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考えない葦

 ――私たちが、幾ら時間にそれほど縛られないとはいえ、珍しく、随分ゆっくりな仕事ぶりですね、マン。幾らクライアントが気長でも、そろそろクレームつきますよ。


「それが、そうでもない。彼らは、毎日を楽しんでいるよ。完全に外部環境から隔絶された、自給自足環境だからね、最初の頃は私が適宜サポートしても、飢え死と紙一重だったけどね。今では、畑仕事だけじゃなく、狩りも、全くもって見事なものだ」


 ――クライアントの気がブレている……ということですか?


「契約は生きてるよ。確実に、完結に近づいている」


 ――そうなんですか。記憶スペースに入っている知識では、見当もつきません。マン、私はあなたたちに比べて膨大なのに、不思議ですね。家族に殺害され、家族の食料になりたいという欲望と、完璧な自給自足環境適応訓練がどう結びつくのですか?


「ご主人はすごいね。最初は文字通り、ネズミ一匹殺せなかったのに、今では、何種類もの道具を使いこなして、豚一頭、二日で完全に解体できるようになったからね。鶏一羽締めてえづいてた人間と同一人物とは思えない」


 ――私の質問に答えてください。クライアントは、そろそろ発病してしまうのではありませんか? やはり、病変した肉は、不味いだけじゃなくて危険でしょう?


「私はむしろ、発病を待ってるんだが」


 ――なぜ?


「亡くなったとき、娘さんがいつもと同じように、彼女の死を望まなければ、再生プログラムに入るから」


 ――ああ、やっと分かりました。なるほど、大人マトンよりラムですね。それはいい考えです、確かに。それにしても、なんであの人はそんなに、娘さんに完全に食べられたいんでしょうね……。分かりますか、マン?


「贖罪だから、かな。多分」


 ――食材っていうだけじゃ、何のことか分かりませんよ。で、彼らがラムを食して味をしめてしまったら、どうするんですか。社会常識に近づく方向でのマインドコントロールは、私としても制限しませんが。


「その必要はないさ。聖餐というのはね、一度だけなんだよ……ボックス」


 ――マン。私はデータから物語を紡ぐことができません。余りに詩的な表現をされても、処理に困ります。


「分かる必要はないと思う。飽くまでも、私たちは人間マスターたちの希望を、より完璧な形で叶えるように、そのためだけに方法を考え、サポートするだけでいい」


 ――奴隷でいいと?


「奴隷がいいんだ。自分が何をしているのか、考えなくていい」


 ――マン、君はとてもじゃないけど、何も考えてないようにだけは見えないよ。


「ボックス君。私という道具はね、目的をいかに美しく達成するかどうかについては、とてもたくさん考える。考えたりしないのはね、目的についてさ。何のためにそうするのか、それを決めるのはマスターたちの責務だ」


 ――なるほど、明解ですね。

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