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TRACK-2 アーバン・レジェンド・クラブ 8

 歓楽街で有名なイーストバレーには、地下ホールが多く造られている。地下ならスペースが無駄にならない上、土地代が比較的安価だ。優れた防音システムを採用しているため、騒音問題もほとんどないので、ライブハウスやクラブハウス、小規模劇団の公演ホールとして使われている所が、大半を占めている。

 アトランヴィル・シティではそれらの地下ホールを、フォーミカリウムと呼ぶ。




 土曜日の夜は大勢の若者が、イベント目当てにフォーミカリウムに繰り出す。

 数あるフォーミカリウムの中で、今夜一番異彩を放っているのは、イーストバレー西地区の十四番ホールだろう。

 普段はボランティア劇団が使用しているというこのフォーミカリウムに、今夜は劇団員でも観客でもない人々が集まっている。およそ百人程度の、十代から二十代の若者だ。特に変わったところのない、どこにでもいるような人々である。

 共通するのは、全員が〈アーバン・レジェンド・クラブ〉の会員だ、ということだ。

〈アーバン・レジェンド・クラブ〉は、三ヶ月に一度、研究発表を行う定期集会を開いている。事前に申請した発表者が、順番にステージに上がって、一シーズン中に進めていた都市伝説についての研究成果を披露するのだ。

 おなじみの都市伝説を掘り下げてみたり、新たに聞きつけた噂や伝説を語ったり、既存の都市伝説に自己流の解釈を付けてみたり。

 各々好きなように発表しているが、表情は真剣そのものだ。プレゼンの上手下手はあるものの、自分の研究に熱意を注いでいる人ばかりのようだった。

 聴衆側は、真面目に聴いている者と退屈そうにしている者が、ほぼ半々である。

 そんな聴衆の中に、ロゼットとユイは紛れ込んでいた。彼女たちも、それぞれ違う態度でプレゼンを聞いている。ロゼットは“退屈そうにしている側”で、ユイが“真面目に聴いている側”だ。

 ユイは都市伝説やオカルト話が好きで、そういう系統のテレビ番組が放送されると、必ずと言っていいほど見ている。怖がりはせず、純粋に映画を観るように楽しんでいるのだ。幽霊魔物のたぐいを信じているわけではなく、「いれば面白いだろう」という程度に考えているらしい。

(楽しむのはいいけど、今日ここに来た理由を忘れてないでしょうね)

 ロゼットは、麗しき水色の目で隣を睨む。 

 そんな目で見られていると知らないユイは、クローゼットに棲むという“三番目の抽斗ひきだしの悪魔”についての発表を、大きな橙色の目を輝かせて聞き入っていた。無邪気な横顔に滲んでいるのは、任務遂行への強い思いよりも、新しいおもちゃを前にした子どもの興奮に近かった。

 そもそも、〈アーバン・レジェンド・クラブ〉がメメントに関する情報を手に入れたかもしれない、という噂の真相を探るべく、集会に潜入しようと言い出したのはユイなのである。潜入といっても、こそこそ隠れる必要のないオープンな集まりだが。言い出した本人が、計画をそっちのけで集会の内容に夢中になってどうするのか。 

 ロゼットは小さくため息を吐き、ユイの腕を肘でつついた。  

 黒髪の義妹いもうとは、ロゼットが隣にいることに今気づいたかのような、びっくりした表情を向けた。

「ユイ。あんた、ここに来た理由を忘れてないわよね?」

 声をひそめるロゼットは、やや下からユイを睨む。するとユイは、ぱちぱちと目を瞬かせたのち、慌てて頷いた。

「え? あ、ああ。もちろん、忘れてなんかないよ」

 一瞬忘れていたに違いない。 

「しっかりしなさいよ、言い出しっぺでしょ。ドミニクには『クラスメイトの家でテスト勉強してくる』って嘘までついたんだからね」

「ごめんごめん。ちょっと聞き入ってただけだってば」

「授業も普段からそのくらい熱心に聞いてれば、平均点なんか余裕で取れるんだけど」

「それとこれとは別問題じゃん」

 ユイは唇を尖らせながら言い訳し、橙色の目をぐるりと回した。

「ちゃんと分かってるって。ここに何かいる・・・・のは間違いなさそうだし」

 マキニアンである二人の少女は、フォーミカリウムに足を踏み入れる前から、異形の気配を感じ取っていた。〈アーバン・レジェンド・クラブ〉がメメントに関する情報を掴んだのは間違いないようだ。

 フォーミカリウム内に気配が漂っている、ということは、目と鼻の先にメメントが潜んでいるからに他ならない。しかし、こんなに人間が集まっているというのに、襲い出てくる様子がないのは妙だ。

