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鉄道警察隊、西村のスイリ。  作者: オリンポス
【11回目のスイリ】
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(File36)鎌田正信の殺意⑤

「うわあ、私もなんだか頭痛がひどい。もしかして、これは、神経剤を散布されたのか?」

 乗客のひとりが、西村の行く手を阻むように倒れ込んだ。

「子どもは免疫力が低い。私も身体が弱い。だから、最初に症状が出始めたのかもしれない。この車両は危険だ。みんな逃げろ!」

 中年の男性がそれをやっているといかにもシュールだが、電車内はくすりともせず、ただただ沈黙だけが流れていた。





 鎌田正信は列車内の冷たい床にうつ伏せになりながらも、しまったという表情でほぞを噛んだ。

 だれもパニックにはならない。それは当たり前だ。

 某宗教団体の妄信者だった鎌田の脳内には、あの化学テロは、いつでもフラッシュバックされる映像だったが、もはや一般の人々にとっては、歴史の教科書に載るくらいに風化されてしまっているのだ。

 もはや、あの大事件を知らない世代も多くなってきたくらいであり、それならば、子ども達の恐怖を掻き立てられなかったのも無理はないだろう。


「落ち着いてください。大丈夫ですよ」

 そう声を掛けられて、顔から火が出そうな思いだったが、

「ええ、取り乱して申し訳ありません。ですが、突然に人が倒れたり、集団で頭痛を訴える者がいたりで、あの忌まわしい事件を思い出さずにはいられませんでした」

 ある程度は理路整然と話せたかなと相手の顔を見やるが、やや論理が飛躍しすぎていたのか、いぶかしげな視線が返ってくるだけだった。


 まあどんなに奇異な目線で見られようと、どれだけ悪目立ちをしようと、それで事件の本質からまったく違う方向へとミスリードできるのであれば問題ない。


「そうですか。では、私はこれで」

「はい。ご迷惑をおかけしました」


 その男性が車掌室へと消えていくのを見届けてから、鎌田は、まあいい時間稼ぎにはなったかなと思った。今回の演技で、目くらましの効果が得られたとは考えにくいが、それなりのフェイクにはなったはずだ。

 いくらなんでも、集団頭痛の原因が、鎌田の遠隔操作している音響装置モスキートであり、電波の接続障害は、旧式ペースメーカーの数値を狂わせるために用いた、通信抑止装置であるとは夢にも思わないことだろう。


 さてさて、お膳立てはおおむね整った。

 私はゆっくりと元の座席に戻って、ペットボトルのコーヒーでも飲んで気分を落ち着けるかな。

 そうロングシートに腰を下ろしてから音響装置モスキートのボリュームを最大にして、優雅にコーヒーを口に流し込む。あまりの非現実感に、身体がふわふわと浮いたような感じがした。


 もしもこの謀殺が未遂に終わっても、決して、この殺意に気付く者はいない。

 それが今回の殺人における最大の長所だった。

 トライアンドエラー。次はもっとうまくやれる。


「残念だったね、次はないよ」

 え、心を読まれた? 鎌田はおそるおそる首を真横に向ける。

 その動作はぎこちなく、錆付いたブリキ人形のように緩慢だった。

「おじさんが違法な妨害電波を発しているのを特定したよ。これは総務省の定めた電波法に違反しているよね。たしか1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられるはずだよ」


 その人物は、宿()()ともいうべき存在、"南拓実"だった。


「お前ひとりがカッコつけるんじゃねーよ。特定したのは俺だ!」

 その男性は怒りに目が燃えている。

「こちとら上場企業の株価をチェックしてたのによ。業務妨害罪で訴えるぞ!」


「それはなんのこと……」

「とぼけたって無駄だぜ。ジャミング装置の設置場所も、もうわかっているんだ。あとは入手経路をたどれば、いずれはあんたにたどり着くだろうよ。もう観念しろ、電波法違反の現行犯逮捕だ!」

「まだ証拠がないだろ。それが私の持ち物なのかも」

「だから……」

「いいや、何かの間違いだ! 電波の接続障害だって、回線が込み合っていただけかもしれないじゃないか!」

 鎌田正信はそう断言する。


「では、超高周波モスキートの使用についてはどう説明されるおつもりですか?」

 車掌室へと行っていた彼が、いつの間にかここに戻ってきていた。

 その手にはノイズ測定器が握られている。

「私は鉄道オタクですが、鉄道オタクにも種類があります。駅弁を食べるのが趣味の"駅弁鉄"、列車に乗るのが趣味の"乗り鉄"、鉄道の撮影には目がない"撮り鉄"、発車メロディや車内チャイム、列車の走行音などを録音する"音鉄"。私はそのすべての要素を満たす"総合鉄"です」


 私は、そんな鉄道を愛する人々が大好きです。

 ですが、それを冒涜するあなたのような人間は許せません。


「証拠品は、あなたが持っていますね」

 その男性は静かに言った、

「異論があるなら後で聞きます」

 そう二の句を継ぐ暇も与えずに、

「まずは、個室トイレへ任意同行をお願いします」


「いや、ちょっと待て! なんの権限があって」

「申し遅れました。私は鉄道警察隊の西村で……。うっ!」

 西村と名乗った男性は口元を片腕でかばった。

 彼の顔面部に向けて、鎌田正信がペットボトルを投げたのだ。

 しかもキャップが開いていたため、中身の液体がトクトクと流れ出た。


「いいよ。調べてみろよ!」

 鎌田正信は尻ポケットからバタフライナイフを取り出して、

「ただし、コイツを道連れにした後でなあ!」

 そう鋭利な切っ先を、南拓実に向けて叫んだ。


「銃刀法違反の現行犯で、お前を逮捕する!」

 その警察官は相対するように構えを取った。

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