番外・毒のない毒殺!?(後)
言えない。
この話を書くために、新装開店のラーメン屋を探して食べて、しかもその店をモデルにしたなんて……。
「だれか、救急車と警察を呼んでください。私は介護に当たります」
西村は大声で叫んで、サラリーマンの男性を触診し始めた。
脈の打つテンポが速まり、呼吸が浅くなっている。
もしかしたら、呼吸が困難になっているのかもしれない。
西村は首元にショルダーバッグをあてがい、気道を確保した。
それにしても顔が赤い。口元の湿疹も気になる。
もしかして……。
「連絡はまだですか?」
西村は怒鳴った。
しかし――店長の畑麦はおろか。
ラーメン評論家の石狩も。
グルメレポーターの照日も。
ライバル店の初老の男性も。
だれも動こうとしなかった。
「ちっ」
西村は舌打ちをした。
心理学上、こうなることは仕方のないことだった。
呆然とする彼らを尻目に。
西村が通報を行い、応急処置も続けた。
だが、サラリーマン男性の呼吸は、喘鳴へと変わり。
脈の打ち方も脆弱になりつつあった。
身体は小刻みに痙攣していて。
何度呼びかけても、返事がない。
「間に合ってくれ!」
西村は祈るしかなかった。
と、そこへ。
「なあ畑麦さん。もしかしてわしを毒殺しようと謀ったんじゃなかろうな?」
ライバル店の初老男性が、小さく言った。
「しかしそれを誤り、関係のない人間を巻き込んで――」
「それはありませんよ」
石狩は断言する。「畑麦さんはそんな人じゃない」
「石狩さんの言う通りだ。もしも畑麦さんが犯人なら、あんたのラーメンだけ調理工程が違っていたことになる。だがオレが見る限りでは、畑麦さんは怪しい動きなんてしてなかったぜ?」
照日も店長をフォローした。
「ふんっ! どんぶりの底にあらかじめ毒を盛っていたかもしれないじゃないか」
「そんな……。毒なんか、盛っていませんよ」
震えた声で、畑麦は反論する。
「じゃあなんで彼は……」
「アナフィラキシーショック。要するに【そばアレルギー】ですよ」
西村はおもむろに立ち上がった。
冷房が効いているのに、その額には汗が浮かんでいる。
「そばアレルギーだと?」
「ええ、そうです」
「ふん、馬鹿な」
初老の男性は鼻で笑った。
「そばアレルギーだとわかっているなら食べるわけがないし、もし【そば粉】を使っていることを知らなかったのなら、メニュー虚偽表示で……」
「残念ながら、知らないなんてことはありえません。
店外ののぼりにも、メニュー表にも、【そば粉使用】と表記してありますからね」
「じゃあなんで、そばを食べたんだ? アレルギーだと知っていたのなら」
「知らなかったんですよ」
「え?」
「大人になってからアレルギーが発症するケースは少なくありません。
子ども時代は【そば】が平気だったから、自分がそばアレルギーだともわからずに食べたんじゃないでしょうか? いずれにせよ、毒物の有無については、鑑識の捜査ですべてがわかります」
警察で精査した結果、毒物の混入は確認出来ず、畑麦面の潔白は証明された。
ちなみにサラリーマンの男性は、入院こそしたものの一命を取り留めた。
そして見舞いに立ち寄ったグルメレポーターの照日に「死んでも食べたいラーメンだった」と話したという。
それがマスコミに注目され、【ら~めん・食べちゃっ亭】は繁盛していくことになるのだが。
それはまだ先のことである。
誕生日記念作品です。
アレルギーは血液検査をすればわかるそうです。重々気を付けましょう。