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TRACK-2 アーバン・レジェンド・クラブ 6

 街を彩るネオンの光は、紺闇の夜空に散りばめられているはずの星をすっかり隠して、けばけばしく主張を放っている。往来の喧騒を増長するような極彩色は、夜の街を飾り立てる装飾品だ。

 賑やかしい街の通りを、男女が並んでそぞろ歩けば、仲睦まじい恋人同士と思われるだろう。

 だがこの二人に関しては、どの角度からでも姉弟にしか見えない。

 歩きながらエヴァンは、天に向けて両腕を突き上げ、うんと伸びをした。

「うあー、疲れたー。寝疲れたー」

 腕を下ろし、今度はぐるぐると肩を回す。隣を歩くドミニクは、片方の眉を吊り上げた。

「あれだけ眠りこけておきながら、何が“疲れた”ですか。呆れること」

「寝すぎても疲れるもんなんだな。ソファで寝てたから身体が強張っちまってる」

 結局エヴァンは、あれからずっと眠り通したのだ。ようやく寝覚めた頃には、太陽は西の地平線にすっかり沈んでいた。

 仕事に差し支えるほどの眠気に教われる原因はなんなのか、当然ヴォルフとドミニクに尋ねられた。エヴァンはその問いに曖昧に答えた。正体不明のメメントに何かされたからだ、くらいは言ってもよかったかもしれない。だが、そのせいで抑えがたい衝動に駆られ、破壊行動をとってしまったことまでは知られたくなかった。

 自分の口が相棒ほど達者でないことくらい、エヴァンは承知している。話すべきことと話さなくていいことを上手く仕分けし、聞き手を都合のいい流れに導くなどという器用さなど持ち合わせていない。隠し事をするのは心苦しいが、仕方がないと割り切るしかなかった。

 店の夜営業だけはきちんと勤め、店を閉めると、エヴァンとドミニクは一緒に帰宅の途についた。二人の住まいは別々だが、途中までは道が同じなのだ。

「お前、本当に何もなかったの?」

 ドミニクがエヴァンの顔を覗き込む。彼女の目つきは、エヴァンが隠していることを探り出そうとするものだった。

 子どもの頃から付き合いがあるドミニクのこの目が、エヴァンは苦手だ。姉のような存在である彼女には頭が上がらない。いたずらをしたらすぐにばれて、こっぴどく叱られたものである。

「何もって、なんだよ。何もねーって」

「何もないのに、あんなに眠るものですか」

「育ち盛りなんじゃねえかな」

「またそんな適当なことを……」

 ドミニクは胡散臭げに藍色の目を細めた。が、それ以上追求してこなかった。

 会話が途切れたので、エヴァンはこれ幸いとばかりに話題を逸らした。話題といっても、内容は他愛ないものだ。ドミニクと二人の義妹――ユイとロゼットの、最近の暮らしについて、である。

 十年間放浪生活を続けてきた彼女たちが、ここサウンドベルに腰を落ち着けてから二ヶ月ほどになる。少女たちは学校に通い始めたし、ドミニクは〈パープルヘイズ〉の一員となっただけでなく、〈異法者ペイガン〉の新戦力にも加わった。

 アトランヴィル・シティは、都市の規模のわりに〈異法者ペイガン〉人口が少ない。よって新しい〈異法者ペイガン〉が加わる場合、ひとつの地域に偏らないよう人員調整がなされる。今回ドミニクが増えたことで、ここら一帯を活動拠点にしていた誰かが、よその地域に移ったそうだ。

 仲間が増えたことは素直に嬉しい。幼い頃からの付き合いがある相手となれば尚更だった。

 途切れ途切れの記憶の中で、ドミニクの存在は一際鮮明に輝いていた。子ども時代を一緒に過ごした幼なじみで義姉(あね)。自分より強くて賢く、まったく叶わなかった相手。たった一つしか違わなかった年齢としは、知らないうちに十も離れてしまった。

