三話
しばらく歩き、ようやく旅館を見つけられた。
旅館は木造で、少し古ぼけた印象のある、古風な建物だった。
その旅館から離れ、夏梨はまた草木の生えた道を歩く。
まだ時間は三時頃で、このまま用意された部屋でじっとしているのも落ち着かない。
「んー、ここ選んで正解だったかな」
森や農家以外ないもないというのは誤算だったが、心を休まりに来たのだから丁度いいと考えるようになった。
「あの……」
しばらく空や景色を眺めていたとき、ふいに声がして視線をめぐらす。
「あの……あなた、旅行に来た人ですよね?」
どこか疲れきった顔で、心なしか顔色も悪い。
「そう、ですけど……」
おぼつかない足取りで、老人は夏梨に近づき、口を開く。
「観光なら、いい所があります」
「観光、ではないですけど、あるんですか?」
弱弱しい指を持ち上げ、右の奥にある建物を指差す。
遠くから見ても分かるくらい赤く塗られた鳥居に、同じく赤い屋根が見えた。
「行ってみてはどうでしょう?」
どうせ暇なのだからと思い、夏梨がうなずくと、老人は安堵の息をもらした。
夏梨はもう一度、あの建物に視線を移す。
神社というには似つかわしい、そんな建物だ。遠くからでは赤い屋根しか見えず、大きさもあまり分からない。何故そこへ行ってみてはと言ったのかも、当然分からないが。
「……あれ?」
老人に視線を戻すと、もうそこには誰もいなかった。
あったのは妙な静けさと、葉を揺らす風の音だけだった。
行くかどうか思案したが、どうせやることはないのだからと考え、言われた方向へと足を運ぶ。
鳥居の奥にある建物は、予想より小さかった。
この鳥居と建物は、木で覆われた森とは浮きだって見え、孤立しているように思えた。
日常とはかけ離れている、そんな雰囲気だ。
夏梨はじっと建物を見つめ、そっと足を踏み出した。
刹那――足を踏み出し、手をかけようと思っていた建物のドアが勢い良く開いた。
とっさに夏梨は伸ばしていた手を引っ込める。
目の前には夏梨とは二歳ほど上の少年が、夏梨を見下ろす形で立っていた。
夏梨は後悔した。老人はあそこに行ってみてはと言ったのだ。何も無断で中へ入れなど言っていない。
ここに住む者がいないとは考えなかったが、村には農家があり、皆そこに住んでいると思ったのだ。
目の前に立つ少年に、ちらりと視線を向ける。
髪は白髪、目は淡い緑に、不思議な格好をしていた。着物のようで、そうではない。赤や金の帯や布、その他は白といったものだ。
肩の部分は少し繋がっているように感じに、胸元は数珠のような物がかけられている。
夏梨は視線を顔に向け、息を呑んだ。
その顔は、美形と呼ばれる分類だろう。鋭く細められた目に、筋の通った鼻、小さな形のいい唇。
一言で表すなら、綺麗。
「お前……?」
その声にはっとし、凝視していた視線をそらす。そしてずっと見つめていたことに恥ずかしくなり、顔を俯けた。
「お前が、生け贄か」
数秒置いて、頭上から抑揚もない声がふってきた。