(File29)最終関門③
「アイラブユー。適齢期に結婚しよう。J.Y」
取り残された南拓実はまだ唸っていた。
「アイラブユー」
これは有名な青春映画のセリフだろう。アイラブユーは告白のシーンで間違いないはずだから、何かの舞台で使われたセリフだとすればしっくりくる。そして適齢期というのは、もしもその映画が邦画で、テーマが学生恋愛なのだとしたら、男子は満18歳以上、女子は満16歳以上でなければ結婚できないから、そうした恋の障壁を示唆している文言であると仮説が立てられる。
しかし、本当にそうだろうか。
本当にこんな当て推量で大丈夫なのだろうか。
それに「J.Y」のこともほとんど考慮していない。
「今のあなたでは解読できませんよ」
西村という男性の言う通りの結果になった。
今の僕では解読できないと、あの男は言った。
そう考えたのにはなにか理由があるはずだ。
僕はなにか重大な見落としをしていたんじゃないのか。
それはもしかしたら、夏目漱石という文豪に関する知識なのかもしれない。
「あの、すいません」
南拓実はおずおずと頭を下げて、等身大パネルの横に立っている警備員に聞いた。
「夏目漱石って、告白のときに、アイラブユーって言ったんですか?」
「ん? どうしたのかな?」
「いや、ちょっと。自由研究のテーマにしようと思って……」
膝を曲げて、同じ目線の高さで話してくれる警備員に恥ずかしさを覚えて、南拓実は声をどもらせた。
「告白のセリフまでは知らないけど、アイラブユーを"月が綺麗ですね"って和訳したのは有名な話だよ」
その言葉に、南拓実の電気信号は反応した。
脳内に、シナプスがつながった感覚がある。
そうか、そういうことだったのか。
アイラブユー。適齢期に結婚しよう。
これは、月が綺麗ですね。適齢期に結婚しましょう。
という文章に置き換えて考える必要があったのだ。
次に適齢期というのは、月齢を表すと考えられる。
月齢とは、新月の時を"0"として計算し、満月のときの月齢は"15"の近似値になる。
今月の月齢計算をすると、満月になるのは20日だ。
そしてJYというのは山手線の駅ナンバリング記号だ。
今回の暗号は、前回の暗号形式を踏襲する傾向にあるから、それでほとんど間違いはないはずだ。
山手線で20のナンバリングが当てられている駅は渋谷駅だ。
だから渋谷駅もしくはその周辺が正解だろう。
「ん、待てよ!」
南拓実は思考を停止させずに、脳の回転を続ける。
バスを降りる際にバスガイドはこう言っていた。
「東京駅の八重洲口にご到着しました。みなさまくれぐれもお忘れものには注意してください。何事も最初と最後が肝心ですからね」
何事も最初と最後が肝心。
最初というのは、最初の暗号ということだろうか。
「乙亥、Ar、丙戌、S、丙戌、Mn、甲戌、Al、辛巳、S、癸巳、Fe、丙子、Fe、甲申、C、丙子、Fe、丙子、Mg、甲戌、Ca、庚辰、C、甲申、Fe」
いやいや、これではなんのヒントにもならない。
他にもなにかあったはずだ。
渋谷ヒカリエ(渋谷駅)
ラフォーレ原宿(原宿駅)
恵比寿ガーデンプレイス(恵比寿駅)
ISI外語カレッジ(池袋駅)
地域文化浅草総合化(浅草駅)
上野動物園(上野駅)
湯島聖堂(御茶ノ水駅)
気象科学館(竹橋駅)
東京中央郵便局(東京駅)
数奇屋橋公園(銀座駅)
汐留シオサイト(汐留駅)
国立新美術館(乃木坂駅)
アクアシティお台場(台場駅)
たしかこんな感じのことが書いてあった。
もしも渋谷駅が正解なのだとすれば、最終目的地は。
「渋谷ヒカリエだ!」
彼はそう走り出した。
バスに乗って最寄りの駅へと急いだ。




