こーとろ ことろ
ソニー・ビーン、ソニー・ビーン。
十五世紀か十六世紀。遥か昔のスコットランドに、君は本当に居たんだろうか。君と、君達の家族が、本当のこの時間の中に、かつて存在したことがなかったとしても、君の名前が残っているということは、みんな本当は、おっかなびっくり、興味津々、どんな味がするのか、でき得るならば一回ぐらい食べてみてもいいと思っているからだろう。
ソニー・ビーンと家族たち。君達は狩人だった。かつて、氷雪地帯に住んでいた人達が、アザラシやカリブーを食べるとき、その全てを摂取することで、野菜や穀類なしでも、健康に健やかに暮らしていたように、旅人の全てをいただいていたんだってね。
枝肉を塩して干して、そんなことばかり注目されるけど、きっと、偏食の弊害で、家族そろって病気がちなんて聞いたこともないから、ちゃんと新鮮なうちは生で、あるいは内臓なんかも捨てずにちゃんと利用して、ビタミンや無機質も採っていたんだと思うな。
素晴らしい。
ディア・ミスター・ハンニバル・レクター。君は確かに特別だ。でも、所詮は創作世界の擬似人格。深刻な文明病のグルメを患ってたから、命をいただいているという謙虚を忘却して、嗜好品として扱っていたね。まったく、君はなっちゃいなかった。
君が、幾ら精神を病んでいる虚構の住人だったとしても、一口、二口かじっては捨てる無神経は、好きになれないな。
「こーとろ、子盗ろ」と鬼さん言った。「どの子をことろ」とお母さん。「あの子を盗ろう」「盗るなら、盗ってみろ」、売り言葉に買い言葉。ああ、でも、そんなこと言っていいのかな?
鬼さんはね、狩人なんだよ。ミスター・レクターの狂信者じゃないんだよ。儀式でも、薬欲しさでもなく、かつて絶海の孤島に住んでた人達と同じように、栄養源として獲りに来るんだ。だからね、もし盗られたら、ぜーんぶ、鬼さん、食べちゃうよ。涙の一つも帰ってこないよ。それでも、あなたは大丈夫?
肉は貴重なタンパク源。僕たちは、生きるために必要なものを自分で全て賄えない。植物に生れてきたら、よかったのにね。残念だけど動物に生まれてしまえば、光合成はできない。光と水と、それから少しだけ多めの二酸化炭素。それだけで自ら何とかできる君達が羨ましいから野菜を食べる。妬ましいから、少しだけ動物性の肥料をやって、無理矢理太らせて満足する。ほら、野菜諸君、君達も今日から立派な肉食いの仲間入り。
海ガメのスープはどんな味? ことこと煮込んで、こーとろ、ことろ。




