五話
部屋の中は静かで、話す声がより一層大きく聞こえる。夏梨は手を握る力に、より一層力を込めた。
「捧げられた……?」
夏梨の先ほどの勢いは消え去り、少年の言葉を口の中で呟く。
「俺は狐だ」
「き、つね……?」
村人たちも、確かそんなことを叫んでいたような気がする。しかし、言葉の意味が分からない。
「狐って、ふざけてるんですか?」
本などテレビで見る、ふわふわとした柔らかそうな毛並み、鋭く細められた目、一般的な狐を思い浮かべ、目の前の少年を見る。想像したものとはあまりにも違う。第一少年は人間だ。
「はぁ……証拠が必要か?」
そう言い捨てた瞬間、瞬きをした瞬間、目の前の光景は変わっていた。
先ほどの少年は変わらずあぐらをかき、座っている。けれど、少年に異様な変化が起きていた。
「な、に……それ」
少年の白髪は変わらないが、それと同じく白い耳が二つ、主張するように生えており、さらに着物のようなものから、ふわふわとした尻尾が見えている。爪も心なしか伸びているように感じた。
「本当に、狐……?」
信じられない、信じられるはずがない。漫画やアニメではないのだから。
しかしこうして目の前で、現実で起きている。夏梨は疑いの目を向けつつ、先ほどの続きを促す。
「で、その俺に生け贄として……まぁ、捧げ物は野菜でも果物でも、この村の物なら何でもいいんだけどな」
「そ、その捧げ物って、何?」
「……遙か昔、この村には一匹の狐がいた」
村人たちは狐を神だと言い、狐と一緒に暮らしていた。
けれど、そのとき丁度村には危機が迫っていた。村人たちは血相を変え、狐に祈願した。どうか、助けてくれと。
狐は快く承諾し、その危機を見事追い払った。
村人たちは何かお礼がしたいと言い、そんな村人に狐は言った。十年に一度、狐の嫁入り、すなわち晴れた日に雨が降るとき、私に何か捧げ物をしろと。村人はそんなことでいいのなら、とそれから十年に一度、晴れた日に雨が降るとき、必ず何かを贈った。
「……分かるか?十年に一度。それがこの日だ、ほら、雨が降ってる」
建物、いやこの家の窓から、ポツポツと雨が降っているのが見える。それを少年は一瞥し、呆然としている夏梨に向き直った。
「その狐は俺の先祖だ。俺たち狐は代々この村を守る代わりに、捧げ物をもらった」
しかし、それが何故か今年は――
「ちょ、ちょっと待って!」
夏梨は思わず、身を乗り出していた。急にそんなことを言われ、頭がついていかないのもあった。
しかし、それよりも大きな疑問がある。
「さ、捧げる物って、人じゃなくていいんでしょ!?野菜でも、果物でもって――!!」
「確かにそうだ、でもこの村は年々作物が育たなくなってきた。村人たちが食べていくので精一杯らしい」
少年――否、狐はすっと目を細め、冷たく言い放つ。
「だから、お前が生け贄に選ばれた」
生け贄、狐、そんな言葉が頭の中を巡り、夏梨は狐を見つめた。何かを言おうと口を開いても、言葉が出てこない。
「……っ」
もう一度閉じかけた口を開こうと思ったとき、軽やかな足音が聞こえた。
「凛~っ!!」
重なった二つの声。その声が聞こえると同時に、二人の少年、否、男の子が狐に飛びついていた。
「っ!?お、おいっ」
その勢いに押され、狐の二人の男の子は見事に後ろに倒れこんだ。
「ねぇねぇ!この子がそう?」
「遊んでいい!?」
狐の制止も聞かず、口々に言いながら狐の服を引っ張っている。
「おい、いい加減にしろ」
男の子たちは不満そうに頬を膨らませ、掴んでいた服を離す。そして、はっとしたように夏梨に向き直った。
「初めまして!君が生け贄?」
「初めまして~!」
元気そうに笑っている可愛らしい二つの顔は、見分けがつかない位そっくりだった。
「……こいつらは、俺のお付きだ」
起き上がりながら、二人を指差して言う。
「お、お付き……?」
「あぁ、こいつら、一卵性の双子」
その言葉で視線を狐から、狐の両側にいる男の子に視線を向けると、元気良く手を挙げた。
「僕、海斗って言います!よろしくね!」
「僕は陸斗って言います!よろしく~」
「よ、よろしくお願いします……」
一卵性の双子。顔がそっくりでどっちか分からないと思っていたが、そうでもないらしい。
狐の右側に座っている海斗は、髪は白髪、耳も白く、しかし目は淡い紫色。服は青色が主で、狐と同じようなデザインだが、裾の部分になにやら模様が描かれている。
左側に座っている陸斗は、目の色と服の色が海斗と違うだけだった。目の色は金色、服は淡い紫が主で、模様は海斗と同じだ。
「あ、あの……」
「あ、僕達も狐だよ!」
夏梨の疑問を言う前に、海斗が弾んだ声で言う。
「ねぇねぇ!部屋、案内しないの?」
今度は陸斗が、狐を見上げながら首をかしげる。
その言葉に狐はめんどくさそうに息を吐き、ついて来いというように顎をしゃくり、廊下に出る。
慌てて立ち上がった夏梨は、狐を追う海斗と陸斗の後ろを歩き、狐の後姿を見つめながら長く続く廊下を歩いた。