(File26)第二関門③
「とりあえず通常の解読方法と、アトバシュ暗号の二種類を使ってみました」
そう手帳を見せる西村。
上段が通常で、下段が変則だ。
「e,a,k,g,m,e,a,k,w,c,a,k,s,f,f,t,g,m,e,a,c,a,f,w,e,a,f,f,c,s,f,f」
「v,z,p,t,n,v,z,p,d,x,z,p,h,u,u,g,t,n,v,z,x,z,u,d,v,z,u,u,x,h,u,u」
「これは訳がわからないな」
「ええ、今回ばっかりはお手上げですね」
「うーん、西村くん……」
島崎の言葉の接ぎ穂を、
「どうやらお困りのようですね」
南拓実が刈り取った。
いつの間に現れたのだろうかと気にする暇も与えずに、彼は憎まれ口を叩く。
「お年寄りの凝り固まった脳みそでは難しいとは思いますが、ここであなた方に恩を売っておこうと思います」上から目線の少年の物言いに対して、東川は「うるさい!」と一喝した。
「そう邪険にしないでくださいよ」
彼は“新橋駅”と書かれた駅の案内板を示す。
「浅草からここまで来るのに、停車駅はいくつありましたか?」
「8駅です」
西村は即答する。
「そうですね。だから8桁ずらして読むのが、今回の正解なんですよ」
南拓実はリュックサックからノートブックを取り出して、解読済みの暗号を見せつける。
「ローマ字読みをすると、“みそうみせきさんぼうみきねみんかん”となります。おそらくここが目的地ですよ」
「みそうみせき? 西村っちそんな場所があるのか?」
東川は首を傾げる。
西村も眉をひそめていると、
「漱石山房記念館」
そう島崎鳴海は高い声を出した。
「正解です」
南拓実は手を叩いて祝福する。
「どういうことですか?」
西村の問いに、島崎はゆっくりと答えた。
「まずは暗号文を見て!」そう単駅貼りポスターを指す。「そこには“緑色”の文字で暗号が書かれているでしょ。だから、“み”を“とった”んだよ!」
「なるほど。そういうことでしたか」
西村は自動改札を通りすぎると、
「でもなんで南少年は私たちを助けてくれたんですか? ライバルを増やしてもいいことはないでしょう」
不思議そうに南拓実を見やる。
「べつに理由なんてないよ。ただ僕は一番になりたいだけなんだ」
「だったらこんなところで油を売っている暇はないんじゃないか? それこそ北方健二とかいうじいさんに追い抜かれてしまうぞ」
東川の発言に、南少年は被せるように言った。
「もう追い抜かれていますよ。彼はバスで向かっているはずですからね。僕も一歩遅かった。だけど、タクシーならまだ間に合います。さあ、せっかく知恵を貸してあげたんですから、僕のことをタクシーに同乗させてください」
「ふざけるな!」
東川はそう一蹴するが、
「いいですよ」
西村は承諾した。
「これで貸し借りはなしですね」
そう笑顔を見せる。
「おいおい。いいのかよ、西村っち」
東川は怪訝な表情を崩さない。
「ええ、構いませんよ。私は優勝には興味がありませんから」
西村は続ける。
「それに東川さん。私はあなたに勝てればそれでいいんです」
島崎はケータイ電話でタクシーの迎車をお願いしていた。
西村一行は駅の出口へと向かっている。
「次回以降の謎解きからは、バディを解散しませんか?」
東川はその発言にしばらく当惑したものの、こくりと頷いて見せた。
「いいぜ、西村っち。ライバルがいないと盛り上がらないからな!」
そう歯を剥き出しにして笑う。
「あのー、一応僕もいるんですけど……」
南拓実の言葉は無視して、彼らは全員でタクシーに乗り込んだ。




