(File9)奇術と推理の対決②
「西村さん、帰っていいですか?」
無表情で力なくたずねる山村刑事。
「ええ。帰れるものなら帰りたいです」
西村はパイプ椅子に腰掛けながら、東川の舞台を漫然と眺めている。
「西村くん、山村さん。そんなこと言わないでくださいよ。
おもしろいですよ? 東川さんのマジックショー」
そんな中。
子どもだましのマジックショーに、島崎だけは夢中になっていた。
ショッピングモールの1階。
ステージの壇上で、東川はマジックショーを行っていた。
東川はここの経営責任者でありながら、自称”有名マジシャン”としての客寄せパンダも兼ねているのだ。
――本当に集客力があるのかどうかは疑問だが。
「それに杖を振ったら、先端が花束に変わるやつ。あれなんかすごくないですか?」
島崎は必死に東川をフォローする。
「あれは百円ショップの手品用品で買えますよ」
それをすげなく一刀両断していく西村。
「トランプのマジックもすごいですよね」
「東川さんの手元をよーく見ていれば、タネはすぐにわかりますよ」
「じゃああれはどうなの?
コイン消失マジックとか、グラス消失マジックとか、ナイフ消失マジックとかは……」
「東川さんに手品道具を見せてもらえば、すぐにわかりますよ。
まあ彼の手品は目の錯覚や、ミスディレクションを利用したものがほとんどですが――。
では試しにやってみましょう」
皮財布から百円玉を取り出して、ハンカチを用意する西村。
ハンカチをテーブルクロスのようにして、左手のひらに敷いた。
「今回はわかりやすいように、あえて簡単なコイン消失マジックを実施します」
西村はそう忠告すると。
右手(親指と人差し指)で持っていた百円玉を、ハンカチで覆われている左手に乗せた。
否――。
正確には、右手(親指と人差し指)で持っていた百円玉を。
そのまま、右手のひらに包み込んだのだ。
それをあたかも、百円玉を左手に乗せたと見せかけて。
即座に右手をどかして、ハンカチごと左手を握りしめたのだ。
そうすれば観客からは、左手で丸め込まれたハンカチの中に。
百円玉が入っているように見えるという寸法だ。
あとは左手で握りつぶされた、丸まったハンカチを振れば。
「ご覧の通り、コインはなくなりました」
「えー、すごーい。百円玉はどこに行ったの?」
「ちょっと待ってください。今は念動力で右手に呼び寄せている最中です」
うーん、と。
低い唸り声を上げて右手を小刻みに震えさせる西村。
ややレトロなパフォーマンスだが、島崎は真剣にだまされている。
「はっ!」
西村は短く叫んで、右手のひらを開けた。
その中には百円玉が入っている。
「西村くん、すごーい!」
嬉しそうにして、西村のハンカチと百円玉をチェックする島崎。
もちろんタネも仕掛けもない。
が。
東川から放たれる殺気がすさまじく、西村は冷や汗を流していた。