 だからといって二人の関係性に変化があったわけではない。エヴァンにとっては、それが何より嬉しかった。

 ドミニクは柔らかな笑みを浮かべて、ユイとロゼットのことを語る。少女たちの学校生活は順調らしい。二人の特殊な体質ゆえ、時々騒ぎが起きてしまうようだが、概ね楽しく過ごしているそうだ。それはなによりだと、エヴァンも頷く。同じ学園の中等部に、マリー=アン・ジェンセンが通っていると知った時は驚いた。

 義妹いもうとたちの話題になると、ドミニクは姉というより母親の顔つきになる。彼女のそんな表情が垣間見えた時、エヴァンの胸には、少しだけ寂しい風が吹いた。十年もの間、自分一人だけが流れる時間から取り残されたのだと、改めて思い知るからだ。

 凍結睡眠コールドスリープを施されていなかったら、どんな風になっていただろう、と時々考える。しかし長くは続かない。十年眠っていたからこそ出会えた人々が、今のエヴァンを支えてくれているからだ。

 頭上を高架線路エアレイルが通る広い交差点に差し掛かった。ビルとビルの間を縫う高架線路を、スカイリニアが滑るように走っていく。

 この交差点で、二人は分かれる。北へ行けばエヴァンのアパートのある区画へ。ドミニクの住まいは、ここを西方面へ行くのだ。

「それじゃ、気をつけて帰るのですよ」

「あのなあ、ねーちゃん。小学生じゃねえっつーの」

「言動が小学生と変わらないくせに何を言ってるの。歩きながら寝るんじゃありませんよ」

「するか、んなこと!」

 おちょくっているとも過保護とも取れるドミニクのお小言に、エヴァンは歯を剥いて反抗する。しかしもちろん彼女には通用しない。

「そう言いつつやらかすのがお前でしょう。私たちはともかく、アルを心配させるのだけは駄目ですよ」

 アルフォンセを引き合いに出されてはかなわない。

「わ、分かってるって」

「よろしい。……では、また明日」

 ドミニクはにこりと笑うと、エヴァンに手を振って背を向けた。

歩道を渡った彼女の後ろ姿が、雑踏の中に消えていくまで見送ると、エヴァンもまた歩き出した。




 アパートへと続く道の途中に公園がある。遊具がいくつか設置されているだけの、小さな公園だ。昼日中は、保護者に見守られながら遊ぶ子どもたちの、楽しそうな笑い声で満たされた。

 賑やかで明るい公園も、夜間になればひっそりと静まり返る。日が暮れると点く街灯が、太陽に代わって公園を照らし、遊んでくれる子どもたちがいなくなった遊具は、寂しそうに夜を明かす。

 この公園を横切ればアパートまでの道のりがショートカットになるので、エヴァンはよく通るのである。

 パーカーのポケットに両手を突っ込んで歩いていたエヴァンは、ふとその足を止めた。

 

 公園の中ごろに立つ街灯の下に、誰かがいる。

 

 男性と思われる人が、ただ立っている。夜の公園で。


 一般人の感覚であればそれだけでも警戒心を抱き、回れ右をして別の道を選ぶだろう。が、エヴァンにとっては、別段恐れるべきシチュエーションではなかった。そこに立っているのが痴漢だろうと殺人鬼だろうと、エヴァンはまったく怖くない。

 しかし――。

(なんだ、あいつ。なんか変だな)

 白い明かりの下、何もせずそこにいるだけの何者かから、奇妙な気配を感じたため、エヴァンは立ち止まったのだ。

 男の服装は、ごく普通のものだった。白いシャツにベージュのスラックス、革の靴。特に不審な点はない。顔は影になっていてよく見えなかった。闇を張りつかせた表情のない顔は、不気味以外の何ものでもない。

