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月夜の空  作者: みづき
三章 消え願うもの
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一話

 ぐつぐつと鍋の煮立つ音。

 包丁のリズムのいい音が響き、辺りには鼻腔をくすぐる匂いが広がっている。

 初めて足を踏み入れた台所は広く、使い込まれているようだった。

 あまり料理をしなく、台所に立たない彼女でも使い勝手が良かった。

 一生懸命慣れない料理に奮闘する少女。

「あ、出来たかな?」

 そっと鍋のふたを開けると、野菜がたっぷり入った味噌汁の香りが台所に充満した。

 少女が満足そうに微笑んでいると、驚く声が聞こえ、ふと顔を上げる。

「夏梨様!?」

 血相を変えて飛び込んできたのは梶だ。夏梨はきょとんとして動かしていた手を止める。

「何をしているのですか!?」

「な、何って……朝食の準備、ですけど……」

 戸惑う夏梨の言葉に、梶は驚いた面持ちで口を開く。

「夏梨様にこのようなことをして頂くわけにはまいりません」

「あ、あの、料理は上手くないですけど、このくらいは大丈夫です!」

 慌てて夏梨は手を振り、ばつの悪そうな顔をしている梶に頭を下げた。

「勝手に使ってすみません」

 何も言わず、勝手に使ったことに怒っているのだと思ったのだ。

 謝罪する夏梨に驚く梶は、細く息を吐く。

「いえ……好きに使っていただいて結構なのですが、その……あまりこのようなことは」

 小首をかしげ、梶を見上げていた夏梨は噴き出した鍋にはっとする。

 慌てて火を止め、胸を撫で下ろす。

「あの、一緒に作りませんか?」

 ひとりであの分の料理を作るのは無理だ、そう判断した夏梨は梶に向き直る。

「そんなに上手くは作れないんですけど……」

「ですが――」

 尚も止めようとする梶。

 しかし、じっと見つめてくる夏梨に諦めたように肩を落とした。

「わかりました……よろしくお願いします」

 その言葉に、夏梨の顔に安堵の色が広がる。

 梶は微苦笑して、その姿を見つめた。

「では、夏梨様。煮物をお願いします」

「はい」

 頷いて返事を返すと、いそいそと野菜の入った冷蔵庫へと向かい、梶は手を洗って別の作業へと取り掛かる。


「あの、なぜこのようなことを……?」

 器用に野菜の皮をむき、それを細かく切り刻んでいく梶は、隣でサラダを盛り付ける夏梨に声をかける。

「え?……一応、居候の身なので」

 ここへ来たのが本心ではないのにしろ、ここに居候しているのには違いない。

 それに、梶がひとり慌しく動き回っているというのに、自分は部屋でのんびりしているというのが落ち着かない。

 それがそもそもの理由だった。

「そう、でしたか」

 夏梨の答えが自分が思っていたものとは違っていたようで、目を見開いていた。

 そして、もう一つの疑問を投げかける。

「ここにいるのは、嫌ではありませんか?」

 ぴくりと、夏梨の動いていた手が止まった。

「……嫌では、ないです」

 初め強引に連れて来られたとき、逃げようとも思った。嫌だとも、嫌いだとも。

 けれどいつの間にか、嫌いではなくなっていたのだ。

「嫌ではないのですか」

 夏梨の言葉を反復するように、言葉を口の中で転がす。

 たぶん、ここにいるのが不快ではなくなったのは――。

「……ここの庭が、気に入ったからです」

 ふわりと微笑んだ夏梨を見て、梶は驚いた顔をする。そしてすぐに、安堵のような微笑に変わった。

「え、梶!?」

 突然、明るく元気な声が台所に飛び込んできた。

 振り返ると、耳をぴくぴくさせ、目を瞬いている双子の姿があった。

「なんで夏梨がいるの!?」

「あ、もしかして二人で?」

 台所に入るなり、鍋の中や盛り付けている途中のお皿を覗いたりしている双子。

 尻尾を嬉しそうに振りながら、目を輝かせている。

「おいしそう~!!」

「か、海斗様も陸斗様も、大広間で待っていてください」

 忙しなく動いている双子を慌てて梶が呼びかけるが、ふたりは不満そうに口を尖らす。

「む~、分かったよ」

「ごはん、早くしてよ!!」

 そういい残して廊下へと消えていった。

「は、早く作りましょうか」

 あのふたりはお腹をすかしているのだろう。これ以上待たすとまた台所へ来るかもしれない。

 そう思って夏梨は困った顔をする梶を促す。

「そうですね――」

 梶が苦笑しながら同意したとき、また廊下から足音がした。

 でもそれは双子のような軽い音ではなく、重く大きなものだった。

 その足音の主を分かった夏梨は、足音に続いて顔を覗かせる少年に微笑する。

「おはよう、凛」

 まだたどたどしく、違和感は抜けないが、それでも普通に挨拶ができた。

 そんな彼女を見て目を瞬かせる凛――。

 ちらりと横にいる梶に目を向け、また夏梨に視線を戻す。

 何か言おうと口を開けるも、きゅっと口元を結び、廊下へと戻ってしまった。

「夏梨様」

 名残惜しそうに入口を見つめていた夏梨に、ひとつの疑問をぶつける。

「どうして、この村へ来たのですか?」

 たぶん梶にとっては、一番の疑問だったのだろう。

 しかし夏梨はびくりと肩を揺らし、視線を床に落とした。

「ですが、この村のものではないあなたは……」

 梶は言いにくそうに言葉を濁す。

 夏梨は床の一点を見つめ、細く息を吐く。

 そして、何かを堪えるように、静かに双眸を閉じた。

 ――彼女もまた、暗い過去を背負ったひとりだった。

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