(File42)鎌田正信の殺意⑪
島崎鳴海は夢を見ていた。
どこかのカフェテリアで、母親と向かい合って、話をしているところだった。丸テーブルにはマグカップのホットコーヒーが置いてあり、固定式の椅子は、動かせないようにボルトで留められていた。天井に埋め込まれた豆電球のような照明は、柔らかい光で客人の姿を浮かび上がらせている。
「ねえ、鳴海。あなたいつ結婚するの?」
母親の顔はどこか暗くて、より一層老け込んだように見えたが、照明の加減かもしれないと思い直し、手元のホットコーヒーをすすった。
「わからない」
「わからないってあなた。女の幸せは、結婚して、その旦那さんに尽くすことよ。このままじゃあなた、いつまでも独身よ」
「……うん」
社会人になってから、学生時代の友人は、ひとりまたひとりと身を固めていった。その度に母親は触発されたように、「ねえ、鳴海。まだなの。結婚はまだなの?」としつこく聞いた。
「ねえ、お母さん。結婚ってそんなに大事なことなの? 例えば好きな人がいたとして、でもその人には結婚願望がまだなくて、そんなときはどうしたらいいの?」
「何を悠長なことを言ってるの。金さえあれば男はいつでも結婚できるけど、女は若い内だけよ。年をとっても結婚してないような男にはろくなやつはいないわ! だから早くパートナーを見つけるの」
それはさすがに偏見だろと思ったが、口には出さなかった。
従順な振り。良家の娘を演じなきゃ。
「わかった。……早く見つけるよ」
「そうしてもらわないと困るのよ。高橋さんところも、山崎さんところも、北沢さんところだって結婚してるのに、島崎家の娘さんは、まだ結婚してないわと陰口まで叩かれているのよ!」
出た出た。世間体。
お母さんは何かにつけては他人の目ばかりを気にする。
この人は私のことなんか見ていないのだ。
お母さんは、私という磨りガラスを通して、その先にあるご近所の目、親戚の目、世間の目を、注意深く見つめている。反対に、ご近所の目、親戚の目、世間の目も、私を通してお母さんを注視しているのだ。
私はお母さんを美しく着飾らせるための道具でしかない。
お母さんはいつの間にかソフトクリームを手にしていた。バニラとチョコレートのミックスされたやつを、先端の尖ったところからかぶりついた。
私は黙ってホットコーヒーをすする。
「ねえ、鳴海。あなたには私と同じ血が流れているの。だからお願い。××××××××××」
最後の部分はよく聞き取れなかった。
なのに、涙が頬を伝っているのを感じていた。
「生き延びてちょうだい」と言われたような気がした。
島崎鳴海は、何の話だろうと首を傾げながらも、マグカップの中身を飲み干した。母親はいつの間にか、ソフトクリームのコーンまで食べ終わっていて、紙ナプキンで手を拭いていた。




