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月夜の空  作者: みづき
二章 異形の世界
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三話

 与えられた自室へ戻ろうと廊下を歩いていた夏梨は、ピタリと足を止めた。

 少し悩み、方向を変え、また廊下を歩き出す。

 しばらく進むと、心地よい風が頬を撫でた。

 立ち止まった夏梨の目の前に広がるのは、昨夜見たあの縁側だった。

 少々遠慮がちに腰を下ろし、視線を庭へと戻す。小奇麗にされた庭、風に乗って舞う紅葉。

「落ち着くなぁ、ここ」

 つぶやいて、ふと空を見上げる。無限と広がるその空は、夏梨の不安を洗い流してくれるようだった。

 何も知らない、澄んだ青空。

「夏梨様」

 ふと聞こえた優しげな声に、夏梨は我に返る。視線を移すと、そこには梶の姿があった。

「ここにいらっしゃったのですか」

 そう言うなり、梶も縁側に腰を下ろす。

「あの……?」

 戸惑いがちに口を開くと、梶は微苦笑し、空を見上げる。

「いえ。落ち着きますでしょう、ここ」

 その問いに夏梨はちいさく頷いた。

「あの、ここって凛が?」

 昨夜見た、四角い石の上に置かれた下駄。あれは凛のものだろう。

 身を乗り出し、ちらりとその下駄を見る。

 昨夜と同じ場所にある、それを。

「……はい、そうです。ここは全て、凛様が」

 にっこりと微笑んで、梶は言う。

 そこにふと疑問を覚えた夏梨は、躊躇いがちに口を開く。

「梶さんって……その、人間、ですか?」

 夏梨の言葉に、梶は目を見開いた。

「あ、あのっ……」

 梶に言ったその質問に、急に恥ずかしさを覚えた。

 普通なら問わないその質問を、夏梨は聞いたのだ。

 うろたえながらも夏梨は必死に言葉を探す。

 おかしな奴だと思われただろうか。

 朝食の際、いや、朝から凛の耳と尻尾はなかった。隠していたのかも知れない。

 双子はそのままだったが、もしかすると気がついていなかったのかも知れない。

 何も知らず、ここに雇われただけの人だったら。

 あまりにも間抜けな質問をしてしまったことに、夏梨は後悔した。

「……あぁ、そういうことですか」

 ぷっと、梶が吹き出した。

 きょとんとする夏梨をよそに、肩を揺らし笑いを堪える梶。

「あ、あの、梶……さん?」

「すいません。……私も、狐ですよ」

「え?」

 そして一瞬の間に、梶には立派な耳と尻尾が生えていた。

 言葉をなくし、呆けた夏梨を見て微笑し、ふわりと己に生えた耳に触れる。

「いつもは隠しているんです。驚かせてしまいましたか、すいません」

「あ、い、いえっ……それって、消えるんですね」

 突然現れた耳と尻尾は、隠していたというより今の今まで消えていたようだった。

「はい。ですが、あの双子は消えません。まだ未熟でして」

「そう、なんですか」

「……夏梨様、大丈夫ですか?」

 あまりにも唐突な質問に、夏梨は怪訝そうな顔をする。

「今朝、その……凛様に、首を絞められて……」

「っ――!!」

 その言葉で、今朝あった出来事が頭の中でよみがえり、悪寒が走った。

 今まで、忘れていたのだ。

 忘れられないような出来事を、凛を目の前にしてでも忘れていたのだ。

「だ、大丈夫です」

 鮮明によみがえった。

 凛は、自分を殺そうとした。本気で。

 生け贄に捧げられたのだから、仕方ないのだろう。しかし、本意で来たわけではない。

「……すいません。本当は、逃がせて差し上げたいのですが」

 その言葉に、夏梨は少しの期待を抱き、小さく口を開く。

「逃げれるん、ですか?」

「無理だと思います。あなた様は一度生け贄として捧げられた身。そう簡単には逃がせてもらえないでしょう」

 梶はそっと静かに、双眸を閉じた。

「村人も、あなたを逃がせてはくれないでしょう」

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