「まさか!」

 事態を察したガルデは、今度こそ制御室を飛び出した。



 

 ロゼットの細胞装置ナノギア〈ヴィジャヤ〉が放った光により、ホール中は白光の世界と化した。

 目くらまし程度に抑えた光だったため、その効果はほんの数十秒しか続かなかった。だが、ユイとロゼットにとっては、充分な時間稼ぎだ。

 ユイは光に目が眩んだクラブ会員たちをよそに、メメントを拘束するロープを引きちぎった。おろおろしているメメントの、広くて硬い背中を押し、なんとか舞台裏まで誘導する。

 ちょうどその時、ロゼットとも合流した。

 ロゼットは、身の丈二メートルはあるメメントに一瞥をくれると、

「早くここを出るわよ。もう後には引けない」

 冷ややかな口調でユイを促した。

 頷いたユイは、太いメメントの腕を取り、前に進むよう引っ張る。

「さあ、行こう」

 巨躯の異形は、足を踏み出すのをためらった。マスクを被っておらず、且つ喜怒哀楽の窺える素顔がそこにあるのなら、メメントは困惑の表情を浮かべたことだろう。

 しかし、少女たちに迷いはない。

「訳がわからないのはこっちも同じよ。今はとにかく動いて、ほら!」

 反対側の腕を掴んだロゼットは、ユイと一緒になってメメントを引く。すると大きな足が、戸惑いつつも持ち上がった。

 走り出した三人は、メメントを捜す追っ手を気にしながら、ステージ裏の狭い通路を駆け抜けた。

 巨体ゆえ、メメントの走る速度はユイやロゼットに比べるとずいぶん遅い。地上へ続く階段を昇る際は、ユイが背中を押して進ませた。

 三人が出た先は、裏通りの路地だった。ネオンに彩られた表通りに比べ、少ない電飾に照らされただけの薄暗い道だ。

 昇ってきたばかりの階段の奥と、建物の向こう側から、ばたばたいう足音とともに、複数の声が聞こえてきた。

「どこへ逃げるつもり?」

 いつになく焦るロゼットは、ユイに尋ねた。

「ええと……、そうだ、あそこに行こう、この前見つけた所!」

 答えるや否や、ユイはメメントを牽引し、路地の奥に向かって走った。

「ひとまずこのヒト隠さなきゃ!」

「ああもう、なんでこんなことになったんだか」

 

 


 追っ手が何人いようとも、マキニアンである彼女らの足にはかなわない。二人と一体は、あっという間に追っ手を引き離し、水路沿いの細道に出た。

 水路の下り方面に進んでまもなく、ロゼットは背後から何者かが迫ってくるのを感じた。

 ユイを見やると、彼女もこちらに顔を向けていた。考えていることは同じだ。

 

 ――誰か追ってきている。

 

 それも、マキニアンである彼女たちに、不穏なものを感じさせるほどの誰かが。

 以降の行動に、言葉を交わす必要はなかった。

 まずロゼットが一旦足を止め、〈ヴィジャヤ〉を起動させる。細い左腕に光の弓が出現すると、ロゼットはすかさず閃光の矢〈グリムシュート〉を追跡者めがけて放った。

 だが、攻撃するための矢ではない。

 グリムシュートは追跡者の手前で弾け、辺り一体を光の渦に巻き込んだ。先ほどホール内に放ったものと、同じ効果の光である。

 光に飲まれる寸前、追跡者が目をくらませて立ち止まる姿が確認できた。チャンスだ。

 ユイは光の中に身を投じ、数回跳躍して追跡者に蹴りを見舞う。手応えありだ。隙を抱えた状態でユイの蹴りを受けた追跡者は、呻き声を残して後方に吹っ飛んでいった。

 見事な蹴りを決めたユイは、着地と同時に走り出し、ロゼットとメメントのもとに戻った。

 まだ光が生きているうちに、追跡者を振り切らなければならない。休む間もなく二人と一体は走り続け、やがて薄闇の中へ溶け込んだ。



 

 光が治まったのは、それから数秒後のことである。

 昼間と見紛うほどに明るかった一帯は、再び夜の暗闇と静寂を取り戻した。

 ようやく視界が元に戻り、追跡者――ガルデはゆっくりと頭を振る。ついでに両腕を労わるようにさすった。

「なんて蹴りだ。ただの女の子だと思っていたが、油断した」

 先ほどといい、ホールでの出来事といい、目くらましレベルとはいえ、あれほどの量の光を放つ手段を持ち合わせるなど、ただの女の子ではありえない。

 ガルデを吹き飛ばすほどの脚力や、“彼女”を拘束していたロープを引きちぎってしまう腕力。いったい何者なのか。ガルデは、少女たちが去った方向を見つめた。

 少女たちはなぜ“彼女”を連れ去ったのだろう。“彼女”を見世物にしようとする、別のグループの一員だろうか。

 少女たちの目的と正体は気になるところだが、それよりも“彼女”のことが気がかりだ。  

 ガルデがここにいることに、気づかなかったはずがない。にも関わらず、“彼女”は少女たちを振り切って、こちらに来ようとはしなかった。

 明らかに、ガルデから逃げている。ガルデだけではない、機関から逃げようとしているのだ。

「君に何があったというんだ、オツベル」

 状況の飲み込めないガルデは、しばし立ち尽くすのだった。


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