(File25)第二関門②
「それについてはなんとなくわかっていますよ、島崎さん」
東川はしたり顔で推理を披露する。
「この暗号は旧約聖書だったり、アトバシュ暗号だったり、古を象徴する設問が多く出されています。その出題傾向を考えたら、"涅槃経"を表す一節なんじゃないかなと思い至ったんですよ。いいですか?」
涅槃経? と復唱する彼女に、東川は続ける。
「色は匂へど、散りぬるを。我が世誰ぞ、常ならむ。有為の奥山、今日越えて。浅き夢見じ、酔ひもせず」
これは仏教の教えで、諸行無常の理を表したものになっています。
今の文言を、島崎さんもご存知の"いろは歌"に訳すと。
そう続けようとする東川の言を、西村が引き継いだ。
「いろはにほへと、ちりぬるを。わかよたれそ、つねならむ。うゐのおくやま、けふこえて。あさきゆめみし、ゑひもせすん」
このようになるわけです。
「ちなみに今でこそ、私たちは50音表で"ひらがな"表記について学習していますが、識字率が一般的に普及したとされる江戸時代では、こちらの"いろはにほへと"が主流でした。現在の50音表記については、日本最古の国語辞典と言われる"言海"がルーツだと言われているため、古典的な知識を要する今回の暗号では、"いろは歌"が出題されると踏んだわけです」
西村はとうとうと述べてから、
「思考過程はこれで合っていますよね、東川さん」
「ああ。そうだな、西村っち」
東川は表情を青くしながら、
「西村っちって読心術が使えるのか?」
と引きつった笑顔を浮かべた。
「いえいえ、そんなバカな。言葉尻を捕まえて、自分なりに考察してみただけですよ」
「そうなのか。まあ、いいけど……」
「じゃあさ。その知識を用いて、1回暗号を解いてみない? もしかしたらこれでもまだ足りないのかもしれないけど……」
「ですね。少々手間ですが、"1"を"a"と置き換える通常の読解方法と、"1"を"z"と置き換えるアトバシュ暗号の両方を使ってみましょう」
そうエスカレーターに乗りながら、手帳を開く西村。
「ほ、上1、る、上7、わ、ほ、上1、中1、む、上3、い、中1、つ、上6、へ、下0、と、中3、ほ、上1、は、上1、へ、下3、ほ、上1、へ、上6、は、中9、へ、上6」
まずはボールペンで表を作った。
いろはにほへと(7)
ちりぬるを(5)
わかよたれそ(6)
つねならむ(5)
うゐのおくやま(7)
けふこえて(5)
あさきゆめみし(7)
ゑひもせすん(6)
今度はひらがなにだけ赤丸をつけて、そこだけを抜粋して数字を振っていく。
「ほ、る、わ、ほ、む、い、つ、へ、と、ほ、は、へ、ほ、へ、は、へ」
「5、 11、13、5、 23、1 、19、6 、7 、5 、3 、6 、5 、6 、3 、6 」
その数字にアルファベットを当てはめていく。
「e,k,m,e,w,a,s,f,g,e,c,f,e,f,c,f」
(通常パターン)
「v,p,n,v,d,z,h,u,t,v,x,u,v,u,x,u」
(変則パターン)
続いて上中下の内容だけを考えてみる。
西村一行は改札口を外した場所でペンを動かしていた。
「上1、上7、上1、中1、上3、中1、上6、下0、中3、上1、上1、下3、上1、上6、中9、上6」
「1、 7、 1、 11、 3、 11、 6、 20、 13、 1、 1、 23、 1、 6、 19、 6」
同様に、数字にアルファベットを当てはめていく。
「a,g,a,k,c,k,f,t,m,a,a,w,a,f,s,f」
(通常パターン)
「z,t,z,p,x,p,u,g,n,z,z,d,z,u,h,u」
(変則パターン)




