避難
カイルはエルを抱きかかえたまま、村長の家の裏へと向かった。
木戸を開けるとそこには洞窟の入り口があった。
入り口には松明が山済みされており、その1本を手に取ると明かりを灯した。
燃え上がる炎が洞窟の入り口付近を明るく照らす。
カイルはエルを下に降ろすと、2人につぶやいた。
カイル:「2人とも心配することは無い、しばらくの間エンクローズ村で過ごすだけだ。」
ジェイ:「わかった。」
ジェイは持っていた人形をエルに渡すと、エルに言った。
ジェイ:「何回も通った道だし、怖くないよな?」
エルは人形をぎゅっと抱きしめると、うなずいた。
カイルは松明を前にかざすと、先導して洞窟に入っていった。
ジェイは妹のエルの手をぎゅっと握ると、その後に続いた。
洞窟内部は、大人が1人通れるぐらいの細い1本道が延々と続く。
地面は比較的平らだったが、それでもところどころに大きな岩が露出していた。
3人は足元に注意しながら、早足で歩き続けた。
エル:「あっ。」
エルが小さな声をあげた。
カイル:「どうした?」
カイルが振り向くと、エルが転んでいた。
どうやら、露出した石につまづいたようだ。
カイル:「大丈夫か?」
エルを抱き起こすと膝から血が流れている。
カイル:「ジェイ、松明を持ってくれ。」
カイルは松明をジェイに渡し、エルを背負い歩き出した。
途中で何度もジェイに声をかけた。
カイル:「まだ、歩けるか?」
ジェイも疲れていたのだろう、声もなくうなずいた。
さらに歩き続けると、細い道が突然大きな空間に変わる。
空洞には、数本の道が繋がっていたが、カイルは迷わず右から2番目の通路に入っていった。
しばらく進むと、少し広い空間にでる。立ち止まって上を見上げた。
カイル:「やっとついたか。」
そこには足場があり、その頂上には縄梯子が垂れ下がっていた。
縄梯子は、大人2人分ぐらいの高さがあるが、縄梯子の横には、
物資を運ぶ引き上げ装置がついていた。
カイルは、エルを籠に乗せ、1人づつだと言うと縄梯子を上がっていった。
穴の上に設置された水車の脇にある水路の水門を開いた。
水が支流に流れ込むと設置されていた水車がゆっくり回りだした。
水車に繋がったロープが巻き上げられ、ゆっくりと籠が上がっていく。
籠には旗がついており、旗が見えたところで水門を閉じると丁度良い位置に籠が
止まるようになっていた。
滑車の部分には歯車のようなものがついており、爪がかかることによって
逆回転しないようになっていた。
エルを降ろし爪をはずすと、籠はするすると降りていった。
2人とも引き上げると、エルを背負いエンクローズ村に急いだ。
途中、村人に会うたびに、すぐ長老の家に向かうように言いながら先を急いだ。
村人達もただならず気配を感じ取り、カイルの後に続いた。
カイルは途中で自宅に寄ると、2人を母に任せ、長老の家に急いだ。
村の長老の家に着くと、長老はタバコを吹かしていた。
カイル:「長老、緊急事態だ!!」
長老:「落ち着きなさい、一度深呼吸してから話なさい。」
カイルは言われたとおりに一度深呼吸すると、高ぶった気が治まった。
そして、皆にことの次第を話した。
村人達がざわめき始める。
長老:「静かに!!、最後まで話を聞きなさい。」
その一言で、村人達のざわめきが収まる。
一通り話し終わると、長老は口を開いた。
長老:「なんということだ、これは魔法のせいかもしれないの。」
村人達が顔を見合わせる。
長老は話を続けた。
長老:「魔法を使えるのはこの村の者だけじゃ、それを恐れての蛮行なのだろう。」
村人:「しかし、小石を動かせる程度の力でなにができるというのです?」
長老:「人というのは、自分にない力を恐れるものじゃ。
まして、我々がそれ以上の力を持っている、あるいは得る可能性があると
考えたのじゃろう。
こうしてはおれん。
穴を塞げる大きさの1枚岩と土嚢を50ほど用意しなさい。
武器をもって穴の周りに集まるのじゃ。
ボトム村の村人が通過し終わったら、あの通路を封鎖する。」
村人は、指示された物を集めると、武器をもって穴の周りに集まった。
そうこうしているうちに、ボトム村の村人が上がってきた。
彼らは手際よく、村人達を引き上げていく。
最後と思われる村人を上げると、他に村人が居ないかを確認した。
ボトム村の村人:「村長を含めて何人かが、兵士と交渉をすると言って残っています。」
長老:「そうか、もうしばらく待つとしようかの。」