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鉄道警察隊、西村のスイリ。  作者: オリンポス
【11回目のスイリ】
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(File40)鎌田正信の殺意⑨

 鎌田正信は生殺与奪の権を奪われて、心の底から傷心していた。

 もう終わった。

 何もかもがうまくいかない人生だった。

 そう半生を振り返る。


「お兄ちゃんはねえ、」


 それが母親の口癖だった。


「お兄ちゃんはねえ、部活動をやらせたら、いつだってレギュラーに選ばれているわ。それがあなたは何? 補欠? 代打だか代走だか守備要員だか知らないけどねえ。さすがに恥ずかしくて、あんたの試合なんか観に行けないわ!」


 中学生になって、初めて本塁打(ホームラン)を打ったときには、思わず母親に自慢してしまったものだが、そう辛辣に返されたことを鎌田正信は覚えている。


「お兄ちゃんはねえ、彼女もいるし、友達も大勢いるし、おまけに勉強もできるのよ。それがあなたは何? たかだか1科目だけ100点とったからって、バカみたいにあわててすっ飛んできて。わかるかしら? お兄ちゃんはねえ、毎回この点数なの! たかだかこれくらいのことで浮かれないで頂戴!」


 得意教科で初めて満点をとったときも誉めてもらえなかった。


「お兄ちゃんはねえ、」

 学校の授業をサボって、公園のベンチで佇んでいたら、またあの忌々しい肉声が耳に届いてきた。ただしそれは鎌田正信に向けられたものではなく、住宅街の歩道で井戸端会議をする主婦同士での会話だった。

「利発的で気が利くし、みんなから好かれる人気者だけどねえ……」


 鎌田正信は、なるべく声を聞かないようにしようと、ぴゅるると口笛を吹いて、それについても、「お兄ちゃんはねえ、そんな蚊の泣くような音で口笛を吹かないわ。それがあなたは何? 口笛も満足に吹けないわけ?」そうののしられたことを思い出してうつむいた。


「正信はダメね。親の言うことなんか全っ然聞かない! もう我が道を行く、ただそれだけ! お兄ちゃんはねえ、私の言う通りにしたから、あんなにいい子に育ったのよねえ。本当に同じ兄弟なのかって疑っちゃうくらい!」


 へええ、と感嘆する主婦たちだが、そのエピソードは捏造だった。鎌田正信は怒鳴りたくなる気持ちを自制する。遊んでばかりで家事については歯牙にも掛けないのが兄貴で、親の目ばかりを気にして、なんとしてでも好かれようとへつらってきたのが自分だと、そう自信を持って言えるからだ。


「いやねえ。うちなんて一人っ子だから、もう一人産んでおけば良かったわ!」

「あらやだ。お宅だって、立派なお子さんがいるじゃないの!」

「鎌田さんとこのお兄ちゃんと比べたら、大したことないわよ!」

「またまた、そんなこと言って。お上手ねえ!」

 買い物袋を地面に下ろしながら、きゃははと笑う母親の声が憎らしかった。


「くそ、誉められるのはいつも兄貴ばかりだ。兄貴だって、俺と同じように、不幸な目に遇えばいいのによ」

 鎌田正信は目元をこすりながら、呪詛のように呟いた。

 彼にとって、兄とは、コンプレックスの権化のような存在だったのだ。

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