(File37)鎌田正信の殺意⑥
目の前で鈍く光るバタフライナイフを見つめながら、南拓実は泣きだしそうになるのをぐっと堪えた。いつだって僕は大人を見下し、教師をバカにし、世間をなめてきた。だからこんなところで泣いてはいけないんだと自分自身に言い聞かせる。
常に相手に優位性を見せつけたい。そうやって承認欲求を満たし続けないと、自分が自分ではなくなってしまうような気がした。
「銃刀法違反の現行犯で、お前を逮捕する!」
だから、そうやって見下してきた大人に守ってもらえたときは、怖いからではなくて、嬉しすぎて涙が滑り落ちた。それは目の淵に溜めておこうとしても、まばたきで流れ落ちるし、目を閉じたら余計に泣いているような感じがして、なんだか格好悪いなと思ったら、隣に座っている島崎鳴海がぎゅっと抱擁をしてきた。まさか、このタイミングで? 変に犯人を刺激したら、刺されるかもしれないのに?
「大丈夫だよ。きっと、西村くんが守ってくれるから」
そう抱き寄せられると、大人の女性が持つ脂肪の膨らみが身体に当たって、下半身がじんと熱くなった。おいおい、と苦笑しそうになりつつも、やはり女性の与える安心感は強いなと思ってしまう。
「西村さん、大丈夫かな?」
南拓実は平静を装うが、恐怖で声が上ずってしまった。
「うん、きっと大丈夫」
そう島崎も目を赤くして言う。
「徒手対刃物の逮捕術も習ってるって、この前言ってたから」
「うるせえ!」
しかし、その犯人の狙いは西村ではなく、あくまでも南拓実だけだった。
「逮捕できるものならやってみろ。だけど、少しでも妙な動きしたらコイツを刺すぞ」
折り畳みナイフの尖端は、いまだに、少年ののど元をとらえている。
「どうせ逮捕されるなら、道連れにしてやる!」
南拓実はそれを聞いて、
「逃げなきゃ」
と思った。
だが、身体がすくんで動けない。
逃げることすらできない。
僕は……守られてばかりだ。
列車の軌道がカーブに差し掛かり、車体が、揺れた。
それにより、犯人の身体が大きく傾いだ。
西村の反応も、ワンテンポ遅れた。
彼の持つ刃の先端は、柔らかな肉体に、深々と突き刺さった。
「貴様!」
西村は犯人の足を払い、床に叩きつけた。
片腕をねじ上げ、関節を折ろうとして、やめる。
「大丈夫ですか、島崎さん!」
島崎鳴海は、南拓実をかばって、背面に創傷を作っていた。その背中は小刻みに震え、傷口は朱に染まっていた。




