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ショートショート集

林檎

作者: 鳴海

 私はリンゴが好きだった。

 広場の真ん中に突き出るようにして、生えているリンゴの木を見ながら、心の中で考える。

 もちろん、好きなら、好きなりの、理由やこだわりがある。まず、木から落ちたリンゴは美しくない。風にゆらゆらゆれ、こちらの不安を煽るものが個人的な好みだ。

 人間は不安定なものを愛しているからだ、と私は思考する。

 色は赤々としたものがいい。黄色や緑がかったものなど、話にならない。あの勝者を称えるような、情熱に火を点けるような、赤。それこそが素晴らしい。

 こんなことを考えていたら、また日が暮れてしまった。しかたがない、家に帰るとしよう。 

 広場を出、一度だけ振りかえってみると、赤い実が強風によって、ポトリと落ちた。

 その日の夜は酷い風だった。窓枠は軋み、部屋はどこか、揺れているような気がした。ベットの中でうずくまり、考えることは、もちろんリンゴのことだ。

 前言撤回。不安なんて大嫌い。何考えているんだ私。




 朝いちばんに広場へと向かう。案の定、そこには死屍累々たるリンゴの山。ゴミだ。ゴミ以下だ。そう思えた。地に落ちたものどもに興味はない。昨日までの輝きはおもしろいように、どこかに消えてしまっていた。

 私は視線を上に向ける。もちろん確認するためだ。勝者を。

 あった。

 一つだけ残されたそれを見て、とても感動した。唯一、生き残ったものに賞賛と拍手を。理由は何だかよくわからないが叫んで、走り出したくなった。事実、気が付いたら、奇声を上げて、木の周りをぐるぐる回っていた。丁度、三十回ほど回ってみて、ふと、用事を思い出し、名残惜しくも、その場を去った。

 とても満足した気分だった。




 正午を過ぎた頃、私はもう一度、広場へとやってきた。あのリンゴを眺めてお昼ごはんでも食べようと考えたからだ。

 意気揚々と広場に入った瞬間、私は目を疑った。地面に散らばっていたリンゴがない。それはいい。大事なことはそれじゃない。

 そこには長い棒を持った少年がリンゴと格闘していた。一方的に。叩き落とすように。

 おもわず、声を荒げて近づく。

「おい、お前、何やってんだ!」

 気だるそうに振り向いた少年の顔は疲れているように見えた。子供の割には覇気がない。

「何って、リンゴを取ろうとしているんだよ、おじさん」

 リンゴを取る。私が今までに聞いた知識が耳に詰まっていなければ、小僧の口から出た言葉は、リンゴを取るだった。ふざけやがって。

「やめろよ……リンゴが…………かわいそうだろ!」

 少年がかわいそうなものを見る目で、私を見てくる。くそ餓鬼め。大人を見下しおってからに。

 しかし、そこは大人。囁くように、さとすように。

「少年、分かるだろ。子供にだってやっていいことと、わるいことがあるんだ。少年、分かるだろ」

「分かります。僕は何も悪いことはしていません」

「少年、分かるだろ。子供にだってやっていいことと、わるいことがあるんだ。少年、分かるだろ……なっ!」

「さっきと何ら変わっていませんよ」

「まぁ一旦落ち着こう。とりあえず棒をおけ。なっ」

「その『なっ』っていうの止めてくれません。腹立つんですけど」

 いきなり、長い棒を振り回す少年。棒の先がリンゴにかすったように見えた。私にはもう少年は小悪魔にしか見えなかった。

「おいやめろよ! 人質とるとか脅迫とか、人間として一番やっちゃいけないことだと思うぞ」

 棒を奪おうとする私と孫悟空のように振り回す少年との命を賭した戦いが幕を開けた。二分で命を懸けた勝負は幕を閉じた。そこには大人の腕力を思い知った少年が平謝りしている姿は、もちろんなく、思い切り鳩尾を突かれ、脛に集中砲火を喰らい、涙目になりながらも、小悪魔相手に勇敢に立ち向かって行く男の姿ももちろんなく、誰かの足の裏の感触を後頭部に感じて、生まれてきたことを後悔している男の姿があった。小悪魔じゃなくて大魔王だった。

 土の味をかみしめながら私は少年だった頃を思い出した。その頃は頑固者だった父がまだ生きていて、ワルガキだった私はよく怒られていた。その時は泣いてしまったものだが、今となってはいい思い出だ。思い浮かぶは父の怒り顔。しかし父は怒った後に、私を諭すように慰めてくれたものである。強さと優しさを兼ね備えた父。

 私は父のように少年に接することが出来ただろうか。

 そして気付く。とても重大な事実に。

 ようやく足をどけてくれた少年に向かって私は訊ねる。

「もしかして…………おっ……お父さん?」

「やっぱり頭がおかしかったんですね」

 泣いた。号泣だった

「まぁこれ食べて元気になってください」

 少年はかじっていたリンゴを差し出した。

 え? ――――――えええええええええ?

「たた……た……食べてる?」

「当たり前じゃないですか、リンゴなんですから」

  



 それからの記憶がない。いつの間にかベットの中で、気が付いたら朝だった。そうか、夢だったんだ。

 ……………………リンゴって、たべれるんだ。


  ◆ ◆ ◆



 少年は自宅の窓からリンゴの木を見、今日のことを思い出す。

 変わったおじさんだった。

 それから彼はリンゴの木を眺めるたびに思い出し笑いをするようになった。




 青年は今日もリンゴの木を眺める。ふと思いついたことは、いつもの奇妙なおじさんとの思い出ではなかった。

 青年、A・ニュートンは考えが消える前にと、部屋へと急いだ。



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