(File30)最終関門④
「いよいよゴールですね。島崎さん」
「う、うん。そうだね。西村くん」
西村と島崎は渋谷駅構内を進んでいく。
ゴールデンウィーク中は人混みが多く、押し流されないように歩くのは一苦労だった。
ここは満員電車よりも満員電車ですねと言いながら、自動改札をICカードで通過する。
「島崎さん。もし優勝したら、100万円、でしたっけ、それは何に使いますか?」
「それはまだ決まってないかな」
「そうですよね。私たちがほしいのは100万円じゃなくて」
西村はそう苦笑してから続ける。
「大切な人と過ごす、この時間ですからね」
「え。西村くん。それって」
島崎はあわてて訊き返すが、そこにはすでに西村の姿がなかった。
「どうかされましたか?」
彼は、外国人女性に話しかけていた。
その女性はスーツケースの車輪をカラカラ鳴らして右往左往しているところだった。
長い金色の髪の毛をあっちへこっちへ振り回して、海のように青く澄んだ瞳は落ち着きなく揺れている。雪のように白い、透き通った肌は焦りを隠してきれてはいなかった。
「目を離したすきに、子どもがいなくなってしまったんです。名前はソフィアと言います」
そうフランス語で述べる彼女に、西村も同じくフランス語で返す。
「そうですか。私は日本の国家警察です。必ずあなたの子どもを見付けます」
さあ、こちらへ。
そうみどりの窓口に案内してから、JR東日本の社員や私有鉄道の社員に電話をかけていく。
「はい。ソフィアという名前の女の子です。もし見かけたら私に一報をよろしくお願いします」
西村は考えられる限りの各停車駅に電話をかけて、少女の保護を要請していた。
「島崎さん!」
そして彼は言う。
「私の推理が正しければ、目的地はおそらく明治神宮です。島崎さんだけでも向かってください」
「え、でも」
島崎鳴海はうろたえつつも、
「みどりの窓口に案内してあげたんだし、西村くんはそこまでしなくてもいいんじゃないかな。それにさ、あれだけ東川さんに勝ちたいって言ってたじゃん。早くいかないと間に合わないよ」
そうなのだ。べつに事件が起こったわけではない。
これが誘拐や殺人事件に関与しているなら話は別だが、そういう事情でもないのだ。
西村が出る幕ではない。
しかし――
「島崎さん」
西村は言った。
「私は日本という国家の奉仕者です」
そして続ける。
「この国に住んでいる方々、全員が安心して暮らせる世の中にするのが私の理想です。それはただの公務員である私にできることではありません。警察や消防、自衛隊や市役所。それぞれが相互協力して平和な社会は成り立っているのです。今目の前に悲しんでいる人がいるのに、公務員がそれを見逃すことはできませんよ」
「うん、そうだよね。だけど一体どこに行っちゃったんだろ」
島崎が表情をくもらせていると、国有鉄道の制服を着た女性が、みどりの窓口の自動ドアを開けて入ってきた。流暢にフランス語を操りながら、少女と会話をしている。
「メール!(お母さん)」
その少女は、母親と同じ金髪と、澄んだ青色の瞳を輝かせながら、スーツケースを持つ女性の胸元へと飛び込んだ。
「メール。メール」
幼い碧眼にいっぱいの涙をためながら少女は泣き叫ぶ。
「東京オリンピックの開催が火付け役となったのか、訪日外国人は、年々増加傾向にあります。これからはさらに世界の注目は集まります。なのでテロへの対策はもちろんですが、犯罪のない平和な世の中を築きたいものですね」
西村はそう腕時計に目線を戻してから、
「島崎さん、明治神宮へ急ぎましょう」と言った。




