(File2)老いるの謎!?
ネタがどんどん湧いてきます。
執筆意欲に従って書いていたら、半年先までストックが溜まってしまいそうです。
それでもいいんですけれど、毎週日曜日連載中の『四扇』がおろそかにならないように、気をつけたいと思います。
ここのマンションのセキュリティシステムは一種独特だ。
部外者が出入りする際は守衛室で指紋の認証登録を行わなければならず、登録有効時間は24時間しかない。そのため出入記録簿には来客の名前と訪れる予定の部屋番号が記され管理されている。
そこのマンション。104号室で、殺人事件が発生した。
出入記録簿によると。
その部屋に入室したアリバイのない容疑者は、4人もいるらしい。
内田警部と山村刑事はさっそく事件現場に足を運んだ。
被害者は外国人女性で、日本で暮らす兄のマンションに遊びに来ていたのだそうだ。
「ぼくのなまえは、アルベルト。いもうとがしんで、ベリーベリーショッキング!」
頭を抱えて、大げさに泣き崩れる白人男性。
彼は被害者のお兄さんだったらしい。
「俺はアルベルトの友人、高橋だ。大学のサークル仲間として招待されたんだよ」
ヒョロっとした長身の男はうつむきながら、そう言った。
「拙者は、剣ヶ峰でござる。アルベルトとは武士の精神について熱く語りあった仲でござるよ」
スキンヘッドで筋骨隆々の男は、サッパリした笑顔であった。
「ハァハァ、ボクは……ハァハァ、ニッポンの……ハァハァ、アニメを……ハァハァ、アルベルト氏と……ハァハァ、深く語りあった仲さ。名前は丸井だよ」
贅肉で目が押しつぶされたような、だんご型の男は苦しそうに言った。
苦しそうというか、暑苦しい。
「鉄道警察隊の西村です。彼とは鉄道の話題で意気投合し、仲良くなりました」
鉄道警察隊の西村は、涼しそうに言った。
内田警部、山村刑事とは初対面である。
「なるほど。では自己紹介もひと通り済んだところで、今回の事件を整理してみましょうか」
内田警部は捜査資料に遺漏がないかをチェックする意味も込めて、話し始めた。
この日はアルベルトに招待されて。
サークルの高橋。
武士道の剣ヶ峰。
アニメの丸井。
鉄道警察隊の西村が現場に居合わせた。
彼らはアルベルトの部屋で遊んでおり、被害者の女性は別室で華道の勉強をしていたらしい。
犯行が発覚したのは夕方頃。
アルベルトが夕食の支度をして、呼びにいったときである。
死因は刺殺。
のど仏を鋭利な刃物で、深くえぐられたそうだ。
そのため犯行現場となった部屋からは大量の血しぶきが発見された。
そしてここからが、本題。
彼女の近くにはダイイングメッセージが残されていた。
それは被害者が今際の際に打ったと思われる未送信のメールであった。
『老いる』
そのメールには、老いると書かれているだけで、その他ヒントになりそうな語句はなにもなかった。
ただひとり、西村を除いては――皆がそう思った。
「刑事さん。犯人がわかりましたよ」
西村が唐突に口を開いたので、全員の視線は彼に集中した。
「ほう、おもしろい。それはいったいだれだね?」
値踏みするようないやらしい目つきで内田警部は西村を挑発した。
「まあまあ、そんなに焦らなくてもいいじゃないですか。まずは1人ずつに職業を訊いてみましょうよ」
西村に促され、山村刑事が質問を開始した。
「まずはアルベルトさんから」
と、山村刑事。
「ぼくはえいごのせんせいをやってます。しょうがっこうのせんせいです」
と、白人男性。
「俺はレストランでバイトをしてる」
と、サークルの高橋。
「拙者はガソリンスタンドでのアルバイトでござるよ」
と、武士道の剣ヶ峰。
「ハァハァ、ボクは……ハァハァ、ただの……ハァハァ、学生だよ。アルバイトとかは、ハァハァ、やってない」
と、オタクの丸井。
「私は鉄道警察隊です」
と、西村。
「職業は訊いたが、これがなんだというのだね」
「アルベルト氏の妹さんは、日本語はひらがなしか読めなかったそうです。だとしたら『老いる』という漢字表記はなんだかおかしくないですか?」
「たしかにな」
「じゃあ、『老いる』を変換してみましょうよ。ひらがな、カタカナ、英語、とね」
「了解です」
山村刑事が横から口を出して、メモ用紙に。
・おいる
・オイル
・OIL
と、記入した。
「はっ……」
内田警部は驚愕した。
「お察しの通り、老いるとは、OIL――油のことです。彼女は慣れない日本語表記のため、誤って変換をしていたのです」
「ということは、犯人は」
「その通り。ガソリンスタンドのバイト社員、剣ヶ峰さんですよ」
「いきなりなにを言い出すでござるか。証拠はあるのかでござる」
「私の推理が正しければ、あなたの手には被害者の返り血が残っているはずです。血液反応を調べればすぐにわかります。それにもし、被害者が抵抗して引っ掻いたのならば、被害者の爪からはあなたの皮脂が確認されるはずですよ。なぜならあなたは被害者の口もとを手で覆っていたのですから」
「被害者の口もとを手で覆っていた? なぜそう思ったでござるか?」
「ダイイングメッセージですよ。
彼女はあなたと初めて会ったはずです。それなのにあなたの職業を知っているのはおかしい。
だったら口もとを覆われたときにガソリンの臭いがしたとしか考えられないでしょう」
「おおおっ!」
剣ヶ峰は泣き叫んだ。
「アイツは、アイツは、たまたまトイレで会ったときに。
日本の技術は素晴らしいけど、日本刀はいただけない。人を殺す道具には悪意しかないなんて言うから、武士を否定されたと思って、ついカッとなって……」
悠久の平和を望む彼女と、武士道を愛する剣ヶ峰。
価値観の相違が悲劇を生んだのだった。
【4回目のスイリ】は9月3日スタートです。
予告:西村に恋の予感……。