(File44)鎌田正信の殺意⑬
「今回の殺傷事件については、すべて警察官である私の責任です。警察官は周囲の状況をよく確認して、彼らに危害が及ばないことを確認してから、逮捕・拘留などを行います。今回は私の不手際により、娘さんを傷付けてしまったことを深く謝罪申し上げます」
西村は島崎鳴海の意識が回復したことを受けて、すぐに病室へと向かった。
彼女は、元気そうだった。
西日がこぼれる窓際のベッドで、カーテンによる遮光をして、身体を起こして待っていたのだ。
「ええ、そうですか」
島崎鳴海の母親は、どこか儀礼的な、やつれた愛想笑いを見せた。
何日間か眠れない日が続いたのだろう。その目には力がなく、クマができていた。
とにかくもう、喜びなのか怒りなのか哀しみなのか、それらの感情をいっしょくたにしたような複雑な表情をしていた。
何とも言えずに、言葉に詰まる。
二の句が継げない。
「ねえ、お母さん。私がんばったよ。男の人の補佐役を、立派に務め上げたよ」
しばらくしてから島崎鳴海が声を発した。
それはひどくかすれていて、弱々しい声音だった。
「私さ、西村くんのことが……」
「ねえ、鳴海!」
島崎鳴海の母親は、彼女の言葉を制する。
そして、言った。
「今まで、ごめんね」
そう泣き崩れる。
「ごめんね、何もしてあげられなくて。ごめんね、辛いこと全部押し付けちゃって。ごめんね、ダメな母親で」
「ダメ? 何がダメなの?」
「私が補佐役だなんて言うから、あなたは苦しんで」
母親は涙を流しながら言う。
木漏れ日が、花瓶を通して、彼女を照らした。
「あなたに、こんな辛い思いさせちゃって」
「ふふっ。そんなこと?」
痛い、と顔をしかめながらも、微笑みを絶やさずに続ける。
「気にしてないよ。ていうか、むしろ好都合だったかも」
好きな人の役に立てたし、という語句は頭の中で補完して、母親にそう告げた。
「あのね、人ってひとりでは生きていけないわけじゃん」
ウソだ。あの言葉の呪縛は、確かにあった。
そう感じつつも、島崎鳴海は、
「だからこれは私が助けたいって思ったから助けたの」
「そう。それは良かった。だけどこれだけは金科玉条にして頂戴。これからは、絶対に無理はしないこと。あなたは昔から一本気なところがあったから、もっと女の子らしく生きてほしいって思って言った言葉なんだけど、やっぱり誤解されていたみたいね」
「誤解ってなに? だからそんなこと気にしてないって」
「気にしてなかったら、男の人の補佐役を立派に務め上げたなんて言わないわ」
「え、いや、それは」
「お母さんをだれだと思ってるの?」
たじろぐ娘に、母親はぴしゃりと言い放つ。
「あなたの考えていることくらいお見通しよ」
ここは家族水入らずの時間を演出すべきだろうか。
そう西村がおいとまを告げたときに、母親は静かにこう言ったのだった。
「うちの娘をよろしくお願いします」
娘を刃傷沙汰に巻き込んだ張本人としては、ここで母親の言葉を忖度することはできなかった。正直、怒られると思った。力の限り怒鳴られた方が、むしろすっきりしたかもしれない。そう西村はもやもやを抱えたまま病院を背にする。
「おまかせください」
反射的にそう答えてしまったが、果たしてそれは正解だったのだろうか。
病棟を背にして、玄関のロビーを出ると、カラスが何羽か電線にとまって、屍肉を探していた。
そのシルエットがオレンジ色に染まっている。
「いつになるかはわかりませんが、大切な人を守れるくらいに強くなったら、私から声を掛けます。それでもまだ島崎さんにその気持ちがあるなら、そのときは結婚しましょう!」
西村はそう明治神宮での宣言を思い出した。
もう覚悟を決める時期なのかもしれないなとひとつ息を吐く。
電線の鳥は、カァカァとしわがれた声を発して一斉に飛び去った。
ご愛読ありがとうございました!
まだまだ未熟なため、「え、これで完結?」みたいなエンディングになってしまいました。ちょっと風呂敷を広げすぎましたm(_ _)m
来週からはホラー小説を短期集中で連載するので、そちらもぜひお願いします!! それではまた来週お会いできることを楽しみにしています!!\(^o^)/