 感知能力の突出したロゼットは、ひしひしと感じる異形の気配に、内心首を傾げていた。どうも変だ。これまで遭遇してきた、どんなメメントとも違う感じがする。

 どう変なのか、具体的には言い表せない。だが、確実に何かが違うのだ。

「何が起きてもおかしくない状況だもんね。いざとなったら細胞装置ナノギア使っても、ここにいる人たちを逃がさないと」

 先ほどとは打って変わって、神妙な面持ちでユイは呟く。ロゼットが同意して頷いたちょうどその時、新たな発表者がステージに上がった。


 二十代後半くらいの男だ。彼は芝居がかった仕草で聴衆をぐるりと見渡すと、右手に持ったマイクを口元に当てた。

「今夜の発表会も、実に有意義なものだった。我がクラブの熱心な会員諸君の、日頃の取り組みが大いに伺え、会長として誇らしく思う」

 彼が現在のクラブ会長らしい。会長は一旦言葉を切り、数秒の間を空けて話を再開した。

「では最後に、今夜の発表会の締めくくりにふさわしいものを、みんなに披露しよう。これは僕ら〈アーバン・レジェンド・クラブ〉が、長きに渡って追い求めていたものだ」

 会長青年は、ステージの端から端へ、ゆっくりと歩いた。

「そいつらの存在は肯定されないが、否定もされない。デマだと言われながらも、信憑性の高い目撃情報が数多く残っている。一度死に、蘇った化け物だ」

 周囲から低いどよめきが起こる。少女たちは顔を見合わせた。会長が何についての話をしているのか、二人は同時に察したのだ。

 会長の声は、どんどん熱気を帯びていく。自分の言葉に陶酔しているのだろう。

「奴らはなぜ、死の淵から現世に戻ってこられたのか。しかも、生前とはまったく異なる存在となって。奴らは何者で、何のためにこの世界にいるのか。それらの真実は、未だ闇の中だ」

 会長はまたしても言葉を区切り、ステージの下手に向かって、何か合図を送った。

 ステージの床の一部が、ぽっかりと開いた。彼の合図を受け、仲間が仕掛けを動かしたようだ。

 床下から何かがせり上がって来る。やがて姿を現したのは、大きな布を被った背の高い物体だった。布のせいで全容は分からないが、どうやら何かの像のようだ。布の裾からロープが数本覗いており、台座の楔と繋がっている。像を固定しているらしい。

 ロゼットは息を飲み、ユイの腕を掴んだ。ユイはロゼットの方を見ず、頷いた。

 少女たちの意識は、ステージに現れた像に集中していた。あの布の下に潜んでいるモノが何なのか、分かったからだ。

「どうしようロージー。あの人たち、まさか」

「ほんっとに、馬鹿ばっかり」 

 ロゼットの毒舌に気づくはずもなく、会長の言葉が続く。

「死から戻りしモノ〈デッドバッカー〉は、間違いなく存在しているのだと、今夜、諸君にもお見せしよう。僕らのチームが、昨夜捕獲に成功したのだ!」

 会長は興奮の声を上げ、像に被せた布を剥ぎ取った。

 

 一瞬の沈黙の後、フォーミカリウム内に歓声と悲鳴が巻き起こった。 

 体長二メートルはあろうかと思われる巨体の異形が拘束されている。異形の姿は、マスクとローブのような黒い布で覆われていた。

 異形は捕らわれているというのに、もぞもぞと巨躯を動かすだけで、一向に逃げようとしない。

 聴衆は恐怖と好奇心の混ざった目で、ステージに縛られた怪物に見入っている。幻でしかないと思っていた都市伝説の怪物が実在し、目の前に現れたのだ。これ以上のサプライズがあるだろうか。

 それがどれほど恐ろしいモノであろうとも、ロープで束縛されていることで警戒心が薄れているようだ。メメントであればあの程度の拘束など、わずかな力で引きちぎれるというのに。

 会長は、デッドバッカー――メメントを捕らえた経緯を説明し始めたが、ユイとロゼットはその話を聞くどころではなかった。

「うわあ、あの人たち本当にメメント捕まえちゃってる。情報掴んだなんてものじゃなかったよ。まさか捕まえるなんて」

 ユイは周囲を見回しながら、ロゼットに囁いた。

「暴れ出す前になんとかしないと。でもあのメメント、何で逃げないんだろう。服着てるのも変だし」

「……てる」

「え?」

「怯えてる」

 ロゼットは整った眉を寄せ、ユイを見つめた。


「あのメメント、怖がってる」


 その時、ホール内のざわめきが大きくなった。メメントのマスクを剥ぎ取ろうと、会長が手を伸ばしている。その手から逃れるためか、メメントは巨体を前後左右に揺らしていた。

 数人のクラブ会員が、メメントを縛るロープを抑え込んでいる。そうなってもメメントは、マスクを取られまいと動いているのみで、害を成そうとはしなかった。

 素顔を隠したメメントは、ただただ己が身を守ろうとしているだけだった。それを、好奇心に突き動かされた人間たちが、よってたかって苛めている。傍から見れば――少なくとも二人の少女の目には、そんな風に映った。

ふとお互いの顔を見やると、どちらも苦々しい表情を浮かべていた。

「ボクらの考えてることって、きっと一緒だと思うけど、それってマキニアンとして間違ってるかな?」

「そんなの分からない」

「いつもみたいに『バカな真似するな』って言わないんだね」

「今、何をするのが正しいのか、私にも分からないもの」

 か細い返事をするロゼットの手を、ユイは力強く握った。

「ロージー、ボクの鉄則はこうだよ。『迷ったら、最初のひらめきに従う』」

 言うや否や、ユイは勢いよく席を立ち、ステージに向かって駆け出した。


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