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5話

  龍人がテラに来て1年が過ぎようとしていた。


  「あっという間に1年か。早いもんだな」


  龍人のこの1年は、修行と文字の読み書きなどを教わる毎日だった。

 文字を習得した龍人は休憩や夜の時間を利用 しラウの書物を読んでテラの

 ことや魔法に関する知識を吸収していった。

 今も自室で本を読んでいたところだ。


  (修行漬けの毎日だった。最初は苦労したけど真剣に取り組んだし、この

 世界のことも魔法のことも分かってきたな)


  龍人は魔法についてはラウから「これほど使えるのなら生きていく上で

 問題は無かろう」とお墨付きを貰っていた。

  この日、ラウから重要な話があると言われており、キリがいいところで

 読書を終え、ラウの書斎へ向かった。


  コンコン。書斎のドアをノックすると中から「どうぞ」と返事があった。


  「ラウの爺さん、今日はどうした?重要な話って」


  ここ1年で龍人とラウは打ち解けた、お互い気を使わないほうが楽な性格

 だったこともあり口調はだいぶ砕けた感じになていた。


  「まあ座るといい」


  龍人がソファーに座るとラウは話を始めた。


  「龍人が来て今日で1年か、とうとう帰還方法を見付けることが出来な

 かったのう…」


  龍人は ラウの言葉に諦めのようなものを感じた。


  「どうしたんだ?爺さんらしくないな、地球へ帰ることは諦めたわけ

 じゃなけど、せっかく魔法も使えるようになったんだし、まあそんな

 に焦らなくても大丈夫だよ」


  「残念だが恐らくもう、ワシに残された時間は僅かしかないんじゃ。

 寿命というやつじゃな」


  「え?嘘だろ?だって魔法で老化を防いでるんじゃ…」


  「完璧に老化を防いでるわけではないんじゃ、老化のスピードを限り

 なく遅くしているだけじゃ。もう魔法効果も切れる頃だろう、そうす

 ればワシは死ぬ。あの魔法は大量の魔力が必要での、もうワシにあの

 魔法を使うことは出来んのだよ。龍人がこちらに来た頃からワシの魔

 力は日に日に落ちていった。最近は特に酷くてのう」


  「そんな…」


  「すまん。龍人がこの世界に来てしまった原因もわからんかった。魔

 法の修行もまだ終わってはおらん、全て途中で投げ出すような形になっ

 てしまい申し訳ない思いじゃ」


  「ちょっと待ってくれ…」


  龍人はこの一年を振り返る。

 ラウとの出会い、魔力操作の修行から始まり、魔力操作の応用、魔法の

 基礎修行、応用、複合魔法の基礎修行、複合魔法の応用、修行、修行修

 行…修行。合間に文字や、この世界の常識を学ぶこと位しかなかったが、

 しかし、打ち込めることがあった事で、あまり悲観することなく日々過

 ごすことができたのだ。

  なにもせずにいたら絶望し、心が病んでしまったかもしれない。

 ラウは親切にしてくれた、自分に魔法を教えてくれた師匠でもある。

 恩はあっても恨みは無かった。


  「爺さん。謝らないでくれ、おれがこの世界に来た原因や、帰る方法が

 見つからなったことは良いんだ。諦めたわけじゃないけど、前々から言

 ってただろ?この世界を旅してみたいんだ。ここにずっと居ても帰る方

 法が見つかる訳でもないんだしね。ちょうどいい機会だ、自分で探して

 みるよ」


  「返す言葉もない。すまんな」


  「もう良いんだって。それより寿命ってのはどのくらいなんだ?」


  「はっきりとしたことはわからんがここ数日で魔法の効果は切れるだ

 ろう」


  「数日って…。そっか」


  ラウが死ぬ。という実感が得られない。こうして見ていると、とても

 数日で死んでしまうように見えない。

