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TRACK-2 アーバン・レジェンド・クラブ 3

 グリーンベイの大通りにある〈バロンズバーガー〉は、大陸全土に店舗を構える大手ファストフード店だ。機械による作り置きではなく昔ながらの手作りで、食材の産地にもこだわる人気のチェーン店である。帽子を被ったカイゼル髭のおじさんのマークが目印だ。

 内装は天然木材に限りなく近い合成建材で造られ、落ち着きがあって居心地良く、学生や家族連れを中心とした客層で、店内はいつも賑わっていた。

 外の通りに面したウィンドウカウンター席に、二人の女子高生が並んで座っている。

 足早に行き交う往来を、眺めるともなしに眺めつつ、それぞれが注文したファストフードを口に運ぶ。時折窓の外から、若い男たちが好奇の眼差しを投げるものの、一人は何の興味も示さず、もう一人は美麗な顔立ちに似合わぬ鋭い目で睨むので、すごすごと立ち去るのだった。

 下心の含まれた異性の目線など意に介さず、小さな口で大きなハンバーガーにかぶりつくシェン=ユイは、幸せそのものといった表情で、もぐもぐ咀嚼している。

「おいしーい。やっぱりバロンズのポテマヨバーガーは最高だね」

 口周りにソースをつけたまま、満面の笑みを浮かべるユイは、しきりと頷く。ポテトサラダとジューシーなパティの相性が抜群である“ポテマヨバーガー”は、バロンズバーガーの看板メニューの一つだ。マスタードの利いたマヨネーズソースが、美味しさの決め手である。

「ロージーもこれ頼めばよかったのに。一度も食べたことないんだろ? 食べなきゃ損だよ」

 ユイは、隣でフライドポテトをちびちび食べているロゼットを見やる。彼女は、食べ物には何の興味もない、と言わんばかりの無表情で、ゆっくりと口を動かしていた。

 年中食欲旺盛なユイは、バーガーとポテトLサイズ、シトラス風味のバロンズコーラLサイズのセットという、かなりがっつりしたメニューを頼んだ。しかし、食の細いロゼットは、フライドポテトのSサイズとベジタブルジュースだけだった。

「せっかく学校に通えるようになって、放課後に買い食いするっていう学生の醍醐味を堪能できるようになったのにさ。楽しまなきゃ」

「買い食いするために学生になったわけじゃないでしょ。夕飯前なのに、炭水化物と糖類と塩分の塊をそんなに食べて、太るわよ」

「大丈夫だよ、すぐ消化されるから」

 ロゼットの嫌味は、美味しいものを前にしたユイには通用しない。十年間の放浪生活の末、ようやく安住の地と呼べそうな場所――サウンドベルへたどり着き、念願だった学校に通えるようになった。美味しいものも食べられる。そんな幸せの前では、ロゼットの毒舌など恐るるに足らずなのだ。 

 ポテマヨバーガーを平らげたユイは、包みをくしゃっと丸めてトレーの隅に置き、コーラのカップを手に取った。

「ロージー、クラスにはなじんだ? 学年違うけど、ロージーの噂がしょっちゅう聞こえてくるよ。ちなみにあんまりいい噂じゃない」

「あんたも人のこと言えないから。スポーツクラブを次々陥落させてる、道場破り娘だって呼ばれてるわよ」

「人聞きが悪いなあ。そんなんじゃないのに」

「私だってそうよ。皆が勝手にイメージ作り上げて、勝手に話を盛り上げてるだけ。迷惑もはなはだしいわ。だからつるむのは嫌なのよ」

「学校、嫌い?」

「勉強が好きなだけ出来るってとこだけは満足してる」

「うえ、満足してるポイントがそこ?」

 勉強が苦手なユイは、臭いものを近づけられたように、鼻にしわを寄せた。対してロゼットは頭脳明晰だ。麗しい容姿とともに、優秀な成績でも注目を集めている。

「勉強が学生の仕事でしょ。遊んでばかりいると、ドミニクに学校辞めさせられちゃうわよ。それでもいいの?」

「うっ。それは嫌だ」

 ユイは唇を尖らせ、コーラのストローを噛んだ。

 ユイとロゼットがこの歳になるまで学校に通えなかったのは、放浪生活のために住所不特定状態にあったからだ。何より、彼女たちの身体は普通ではない。この二人の少女も、エヴァンやドミニク同様、メメントと戦う能力を持ったマキニアンなのだ。

 マキニアンには、オートストッパーという機能が備わっている。これは「非武装者に対しては細胞装置ナノギアが起動しない」というものだ。この機能により、一般人への無用な能力行使を防いでいるのだが、訓練によって体得した戦闘技術までは制限されない。

