(File3)リーフの暗号①
鉄道警察隊の西村は、県が主催するお見合いパーティーに参加することになっていた。
彼としてはまだ独身貴族を謳歌していたかったが、世間体や親の苦労を考えると、そろそろ身を固める決意をしたほうが良いのかもしれない。
しばらくそんなとりとめのないことを考えていると。
いつの間にか――目的地に到着していた。
西村はタクシーの運転手に料金を支払い、会場を見上げてみた。
複合ビルの6階建て。築年数はさほど経過していないようで、真新しい建造物だった。
西村はその会場に入った。
1階のロビーへ行くと、受付嬢が2名並んで待っていた。
西村は差し出された受付名簿の欄に、『西村京三郎』と漢字で記入した。
すると首かけ用のプラスチックのカードと、番号札を渡された。
首かけ用カードには、【西村京三郎、男性、1月10日生まれ。趣味:写真撮影】とある。
そのまま進んでいくと大体育館があった。
どうやらこの1階は、業務用では使わないらしい。
入ってみると、各テーブルごとに立て札が置いてあり、それぞれ番号が書かれていた。
西村は受付でもらった番号札の席へと向かった。
そこには男性2名、女性3名がすでに来ていて、ワインやらソフトドリンクやらを飲んでいる。
西村のスペースにも皿とグラスが置かれていた。
椅子がないところをみると、どうやら立食パーティーのようだ。
「お待たせして、申し訳ありませんでした。恐縮ながら私から自己紹介をさせていただきます」
西村はほとんど首かけ用カードのプロフィール通りに語った。
「じゃあ次は私が行きます」
はい、と手を挙げて。
西村の隣にいた女性が順番を引き継いだ。
「私は島崎と言います。趣味はお料理です。よろしくお願いします」
「次は私がやるわ」
むすっとした無愛想な女性は。
「私は瀬波。言っとくけど私は、島崎の付き添いできただけだからね。あんまり下心とか向けないでよ」
「我輩は細川と申す者である。ここはひとつ、無礼講で行こうと思っておりまする」
マッチョの男性はおごそかに言った。
「私は岩井。趣味は読書。寡黙で人見知りなので、積極的に絡んでもらえると嬉しいです」
華奢な身体つきをした女性は、静かな口調であった。
「ぼくはリーフ。趣味は、四則演算。よろしく」
中肉中背の男性はどこかに視線をやりながら、自己紹介を終えた。
――楽しい立食パーティが始まった。
「へー。西村くんって、警察官なんだ。すごーい」
島崎は西村に笑顔を振りまくが、
「すごいですよね。この蟹グラタン、ズワイ蟹使用ですって」
西村はほとんど見向きもしていなかった。
もちろん性的な意味で、である。
――そっぽを向いていたわけではない。
「私はどんな仕事してると思う?」
島崎が訊く。
「ボーイ」
西村が答える。
「えっ? ボーイ……。なんでボーイなの? 私、男じゃないんだけど」
もじもじしている島崎を尻目に。
「ワインをもう一杯ください」
なんてやり取りを、西村はボーイとしている。
この人はなかなか手強いな。
しかし――がぜん、燃え上がる島崎であった。
「イトウくん。はじめまして、ぼくはリーフ。よろしく」
西村は当初。
自分が呼ばれているのだとは気付かなかった。
なぜなら。
西村はそもそもイトウという苗字ではないし、そう名乗ってもいないからだ。
だが自分が呼ばれているのだとわかった西村は。
「よ、よろしく。リーフくん」
と、ぎこちなく返事をした。
その際にちらりと彼の首かけ用カードをのぞくと。
【中山和也、男性、8月8日生まれ。趣味:四則演算】とあった。
彼の名前はリーフではなかった。
ではなぜ、リーフと名乗ったのであろうか。
そしてなぜ中山は、西村を”イトウ”と呼んだのだろうか。
⑤まであります。よろしければ、それまでお付き合いください。