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月夜の空  作者: みづき
二章 異形の世界
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四話

 ゆっくりと、庭の絨毯となった紅葉の上を歩く。

 足には、梶に用意してもらった赤い緒のついた下駄。

 地面を噛み締めるように歩き、ふいに足を止めた。

「凛……?」

 からりと下駄の音がし、振り返った視線の先には凛がいた。

「お前……」

 なぜここにいる、と夏梨を睨む。

「あ、あの、ここ落ち着くから好き!!」

 睨まれた瞬間、まるで反射のように言葉を口走った。

 凛は目を見開き、夏梨を凝視し、またその夏梨も自分がとった行動が理解できない。

「え、えっと……この庭って、凛が手入れしてるんだよね?」

 ちらりと整えられた、手の込んだ花々を見る。

 凛はそっと双眸を閉じ、舌打ちしそうなくらいの険しい表情でつぶやいた。

「……梶か」

 梶がこの目の前の少女、夏梨に余計なことを言ったのだろう。

 余計なことをする、と心の中で毒つきながら、体を反転させた。

「え、どこ行くの!?」

 今来たところを引き返そうとする凛に、慌てて声をかける。

 凛はこの庭に来たのだ。何か用事があったのだろう。

 それが自分のせいで出来なくなってしまったのなら、申し訳ないと思った。

「別に……庭、気に入ったか」

 背を向けたまま問いかけられる。

「う、うんっ」

 夏梨の答えに少し間を空け、口を開いた。

「……そうか」

 また凛が歩き出し、屋敷の中へと消えていった。

 あの言葉に、柔らかな印象を持ったのは気のせいだったのだろうか。

 そして途端に、息苦しくなった。知らずに緊張していたのだ。

 朝、自分は殺されかけた。先ほどまで目の前にいた狐に。

 日常生活で殺されかけたことなど普通はないだろう。故に、恐怖心が夏梨を支配する。

「……狐?」

 ぐるぐると恐怖が体を駆け巡っていたとき、不意に疑問が浮かんだ。

 昔は自分のように生け贄に捧げられた娘がいたという。

 ならば、何故その娘は殺されなかったのか。単に、その時の狐の気分だったのかもしれないが。

 そもそも狐とは、なんなのか。

「梶さんに聞いてみようかな」

 もしかすれば、自分が殺されないようになるかもしれない。

 下駄を元の位置に戻し、廊下を歩く。けれど、一向に梶の姿が見えず、広い屋敷の中を歩き回っていた。

 幾度も入り組んだ廊下を曲がり、視線を彷徨わせる。

「なに、あれ?蔵……?」

 右手にある窓から覗くのは、大きく古ぼけた蔵だった。しかし貯蔵庫のようにも見える。

 蔵はしっかりとしていて、屋敷の外れに構えるそれは、どん、とそこに居座っているようだ。

 なんとなく興味を引かれた夏梨は、外に出られるところを探す。

 そして裏出口らしきものを見つけ、ゆるりと蔵へ近づき、視線を仰ぐ。

「あ……」

 蔵の扉は大きく、ひとりでは開けられないと思った。そして、鍵がついているだろうとも。

 けれど、そっと押しただけであっさりと扉は開いた。

 ぎい、と音を立て、扉が開く。

 開け放たれた蔵の中は、驚くほど何もない。ところどころに何かの残りのような物があり、床は軋んでいる。

 夏梨が足を踏み出すたびに床は軋み、その音にびくりと肩を揺らした。

 端のほうで夏梨はしゃがみ、そっと手を伸ばす。

 切れ端の布のような物が、埃に被って白く変わっていた。

 蔵の中にはいくつもの箱があり、とても丁寧に扱われているのが分かる。けれど、今はもう使われていないのだろう。

 この蔵自体も、最近出入りのあった形跡はない。

「もしかして、捧げ物の……?」

 昔はここに村人たちから捧げられた物が保管してあったのか。

 夏梨は視線を移動させ、ぐるりと見渡す。

 そして、またしても疑問が浮かぶ。

 確かではないが、“昔はここに村人たちからの捧げ物が置いてあった”のだ。

 では、“今は”どうなのだろう。

 あの狐――凛にも、なにかあるのだろうか。

 自分と同じように、何か過去に、現在になんらかのことが――。

 夏梨は虚空を見据え、息を吐き出す。

 小さな小窓から、夕日の暖かな光が差し込んでいた。

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