日常的な酷いこと
長かったわ。
「待たせね。今なら分かる、君がどんなこと毎日考えていたのか。どうして私に、こんなにも食べるということの意味を教えようとしてたのか……」
ふふふ……。スーパーで切り身を見て、いちいち魚の命のことなんて、普通は考えないものね。頭で分かっていてもそう。完全に分けて考えてる。お肉なんかもっとそうね。あんなに綺麗に薄く削がれて、柄付きのトレイに広げられて、ショーケースの照明の中で、あんなお値段。ああ、奪われた命……なんて、全然気付かなかったでしょう。
「恨んだこともあったよ。何で、こんな気持ちが悪いことをさせるんだろうって。今度こそ、君が本当に狂ってしまったのかもしれないと、怖かった。ほら、覚えてる? ビルから私を狙って飛び下りてきたときのこと」
ああ、あれね。ごめんなさい。あのときは、本当に相当参ってたのね。冷静じゃなかった。だって、あんなところから狙って飛び下りたって、あなたに当たる確率なんて、本当にちょっぴりじゃない。どうして、あんなにいきあたりばったりのやり方で、よくあなたを殺せたものだと思うわ。本当に、あれこそすごい奇跡よね。やっぱり、あなたと私って、運命で結ばれてるのかもね。
――突然呼ばれたら誰だって止まって声の主を探す。奇跡なんか、そうそうあるものか。
「二度とごめんだよ。あんなのは。突然の災難が幾らエキサイティングだって言っても、僕じゃない誰かを巻き込んでたら、あとが大変なんだからね。再生費用訴訟だけで済めばいいけど、なかなかそういう物分かりがいい人を狙って事故を起こせるわけではないからね」
訴訟で済めばいいって、何よそれ。本当にあなたって何でもビジネスライクに考えたがるんだから。困った人ね。
――だからキライなの。大嫌い……。
「でも、君のスピリチュアル主義は狂気と紙一重レベルだからね。実際、今回は君の狂気に付き合わされてるんだと思ってたし、自分も巻き込まれて狂っていく気さえしてた。実際、身体は作り直せるけど、壊れた心は戻らないからね、怖かったよ」
怖いなんて、本当は思ってもないくせに。
「本当だよ。最初に食べるために奪ったときの醜態、覚えてるだろう。人が捌いた肉なら、山盛り食べて平気だったのに、あのときは、どうしても飲み込めなくて……無理にしようとすると胃液まで出てきた。なのに、君は、それを私の口に押し込んだ……」
いやだ、そんな言い方。それじゃ、私があなたに酷いことをしたみたいじゃない。