リアルへいらっしゃい
ハロー、ハロー、こちら、クソつまらない現実世界。
応答せよ、ネット廃人供。
応答せよ、ネット廃人供。
―サラさんが入室しました
―金金:お、ばんわ~
―サラ:ばんわです
―金金:今日遅かったね
―サラ:いやあすいません、彼氏が離してくれなくてぇ
―金金:出たよ出たよ~
―サラ:サーセンwww
―妖怪X:リア充爆発しろ
―サラ:は?何今の。インしてないっすよね
―金金:何か最近こういうのよく見るわ
―サラ:前々から思ってましたけど、金金さんってしょっちゅうここにいりびたってませんか?
―金金:リア充爆発しろ!
―サラ:うわ出た、妖怪X!!
―金金:(笑)(笑)(笑)
―澳門:でもさ、Xって何だろうね。服のサイズ?
―サラ:おっ
―金金:いたんだ、こそっとインするの止めようよ
―澳門:メンゴメンゴ
―澳門さんが入室しました
―サラ:澳門さん、いい加減、こそっとインする仕方教えてくださいよ
―澳門:なんで?Xみたいになりたい系?
―サラ:んー、そういうわけじゃないけど、なんか、気になるのありません?嫌いなやつとか、こそっと見たいですけど
―澳門:嫌いなのに気になるんだ?じゃあそれ好きなんじゃないの?
―サラ:うげえ!
―妖怪X:明日朝七時、泉公園に集合セヨ
―サラ:お???
―金金:何何、オフ会の誘い?
―澳門:あー友達欲しいだけなんじゃない?どうなの、Xちゃん
―応答がありません
―応答がありません
―応答がありません
―澳門:駄目だ、こっちからのはブロックされてる
―サラ:…で、どうします?
―金金:いや、行かないっしょ。つうか朝早いし。第一、泉公園ってどこよ
―澳門:俺もいいや。じゃあ、ぼちぼち、どろん!
―サラ:あ、じゃあ、私も~
―金金:お疲れっした
―澳門さんが退室しました
―サラさんが退室しました
―金金さんが退室しました
退屈すぎる私たちは、何か、日常を少しでも面白くさせることに必死だった。
「…誰が、彼氏いるって?」
「つうかあんた男じゃなかったの」
「いやもう、誰が誰でもいいじゃん。ていうか、みんな来てるし」
「「「ぶっ」」」
誰かが吹き出したのを引き金に、爆発するように笑った。世代も性別も異なるはずだったが、蓋を開けてみれば、同じ中学に通う、同じ女子三人だったのだ。
「でもすごい奇跡じゃない?」
「どうしちゃう?」
「世界を救っちゃうとか?」
「とかとか!」
よく考えたらチャットルームの入り口なんて、同世代の、同じ地域に住んでいる人たちから探す。だからそれほど大した奇跡ではないことなど分かっていたのに、皆が、面白いことを起こったようにしようと必死だった。
一通り笑った後、誰が言い出すわけでもなく、自然に別れた。また夜に、またネットで、言い合っていたけど、皆がどこかで分かっていた。もう少なくてもネット上で会うことはないこと。現実世界を忘れたくて虚構を演じるためにネット上に身を投げ出すのに、顔も素性も知られた者と話せるものか。また別の名前で、また別の自分を、別の部屋で演じればいいだけだ。そしたらまたそこで、時間を潰せる。
まぁ当然だが、通学路は一緒で。どうにも気まずく、沈黙に耐えられなくて、あの先生絶対整形だよね、とか、あの課題終わったか、とか、少し話題が広がったと見せかけて、また、沈黙が出来上がる。毎晩何をあんなに騒いでいたかなど、もう忘れてしまった。
そうして通学していると、ふと、宙から何か落ちてきた。何だろうと拾ってみると、それは少しも可愛くもない何だか不気味な生き物のキーホルダーで、お腹にXと刺繍されていた。
私たちは笑い合って、その場を見上げた。そこは少し古びた二階建ての一戸建てで、こちらから見える二階の窓は、こんな天気のいい日なのにカーテンを締め切り、更に、目をこらすとチェーンまで見えた。誰かが引きこもっていることはすぐに分かった。
「ようかいえっくすー!!!」
誰かが叫んだ。あとの二人はぎょっとなったが、続こう、負けるか、なんだかよく分からない使命感に動かされ、必死で声を張り上げた。
「こら、でてこーい!」
「こちとら、六時起きだぞこの野郎―!」
「そうだそうだ、顔が割れたのも全部お前のせいだバカー!そっちも顔見せやがれー!」
近所の犬が吠え立て、少し遠くで老人の怒鳴るような声がしたが、それでも叫ぶのは止めなかった。けれども妖怪Xも強情で、カーテンさえ開けなかった。
「出てこないのかー!?」
「なんで生きてるんだよ!」
「ネットだけで生きてて楽しいか?現実の愚痴くらい聞かせろ、ボケー!!」
するといい加減五月蝿かったのか、観念したようにカーテンが開いた。小鹿のように震える手で窓を開けると、女子が出てきた。震える彼女は、なんとかベランダまで歩いてきて、ばさばさの髪を手でまとめながら、こちらを見た。思ったより可愛かったーというか普通に可愛い方だった。
「…っ…ぁ…」
「…えー?なんだって!?」
「…ぇ、で、なぃ」
「え!?」
「一週間ぶり、声、でな、い」
誰かが笑い出し、残る二人も大笑いした。まだ震えている彼女は真っ赤だった。そして彼女は部屋に戻ろうとしたため、慌てて叫んで止めた。
「ねえ、降りてきなよ」
「そうよ、こっちも楽しいよ」
「たのし、く、ない」
「じゃあさ、楽しくしようよ」
どう見ても迷っている様子の彼女を見て、三人がまた叫びだそうとしていた為、彼女は慌てて部屋へ引っ込んでいった。今度は、一階へ降りる為に。
「ただいまー」
「あらお帰り、最近遅いわね。前はさっさと帰って、ずっとパソコンやってたくせに」
「んー、今、友達が大ブーム。そいつ、うけるの。ゲーセンも行ったことなくてさぁ、カラオケなんて、マイクのつけかたも分からんで、しかも選曲がなぜか演歌だしい」
「…ふーん。よかったわね」
「…うん」
よかった?よかった?うん、よかったかもしれない。
「-あ、もしもし?金金?聞いてよ、今日のXがさぁ」
本当は、ネットのみで生きていけるXがうらやましくて、妬ましくて、無理やりこちらに引きずり込んだこと、言えるわけがない。だって楽しいならいいじゃん。笑ってるならいいじゃん。友達なんてそんなもんじゃないの?違うっていうなら、それもしょうがないかな。だって私たち、ネットとゲームで育ったゆとりだし。
ハローハロー、ネット廃人供。応答セヨ。
そちらで引きこもってるのは許しませんヨ。
現実を面白くするために協力セヨ、ネット廃人供。