 見た目こそ、ごく普通の女の子と何ら変わりないユイとロゼットだが、マキニアンである以上、力は他の生徒らの遥か上をいく。オートストッパー作動中であっても、その違いは隠せない。ゆえに、大勢の人との関わりを持たなければならない学校は、避けるべき場所だった。

 サウンドベルに定住したことをきっかけに、少女たちは義姉あねであるドミニクに、学校へ通わせてもらえるよう何度もお願いした。ドミニクは長いこと渋っていたが、義妹いもうとたちの熱心さについに折れ、ある条件と交換にようよう許可したのだった。

 その条件というのは、

【決して能力ちからを行使しないこと】

【一定以上の成績を修め、これをキープすること】

【学校生活は目立たず慎ましやかに。おかしな出来事に首を突っ込まないこと】

 の、三か条だ。

 第一条はきちんと守れている。ユイもロゼットも、自分たちより非力な一般人に対して、マキニアンの能力ちからを振るうつもりは毛頭なかった。

 第二条は、ロゼットには余裕だが、ユイには少々酷だった。

「退学させられたくなかったら、来月のテストで順位を上げることね」

 余裕綽々のロゼットは、涼しい顔でフライドポテトを食べきった。

「ううっ……。ロージー、頼りにしてるよ」

「教えるのはかまわないけど、手加減しないわよ、私」

「うううっ……。レジーニさんに教わろうかな」

「あの人たぶん私より厳しいだろうから、もっと覚悟した方がいいわ」

「だーーーーーーっ!!」

 追い詰められたユイは、コーラのカップをテーブルに叩きつけると、頭を打つ勢いで突っ伏した。しばらくその姿勢のまま沈黙する。隣のロゼットはユイにかまわず、残ったベジタブルジュースを、黙々と飲んだ。

「もういい! そんな先のことは考えない!」

 がばっと頭を跳ね起こしたユイは、前向きに見えて何かを投げ出したようなセリフを吐く。

「先のことは先に考えればいいの! 今出来ることを考えよう!」

 吹っ切れると立ち直りは早い少女である。

「ということで、ロージー」

「だめ」

「まだ何も言ってないじゃん」

 不満げに頬を膨らませるユイを、ロゼットは冷ややかに一瞥する。

「言わなくても分かる。絶対ろくなことにならないから反対」

「だけどロージー、このまま見過ごせることじゃないだろ?」

「ドミニクとの約束の三つ目を、思いっきり破ることになる」

「だけど!」

 ユイは一歩も引かない。座ったままロゼットの方へ身体の向きを変え、顔を近づける。

「〈アーバン・レジェンド・クラブ〉は、絶対何かを掴んでる。調べられるのはボクたちしかいないんだよ」


 

 クライスト学園を賑わわせている、もう一つの話題。 

 それが〈都市伝説愛好倶楽部アーバン・レジェンド・クラブ〉の噂だった。


 

 クラブがいつから存在していたのか、正確に知る者はいない。少なくとも五年前にはすでに在り、設立者はワーズワース大学の学生たちだったと言われている。そのため、現在でもクラブの代表は、ワーズワーズ大学在籍中の学生から選出されているのだそうだ。

 クラブの活動目的は、その名の通り「都市伝説の研究」である。各地に伝わる様々な都市伝説を、口コミやインターネット、あるいは実際に現地に赴いて掻き集め、それらを独自に研究するのだ。

 この活動に意味などない。都市伝説はあくまで“伝説”であり、ほとんどが信憑性のないものばかりだ。だが、妙に関心が惹きつけられてしまう題材であることに間違いはない。都市伝説にロマンを求め、本気で真偽を突き止めようとする者もいれば、単純に面白半分に、話のネタになるからと参加する者もいる。

 クラブは「来るもの拒まず、去るもの追わず」というスタンスで、誰でも会員になることができ、いつでも好きな時に辞めていい。秩序を守り、真剣に都市伝説解明に取り組む者の邪魔をしなければ、特に厳しい規則も課せられない。

 そういった気軽さから、興味本位でクラブ会員になる学生が多く、現在の会員数は、三百人にも及ぶと言われている。

 いわゆる“オタク”の多い集まりで、素行に関して言えば、別段悪いわけではない。研究に没頭するあまり、時に奇行に走る会員も少なくないが、総評して「害のない同好会」と位置付けされていた。

 クラブの歴史が長く、会員数も相当数に上るため、自然と知名度が上がっていったのである。

 そんな可もなく不可もない〈アーバン・レジェンド・クラブ〉が、ここ最近頻繁に話題に上るようになったのは、七月に起きたある事件がきっかけだ。

 

 

