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月夜の空  作者: みづき
一章 生け贄
7/18

六話

 長い廊下を進んでいくと、左手に折れた先に桜が描かれた襖があった。

 狐はその襖を遠慮なく開け、部屋へ入るなり夏梨に向き直る。

「ここがお前の部屋だ、好きに使え」

 ぶっきらぼうにそう言い放つ。

 部屋の中は大広間より狭かったが、それでも十分な広さと言える。可愛らしい小さな机に、タンス、押入れの中には布団が一組入っていた。

「村人も、打つ手がなくなったからと、娘を生け贄にするとはな」

 どこか嘲笑まじりなその笑みを、狐は窓から外に向けていた。

「あ、あのっ、私――!!」

「大丈夫だよ」

 夏梨の言葉を遮るように、陸斗が口を開いた。

「大丈夫だよ、殺したりしないから」

 ふわりと微笑むその姿は、実に可愛らしかった。そして海斗が、内緒話をするかのように、そっと言葉をつむぐ。

「昔もね、あったんだ。一度だけ……女の子が、生け贄にされたこと」

「えっ……」

 驚く夏梨に、海斗は笑ってみせる。

「でも、殺さなかったんだ。その時の狐は。だから、大丈夫だよ」

 戸惑いながらも小さく頷く夏梨を見て、満足げに海斗は笑う。

「行くぞ」

 今まで黙っていた狐が、話が終わる時を見計らったかのように双子に声をかける。

「はーい、じゃあまた後でね……えっと」

「え、あ……あ、浅野夏梨です」

「夏梨?じゃあ夏梨、またね!」

「またね~」

 手を振る双子を一瞥し、狐が歩き出そうとした時、夏梨はとっさに服の裾を掴んでいた。

 じろりと睨む狐を見て、居住まいを正しながらも口を開く。

「名前……」

 ぎゅっと裾を掴む手に力をいれ、顔を上げる。

「名前、なんて言うの?」

 狐は夏梨を凝視し、掴まれている裾を引っ張り、手を離させまた歩き出す。

「……凛」

 小さな声で、けれど夏梨の耳にははっきり聞こえた。

 三人が去った部屋の中で、小さくその名を呟いた。



 自室と与えられた部屋にある丸い形をしている窓から、月明かりが見える。

 夏梨は天井を見つめたまま微動だにしない。

 夕食の時間になったとき、双子のお付きが迎えに来た。出された食事は驚くほどまともで、和食中心だった。

 相変わらずの仏頂面で、黙々と箸を動かす凛。楽しそうに話す双子。そんな様子を戸惑いながらも見つめる夏梨。

 微妙な空気の中、食事の時間は過ぎていった。

「なんで……」

 数時間前のことを思い出し、そっと息を吐く。

「なんで……こんなことに」

 ゆっくりと閉じていた双眸を開き、体を起こす。そして、どこか休まる場所はないかと思い襖を開け廊下に出る。

 部屋の中が休めないわけではない、けれどどこか落ち着かないのだ。

 しばらく廊下を進み、右手に進んでいくと、ふわりと風が頬を撫でた。

 視線を動かすと、そこには真っ赤な紅葉がいくつもある開放された庭があった。

「縁側……?」

 戸惑いながらもそっと腰かけ、そして気付く。

 四角い石の上に、下駄が置いてあるのが見えた。夏梨の足より大きいそれは、すぐに凛のものだと分かった。この庭も、凛が手入れしているのだろうか。小奇麗にされた庭を眺め、そんなことが思考をよぎった。

 ふわりと頬を撫でる風は心地よく、気持ちを徐々に落ち着かせる。

 真っ暗な空に輝く月は、夏梨を照らしているようで、自然と頬が緩んでいく。

「夢、見てるみたい」

 そんなことを呟き、双眸を閉じた。

 旅行と称してきたこの村。なのに突然狐と名乗る少年が現れ、生け贄なのだといわれ、そんなことは本当に夢だと思った。夢だと思いたかった。

 携帯電話を使って、連絡しようかとも思ったが、生憎荷物は全て旅館においてきたのだ。

 それほど遠くには行かないだろうと思い、身一つでここに来てしまった。

 自分はこれからどうなるのか、分からない。殺されるのだろうか、とぼんやり考える。

 夏梨を優しく照らす月が、妙に遠く感じた。

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