(File20)予備試験④
「こんな感じになりました」
東川はメモ用紙を広げて見せる。
「grrpryfmmpzzhzpfhzhlftlfpz」
島崎は首を傾げて、ん? と唸った。
「すいません。この推理は検討違いだったようです」
そう照れたように頬をかく東川。
「今のは忘れてください!」
しかし、悔しさのあまり拳を震わせていた。
「今の推理は間違い……。そう決めつけるのは早計ですよ」
西村はフォローするように小さく言った。
「もしも今回の問題が二重構造の暗号文だったとしたら、(grrpryfmmpzzhzpfhzhlftlfpz)という意味不明なアルファベットにも解読方法があるはずです。そしてそれを解く鍵となるのは、“アトバシュ暗号”です。この暗号は旧約聖書にも使われていたことで有名です。a→z、b→y、というように、頭の文字とおしりの文字を入れ換える、頭から2番目の文字とおしりから2番目の文字を入れ換えるというような、置換式の暗号なのですが、これを使えば無意味だった文字列も180度見え方が変わってくるはずです」
「へえ、博学だね。西村っち!」
「たまたま知っていただけですよ」
そうなのだ、本当に偶然アトバシュ暗号を知っていた。
ステルスマーケティングのような手法なのだろうか。
どこでどうやって入手した情報かは思い出せない。
だが、確かにそんな名前の暗号が存在することを知っていた。
「そのやり方を採用するとこうなります」
バスの前方には駅舎というよりは、お城のような立派な建造物が見えていた。八重洲口にはタクシーの行列ができている。
「tiiki/bunnka/asakusa/sougouka」
読みやすいようにスラッシュを入れる西村。
ローマ字読みをすると、「地域文化浅草総合科」となった。
「地域文化浅草総合科が正解です」
「なに、おじさん達。その答えに今更たどり着いたの? 脳の老化現象が激しすぎるでしょ!」
前の座席でスマホアプリに興じていた男子児童が、さも見下したような表情で、西村らをじろりと一瞥した。
「その程度の暗号でひぃひぃ言ってるようじゃ、この先が思いやられるよ」
「ほう、最近の子どもは口の利き方を知らないようだな」
東川が鼻にシワを寄せる。
その様子を島崎が必死になだめていた。
「前回大会、前々大会の過去問題を復習していれば、傾向と対策及び予想問題が立てられる。こうした下準備なくして、安易に勝ち残れると思わない方がいいよ」
「そうか。あいにく俺は忙しくて、過去問題とやらに取りかかっていられるほど暇じゃなかったんだ。まあ暇人は暇人なりに、頑張って優勝を目指してくれ!」
東川は子どもに対しても容赦がない。
「ぼくの名前は南拓実だよ。暇人じゃない」
そう言う彼は理屈屋っぽい陰気な笑みを見せて、
「ちなみにその答えは半分正解だけど、半分は不正解だよ。どうやらこの暗号は二重構造ではなく三重構造になっているみたいだからね」
「三重構造だと? 子どもの浅知恵にしか聞こえないな。そんな子ども騙しに、大人が親切に引っ掛かってやると思うか?」
「さあ、それはどうだろうね。もう一回モニターを見てみなよ!」
そう南拓実少年が指す方向には、
「初めに、神は天と地を創造された」とあった。
なるほど、同じ画面が一定のペースで切り替わるらしい。
「東京駅の八重洲口にご到着しました。みなさまくれぐれもお忘れものには注意してください。何事も最初と最後が肝心ですからね」
バスガイドの誘導に従って、乗客は少しずつ下りていった。
第一関門のスタートだ。