 七月。

 ワーズワース大学に未曾有の大事件が起きた。学舎一棟が全壊するほどの、大規模な破壊行為が行われたのである。

 怪我人は多く出てしまったが、幸いにも死者はいなかった。破壊された学舎は、現在も修復作業中だ。

 この事件には謎が多い。誰が、何の目的で実行したのか。未だ捕まらない犯人は、一体何者なのか。そういった、事件の根本的部分もさることながら、もっと注目されている点があった。

 事件当日、大学にいた学生や職員らが、口々に言うのである。

「破壊活動を行っていたのは、怪物だった」と。

 ゲームや映画に出てくるような怪物の群れが、突如キャンパスを襲った、と言うのである。

 実際に見ていない人々からすれば、世迷言以外の何物でもない。しかし、大勢の人間が、怪物に襲われ追いかけられたと証言したのだ。数人程度の話であれば一笑に伏すことも出来るが、その数が何十人何百人ともなれば、ただの妄言と片付けられない。

 中には、

「奇妙な武器を振るう数名の男女が、怪物と戦っていた」

「白い子どもと、馬の胴体の黒い騎士が、空中戦を繰り広げていた」

 などという証言もあるほどだ。

 警察は総力を挙げて事件捜査に乗り出しているそうだが、まったく進展がないらしい。

 それは、ユイたちにとっては都合のいいことだった。

 七月に起きた〈ワーズワース大学破壊事件〉とは、マキニアン、シェド=ラザによる破壊行為のことだからだ。粛清廃棄されたはずのシェドが、生きて現れ、好き放題に暴れまわったのである。キャンパスを襲った怪物とは、つまりメメントのことなのだ。

 事態の収拾に当たったのは、最初に異変に気づいたユイとロゼット。そして義姉のドミニク、駆けつけたエヴァンとレジーニの裏稼業者バックワーカーコンビだ。

 どうにかメメントの群れを退けたものの、キャンパス中の人々に目撃されるのは避けられない状況だった。

 とはいえ、もちろんメメントの存在を、〈政府サンクシオン〉が公に認めるなどということはない。当然のことながら情報は規制され、怪物は「集団パニックによる幻覚」とされた。苦し紛れなのは明らかだが、倒された怪物の屍骸などの物的証拠がないため、その存在を肯定することは、誰にも出来なかったのである。

 おかげでユイたちマキニアンの存在も、知れ渡らずに済んだのだった。

 ところが、である。

 事件後しばらくしてから、

「ワーズワース大学を襲撃した怪物の正体を、〈アーバン・レジェンド・クラブ〉が突き止めた」

 という、聞き捨てならない噂が立ったのだ。

 怪物の存在自体が現実だったのかどうか、目撃したという人々さえ疑い始めた頃へきて、この噂である。そんな馬鹿なと切り捨てず、あの連中ならやってのけるかもしれない、と誰しもが唸らずにはいられない。〈アーバン・レジェンド・クラブ〉には、そんな奇妙な説得力があった。



「クラブの人たちはずっと前から、『一度死んだ生き物が、変化して蘇った怪物』を調べてたって話だよ」

 ユイはロゼットの顔を覗き込む。

「その怪物は〈デッドバッカー〉って呼ばれてる。これって間違いなくメメントのことだよね。あの日、大学に現れたのがデッドバッカー、つまりメメントだって世間に知られちゃったら、いろいろとまずいんじゃないかな」

「デッドバッカーだろうとメメントだろうと、どっちにしたってまずいわよ」

 ロゼットは、すげなく答えた。

「だったら余計に調べなきゃ。クラブの会員たちは一般人だ。メメントを調査してるなんて〈政府サンクシオン〉にバレたら大変だよ。それにマキニアン(ボクたち)のことまで知られたら、もう学校にも通えなくなるし、この町にもいられなくなっちゃうよ」

 学校に通えず町にもいられない、という言葉は、さすがのロゼットも心に刺さったようだ。眉根を寄せ、しかつめらしい表情で俯く。

 ロゼットの心境が変化しようとしている時を、ユイは逃さなかった。噂を聞きつけた日、クラブに乗り込んで真相を調べよう、とロゼットに持ちかけたのだが、彼女はまったく話に乗ってこなかった。今ならもう一押しでいける。

「次の集会は土曜日にあるって。土曜日って明日だよ。デッドバッカーの噂のおかげで、にわか会員が押し寄せてるって話だ。人が多くなって、誰が誰だか分からなくなってる今なら、ボクら二人が忍び込んでも分からないよ」

 言いたいだけ言い、ユイは口を閉じた。あとはロゼットの判断を待つだけだ。もっとも、彼女が断固反対したとしても、ユイは一人で乗り込むつもりなのだが。

 一分、二分。沈黙が流れる。

 しばらくして、ロゼットは憂鬱そうに、大きなため息をついた。

「ドミニクにバレた時の言い訳、考えてあるんでしょうね?」


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