  ラウの風貌も弱々しいには程遠い、普段と変わらないのだ。


  「龍人よ、ワシはもう何時どうなるかわからん、旅立つのならすぐ準

 備にかかったほうが良い」


  「そんなことできるか」と龍人は言うが、ラウは首を横に降るだけだ

 った。

  彼から受けた恩を仇で返すようなことはしたくなかったが、どうして

 も首を縦に振らなかった。


  「本当に構わんのだ、本来であればワシはとうに死んでいる人間じゃ。

 人は死ねば自然に帰る、そして魔素へと還元されていく、それが自然の

 摂理でありごく当たり前のことじゃ」


  「構わず行け」というラウに、龍人は頷くしかなかった。

  出発は次の日の朝となった。


  次の日。

 龍人の私物は少ない、地球より持ってきた衣服はスーツと作業着、時計に

 携帯電話くらいであとはない。

 保存がきく食料や水、地図を準備し大きめの背嚢に詰め、服装は長袖のシ

 ャツにズボン、革製のブーツ、厚手のマントを羽織った。

 彼が最初に目指すのは山と大森林を抜けた先にあるらしい町を目標とした。


  龍人は旅立つ前にラウの部屋を訪れた。


  「爺さん。お別れを言いに来たぞ」


  悲しさ、寂しさ、不安。なんとも言えない感情が龍人の中にあった。

 ラウの表情は穏やかだった。自分の死期を悟った者の顔だった。


  「そうか、幸い天候も良い、出発にはちょうど良いな」


  「ああ、そうだな…爺さん。なんて言ったらいいか…」


  龍人は、今まで世話になった感謝と別れの言葉を言おうとするが、なんて

 声をかけていいか言葉が見付からなかった。


  「龍人よ。…気にするな、達者でな」


  ラウは笑顔でそう答えた。


  「ああ…爺さん世話になったな…爺さんこそ俺のことは気にすんなよ」


  龍人も笑顔でそう答えた。

 なんとなく自分の葛藤、心のモヤモヤが取れてスッキリした。


  「爺さんも人が悪い、余命数日ってなんだよ、こっちは驚きやら、悲しさ

 やらで頭ん中ぐちゃぐちゃだったのによ」


  「まぁそう言うな。こればっかりはどうしようもない。そうじゃ、これを

 持って行け」


  ラウは一本の短刀を龍人に手渡した。


  「これは?短剣か?」


  長さは50センチ程、鞘と柄には爬虫類を思わせる革を使い、柄頭に魔石が

 埋め込まれている。

 装飾は然程されていない、驚くことに刀身は青白く仄かに光を帯びていた。


  「ワシが若い頃にドラゴン退治で得た素材で作った短刀じゃ、武器として

 も使っても、魔法の媒体としても使える短刀じゃ」


  「結構な代物じゃないか、武器の準備は出来てなかったから有難く貰って

 いくよ」


  「その短刀は、お主の旅の力になってくれるだろう。幸運を祈ってるぞ」


  「ありがとう…じゃあ、爺さんそろそろ行くわ」


  「ああ、気をつけてな」


  「爺さん…」


  龍人はその場で姿勢を正し、今までの感謝を表す様に頭を下げた。


  「今までお世話になりました!」


  ラウは無言で頷き、龍人を見送った。


  「行ったか…」


  (…魔力がもう持たんな、そろそろ限界じゃ。無事に地球に戻れるのを

 祈っとるぞ)


  ラウは書斎に戻ると椅子に腰掛けた。

 目を瞑ると、彼に掛かった魔法の効力が切れ始める。

 停止していた時間が一気に進む、そして、その反動に耐え切れないラウ

 の体は魔素へと還っていった。

 

  (ああ…ワシの生涯に悔いが残るとすれば彼奴の事だけ。だがしかし、

 彼奴なら自力でなんとか出来るだろう、仮に地球に戻れなくともな…)


  こうしてラウは、ひっそりとその生涯を終えた。




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