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鑑定

作者: ティアナ
掲載日:2026/10/27

この世界では、だれの頭の上にも、うすい光の板がうかんでいる。


名前、年齢、体力、そしてレベル。ガラスのようにすきとおった板に、白い文字でそう書かれている。もっとも、ふつうの人には見えない。見えるのは、「鑑定」という特別な力を持った者だけだ。


エヌ氏は、その力を持っていた。


前の世界では、会社で書類の数字をたしかめるだけの毎日を送っていた。ある晩、駅の階段で足をすべらせ、気がつくとこの世界の赤ん坊になっていた。物心ついたころには、人の頭の上に光の板が見えるようになっていた。


三十をすぎたいま、エヌ氏は王都の冒険者組合で、鑑定係として働いている。窓口に来る冒険者の板を読み、どの仕事に向いているかを判断する。前の世界と、たいして変わらない仕事だった。


  *


ある朝、組合の扉がいきおいよくひらいた。


入ってきたのは、金色のよろいを着た若者だった。日に焼けた顔で、白い歯を見せて笑っている。頭の上の板には、こう書いてあった。


『勇者 レベル八十二』


組合の中が、ざわめいた。八十二などという数字は、エヌ氏も見たことがなかった。


「あなたが鑑定係のかたですね」と勇者は言った。「いっしょに来てもらえませんか。魔王をたおす旅に、魔物の弱点を見ぬける人がほしいのです」


断る理由はなかった。勇者は礼儀正しく、組合の子どもたちに菓子をくばり、年寄りには道をゆずった。こういう人の役に立てるなら、とエヌ氏は思った。


  *


旅がはじまった。


森でゴブリンの群れに出会うと、エヌ氏は一ぴきずつ板を読んだ。


「左から三番目が群れの長です。右の足が弱い」


勇者の剣がひらめき、ゴブリンがたおれる。そのたびに、勇者の頭の上で、鈴のような小さな音が鳴った。


『レベルが上がりました』


勇者は、うれしそうに板を見あげた。


「エヌさんのおかげで、どんどん強くなれます」


エヌ氏も、悪い気はしなかった。


ただ、ひとつだけ気になることがあった。ゴブリンがたおれるとき、のどの奥から、しぼりだすような声をあげる。その声が、ときどき、何かの言葉のように聞こえるのだ。


気のせいだろう、とエヌ氏は思った。


  *


旅をつづけるうちに、エヌ氏はもうひとつ、ふしぎなことに気がついた。


村の人びとのレベルが、みな、ほとんど〇なのである。


畑をたがやす老人も〇。宿屋のおかみも〇。井戸ばたで遊ぶ子どもたちも〇。生まれたばかりの赤ん坊も、もちろん〇だった。


いっぽう、国境の砦の兵士たちは、二十や三十が当たり前だった。


ある宿場町の酒場で、エヌ氏はひとりで飲んでいる白髪の老人を見かけた。もとは騎士だったらしく、腰には古い剣をさげている。頭の上の板には、『レベル四十一』とあった。


エヌ氏が酒をすすめると、老人は少しだけ口をきいた。


「若いころは、数字が増えるのがうれしくてな。毎晩、板をながめてはにやにやしていたものだ」


老人は、杯の中を見つめた。


「ところが、ある数をこえたあたりから、ねむれなくなった。目をとじると、増えた数の分だけ、顔がうかぶのだ」


それ以上は、何も言わなかった。


  *


旅をはじめて三年目の秋、一行はとうとう魔王の城にたどりついた。


城は、思っていたよりずっと静かだった。黒い塔のまわりには、色とりどりの花畑が広がっていた。小さな魔物たちが、一行を見るなり、花のあいだを逃げていった。


城の奥の庭に、魔王はいた。


やせた老人だった。ねじれた角が二本あり、肌は灰色だったが、手にしているのは剣ではなく、古いじょうろだった。魔王は、花に水をやっていた。


エヌ氏は、いつものように板を読んだ。


そして、目をうたがった。


『魔王 レベル一』


「一?」


勇者が、声をあげて笑った。


「なんだ、これが魔王か。村の子どもと変わらないじゃないか」


魔王は、じょうろを置いて、ゆっくりとこちらを向いた。


「その一つは、ずっと昔のものだ」と魔王は言った。「わたしは三百年、その一つのことを考えて暮らしてきた。きみも、いつか……」


言いおわる前に、勇者の剣がひらめいた。


魔王は、花の中にたおれた。抵抗は、しなかった。


勇者の頭の上で、鈴の音が鳴った。


『レベルが上がりました』


  *


そのとき、エヌ氏の頭の中でも、同じ鈴の音がひびいた。


『鑑定の力が上がりました。項目の説明を読めるようになりました』


エヌ氏は、おそるおそる、勇者の板を見なおした。これまでただの文字だった「レベル」の横に、小さな説明書きがうかびあがっていた。


『レベル……これまでにうばった命の数。自らの意思で、その死に手を貸したものをふくむ』


エヌ氏は、勇者の頭の上を見つめた。


『勇者 レベル百』


勇者は、花畑の中で両手をあげていた。


「やった! 百だ! エヌさん、とうとう百ですよ!」


  *


王都へ帰ると、盛大な祝いの行列が待っていた。


紙ふぶきの中を、勇者は手をふりながら進んだ。沿道の人びとの頭の上には、どこまでも〇がならんでいた。


行列の終わりに、城のバルコニーから、国王が姿をあらわした。


国王は、剣を一度もにぎったことがないと言われていた。やわらかそうな白い手で、勇者に向かって拍手をしていた。


エヌ氏は、その頭の上を見た。


数字のけたが、多すぎて、すぐには読めなかった。


  *


その夜、宿の部屋でひとりになると、エヌ氏はベッドに腰をおろした。


この世界に生まれて三十年あまり。人の板は数えきれないほど読んできたが、自分の板を読んだことは、一度もなかった。鑑定係は、自分では戦わない。だから、たしかめる必要もないと思っていた。


エヌ氏は、手鏡を取りだした。


鏡の中の自分の頭の上に、うすい光の板がうかんでいた。


『鑑定係 エヌ レベル三百十二』


ゴブリンの群れの長。右の足が弱かった、あの一ぴき。左から三番目。


エヌ氏は、その数字を、長いあいだ見つめていた。


窓の外では、まだ祝いの鐘が鳴っていた。


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