「なんだよ、あんた誰だ」

 エヴァンは声を張り上げ、街灯の下の人物を誰何すいかした。相手は答える代わりに一歩踏み出す。

 ちり、とうなじが疼いた。エヴァンは息を飲み、身構える。

(この感じは)

 項の辺りの疼きは、メメントの存在を感じ取った時に起こるものだ。だから、反応があったということは、街灯下の人物はメメントである、ということになる。

(ぱっと見は人間なんだけどな。変化前なのか? いや、それにしたって……やっぱり変だ)

 街灯下のあれ・・がメメントであるならばそれでよし。倒せばいい。

 それとも、本物のメメントは周囲のどこかに潜んでいるのか? だとしても、それも構わない。どちらにせよ、退治する対象に違いはないのだ。

 腑に落ちないのは、いつも感じているメメントの気配と、微妙に違うからだ。どこがどう違うのか、はっきりとは分からない。ただ――。


(あいつに……近い?)


  この奇妙な違和感は、下水道で出くわしたあのメメントに近いものを感じるのが原因だ。合点がいったその時、街灯下の人物像が揺らいだ。

 ひと呼吸もつかない一瞬のうちに、間合いを詰められた。まばたきひとつの間に、それ・・が目前に迫る。

 エヴァンが後方に跳ぶのと、銀色の光の筋が鼻先を掠めるのは、ほぼ同時だった。

 着地するや否や、エヴァンの細胞装置ナノギアが起動し、両腕は真紅の鋼鉄に変形した。拳を打ち合わせれば、吐息のように火の粉が舞う。

「てめえ何者なにもんだ!」

 構えたエヴァンは、緋色の目で襲撃者を睨んだ。相手は前傾姿勢になり、両腕を地面に向けて垂らしていた。白いシャツの袖は両方とも破られ、歪に湾曲した腕が剥き出しになっている。顔があるはずの頭部は、ガスマスクに似たヘッドプロテクターで覆われていた。吸気口から、シューシューという呼吸音が漏れ聴こえてくる。

(人間、じゃねえよな、どう見ても。あのメメントに近い感じがするってんならコイツも……)

 形態は人体に近いが、やはりメメントと判断していいだろう。

 メメントはシャツの胸元を掴み、咆哮とともに引きちぎった。泥のように濁った皮膚が剥き出しになる。ところどころ血管が浮き出ており、土の下を這うミミズの如く脈動していた。

 歪な両腕が激しく蠢いたかと思った次の瞬間、鈍い銀色のエッジに変わった。

 エヴァンは思わず緋色の目を見開く。そう、変形したのだ・・・・・・

 これまでのメメントは、己の肉体武器のように駆使して暴れていた。隠していた器官を攻撃の際に出現させたり、胴体の一部を伸縮させるなどの能力はあった。が、今回のように、はっきりと“武具”と見なせる形状に変形させた個体はいなかった。

 これではまるで――、

(コイツ一体……!)

 メメントがくぐもった声を上げながら、両腕のエッジを振りかざした。左右から繰り出された剣撃を、エヴァンは紅鋼の腕で止め、弾き返す。メメントが怯んだ隙に跳躍、敵の胴に左足をかけ、右足でガスマスクの頭部を蹴り上げた。

 エヴァンの強力な一蹴で、メメントは数メートル後方へ豪快に吹き飛ぶ。何度かバウンドしたものの、すぐに体勢を立て直した。

 間を置かず彼我の距離を詰めるエヴァン。二発目の蹴りを見舞うべく、メメントの顎めがけて右足を振り上げた。

 だが、その一撃は空を切る。メメントがすんでのところで身をかがめたのだ。そしてすかさず左のエッジを突き出す。

間一髪、右腕でエッジを受け止めたエヴァンは、振り上げたままの足を今度は、無防備になったメメントの肩口に落とした。ハンマーを落とされたに等しいダメージを受けたメメントは、顔面から地面に叩きつけられた。

