(File41)鎌田正信の殺意⑩
「おい、ちょっと待ってくれ!」
その声に鎌田正信はハッとして、正気に戻った。
警察官を名乗る男性に腕を捻られているから身動きこそ取れないが、それでも耳は鋭敏に反応してしまう。
「そいつは俺の弟なんだ。放してやってくれ」
兄貴の、声だった。
しかしその声は、背面にバタフライナイフの刺さった女性に気付いてからは、次第に小さくなっていった。「お前が……やったのか」そんな力のない言葉に対して大きく首を振ってやる。
「どうしてだ。どうしてそんなことをした!」
「あんたが嫌いだったからだよ! あんたはいつだって俺のことを見下していた。あんたのせいで俺がどれだけババァに怒鳴られたと思っているんだ。あんたのせいで俺の人生は滅茶苦茶だ。全部あんたのせいだ! あんたが悪いんだ!」
関節を極められた状態で興奮すると、骨が外れるかもしれないとも考えたが、どうしても我慢できなかった。
「あんたにとってもババァにとっても俺は家族じゃないんだろ。知ってんだよそんなことは! でもさあ遺産相続人は普通は俺の名前にするだろ。何で相続先が、お前の息子なんだよ!」
「おかんだってもう若くないし、お前は俺の息子を引き取らないだろ。だったら俺が病気で死ぬ前に、息子に莫大な資産を預けて、それで養育費をまかなってもらおうって思ったんだよ」
「だったら俺を頼れよ! 何でなにも相談もしてくれないんだよ。やっぱり俺のことなんか家族として認識してないんだろ。だから嫁にも愛想を尽かされるんだよ。弟のことも考えられないような兄だからなあ!」
「…………」
「何も言い返せねえってか、あ、痛っ!!」
腕をさらに締められて、鎌田正信は黙った。
列車はすでに減速を始めている。
ああもう、なんで俺の人生は、失敗だらけなんだ。
彼はそう涙を流した。
「どちくしょう!!」
そんな悲鳴にも似た自らの絶叫が、しつこく鼓膜に響いた。




