鑑定
この世界では、だれの頭の上にも、うすい光の板がうかんでいる。
名前、年齢、体力、そしてレベル。ガラスのようにすきとおった板に、白い文字でそう書かれている。もっとも、ふつうの人には見えない。見えるのは、「鑑定」という特別な力を持った者だけだ。
エヌ氏は、その力を持っていた。
前の世界では、会社で書類の数字をたしかめるだけの毎日を送っていた。ある晩、駅の階段で足をすべらせ、気がつくとこの世界の赤ん坊になっていた。物心ついたころには、人の頭の上に光の板が見えるようになっていた。
三十をすぎたいま、エヌ氏は王都の冒険者組合で、鑑定係として働いている。窓口に来る冒険者の板を読み、どの仕事に向いているかを判断する。前の世界と、たいして変わらない仕事だった。
*
ある朝、組合の扉がいきおいよくひらいた。
入ってきたのは、金色のよろいを着た若者だった。日に焼けた顔で、白い歯を見せて笑っている。頭の上の板には、こう書いてあった。
『勇者 レベル八十二』
組合の中が、ざわめいた。八十二などという数字は、エヌ氏も見たことがなかった。
「あなたが鑑定係のかたですね」と勇者は言った。「いっしょに来てもらえませんか。魔王をたおす旅に、魔物の弱点を見ぬける人がほしいのです」
断る理由はなかった。勇者は礼儀正しく、組合の子どもたちに菓子をくばり、年寄りには道をゆずった。こういう人の役に立てるなら、とエヌ氏は思った。
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旅がはじまった。
森でゴブリンの群れに出会うと、エヌ氏は一ぴきずつ板を読んだ。
「左から三番目が群れの長です。右の足が弱い」
勇者の剣がひらめき、ゴブリンがたおれる。そのたびに、勇者の頭の上で、鈴のような小さな音が鳴った。
『レベルが上がりました』
勇者は、うれしそうに板を見あげた。
「エヌさんのおかげで、どんどん強くなれます」
エヌ氏も、悪い気はしなかった。
ただ、ひとつだけ気になることがあった。ゴブリンがたおれるとき、のどの奥から、しぼりだすような声をあげる。その声が、ときどき、何かの言葉のように聞こえるのだ。
気のせいだろう、とエヌ氏は思った。
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旅をつづけるうちに、エヌ氏はもうひとつ、ふしぎなことに気がついた。
村の人びとのレベルが、みな、ほとんど〇なのである。
畑をたがやす老人も〇。宿屋のおかみも〇。井戸ばたで遊ぶ子どもたちも〇。生まれたばかりの赤ん坊も、もちろん〇だった。
いっぽう、国境の砦の兵士たちは、二十や三十が当たり前だった。
ある宿場町の酒場で、エヌ氏はひとりで飲んでいる白髪の老人を見かけた。もとは騎士だったらしく、腰には古い剣をさげている。頭の上の板には、『レベル四十一』とあった。
エヌ氏が酒をすすめると、老人は少しだけ口をきいた。
「若いころは、数字が増えるのがうれしくてな。毎晩、板をながめてはにやにやしていたものだ」
老人は、杯の中を見つめた。
「ところが、ある数をこえたあたりから、ねむれなくなった。目をとじると、増えた数の分だけ、顔がうかぶのだ」
それ以上は、何も言わなかった。
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旅をはじめて三年目の秋、一行はとうとう魔王の城にたどりついた。
城は、思っていたよりずっと静かだった。黒い塔のまわりには、色とりどりの花畑が広がっていた。小さな魔物たちが、一行を見るなり、花のあいだを逃げていった。
城の奥の庭に、魔王はいた。
やせた老人だった。ねじれた角が二本あり、肌は灰色だったが、手にしているのは剣ではなく、古いじょうろだった。魔王は、花に水をやっていた。
エヌ氏は、いつものように板を読んだ。
そして、目をうたがった。
『魔王 レベル一』
「一?」
勇者が、声をあげて笑った。
「なんだ、これが魔王か。村の子どもと変わらないじゃないか」
魔王は、じょうろを置いて、ゆっくりとこちらを向いた。
「その一つは、ずっと昔のものだ」と魔王は言った。「わたしは三百年、その一つのことを考えて暮らしてきた。きみも、いつか……」
言いおわる前に、勇者の剣がひらめいた。
魔王は、花の中にたおれた。抵抗は、しなかった。
勇者の頭の上で、鈴の音が鳴った。
『レベルが上がりました』
*
そのとき、エヌ氏の頭の中でも、同じ鈴の音がひびいた。
『鑑定の力が上がりました。項目の説明を読めるようになりました』
エヌ氏は、おそるおそる、勇者の板を見なおした。これまでただの文字だった「レベル」の横に、小さな説明書きがうかびあがっていた。
『レベル……これまでにうばった命の数。自らの意思で、その死に手を貸したものをふくむ』
エヌ氏は、勇者の頭の上を見つめた。
『勇者 レベル百』
勇者は、花畑の中で両手をあげていた。
「やった! 百だ! エヌさん、とうとう百ですよ!」
*
王都へ帰ると、盛大な祝いの行列が待っていた。
紙ふぶきの中を、勇者は手をふりながら進んだ。沿道の人びとの頭の上には、どこまでも〇がならんでいた。
行列の終わりに、城のバルコニーから、国王が姿をあらわした。
国王は、剣を一度もにぎったことがないと言われていた。やわらかそうな白い手で、勇者に向かって拍手をしていた。
エヌ氏は、その頭の上を見た。
数字のけたが、多すぎて、すぐには読めなかった。
*
その夜、宿の部屋でひとりになると、エヌ氏はベッドに腰をおろした。
この世界に生まれて三十年あまり。人の板は数えきれないほど読んできたが、自分の板を読んだことは、一度もなかった。鑑定係は、自分では戦わない。だから、たしかめる必要もないと思っていた。
エヌ氏は、手鏡を取りだした。
鏡の中の自分の頭の上に、うすい光の板がうかんでいた。
『鑑定係 エヌ レベル三百十二』
ゴブリンの群れの長。右の足が弱かった、あの一ぴき。左から三番目。
エヌ氏は、その数字を、長いあいだ見つめていた。
窓の外では、まだ祝いの鐘が鳴っていた。