 エヴァンは体勢を整えつつ、敵との距離を空ける。

 地面に埋まったメメントだが、すぐに身を起こした。首が傾いたままになっているが、動くのに支障はないらしい。

「だよな。首が折れたってだけでくたばるような、ヤワな連中じゃねえもんな」

 口角を持ち上げ、エヴァンは不敵に笑う。ひしゃげた首でこちらを見据えるメメントを、手招きして挑発した。


「ギィィイエアアアアアアアア!!!」


 吸気口を破壊せんばかりの怒号を吐き出しながら、メメントが突進してくる。

 振り上げた右のエッジが倍以上の長さに伸び、しなりを帯びた。銀刃の鞭と化したそのエッジを、メメントは派手に振り回した。

 鞭の刃は四方八方からエヴァンを攻める。街灯を反射して鈍い光を放つ凶器の風を、エヴァンはしなやかな身のこなしでかわした。鞭の刃は風を切り、ひゅんひゅんと唸り声を上げる。かわしきれなかった刃が鼻先や頬を切り裂いたが、マキニアンは高い回復能力を備えているため、浅い傷はたちまち癒えた。

 メメントの動きは思ったより速かった。エヴァンは優れた動体視力によってその動きを的確に捉え、無駄なく回避した。

 メメントは人型である利点を活かし、効果的な体勢移動を行っている。攻撃手段は荒削りだが、攻め込むべきポイントを把握している上、エヴァンがどの方向に逃げるかを予測して動いていた。それはまるで、訓練を受けたばかりの新米兵士のようでもある。


(やっぱり、今までの奴らメメントとは違う!)


 敵としての力量は大したものではない。それよりも、メメントが“計算された動きをする”ことの方が重要だ。

 メメントは能力の大小いかんに関わらず、本能のままに行動している。攻撃は力任せ。防衛本能によって回避行動をとるが、メメントの中には攻撃本能のみが働き、防御しない個体も存在する。

 ところがこの人型メメントは、明らかに計算した動きを見せている。戦略を立てているのだ。例え、戦略とは名ばかりの稚拙な策であっても、メメントが智慧をもって戦っているという事実は、驚くべきことだった。

 エヴァンの背中に、ぞくり、と厭なものが走った。

「薄ッ気味悪ィ奴だな!」

 鞭の刃の一本が、エヴァンの右腕を絡め取った。メメントはもう一方の刃を振りかざし、勢いをつけるために胴を逸らす。エヴァンは刃を絡みつかせたまま、相手の懐に飛び込んだ。 

「終わりだ!」

 左の紅き鉄腕〈イフリート〉が炎を纏う。拳を握れば、まさしくマグマの塊。

「うりゃあああああああッ!!」 

 熱き一撃は、マスクに覆われた頭部を正面から捉えた。めり込んだ灼熱の拳がシールドを破り、面体を破壊し、内側で守られていた頭を砕く。凄まじいパンチの威力は頚椎を破損させた。

 吹っ飛ばされたメメントは、〈イフリート〉の炎に包まれ、紅く紅く燃え上がる。地面に叩き落された時には、もはや消し炭と成り果てていた。

 燃えるメメントから立ち昇る煙にまぎれて、おなじみの異臭が漂ってくる。メメントが消滅分解する際に放つ臭いだ。

「燃えながら分解してる。メメントに間違いはねェのか。けど……」

 エヴァンは、存在が消え行こうとしているメメントを、しかめっ面で見下ろした。細胞装置ナノギアを解除した両腕は、すでに元の姿に戻っている。

 その腕と、今しがた倒したメメントの成れの果てを、エヴァンは交互に見つめた。

「変形したよな……まるで」


 ――俺たちマキニアンみたいに。

 

 再び視線を落とした時、もうメメントは欠片すら残っていなかった。

 ただ黒く焼け焦げた地面が、そこで異物が燃えたという証を示しているだけだ。


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