欲しがりの妹に魔力を全て奪われた虐げられ令嬢は、魔力ゼロしか近づけない竜族の花嫁になる
「お姉様のドレスが欲しいわ」
「ねぇお姉様、その首飾り、私にくださらない?」
「お姉様、婚約者を私に譲ってくださる?」
幼い頃から父は私に冷たかった。私を産むときに母は亡くなり、私はずっと呪われた忌み子として扱われてきた。
父の迎えた後妻と、その後妻の産んだ腹違いの妹こそを、父は愛していた。
だから、妹が私のものを欲しがるたびに、私はそれを手放さなければならなかった。
母の形見でさえ、妹が欲しがれば譲ってやるようにと言いつけられ、それに反抗するとベルトでひどく鞭打たれた。
ドレスも、アクセサリーも、許嫁も。私はいつの頃からか、何かに執着することもなくなり、妹に言われるがままに譲るようになっていた。
けれど……。
「ねぇお姉様、お姉様の魔力を全部私にちょうだい?」
爛々と光る目で言い放った妹に、ゾッとする。
自宅のリビングには禁術の魔法陣が刻まれ、父の指示で使用人が私を縛り上げる。
夏休みに実家へ帰省した私に対して、妹は異様な上機嫌で何かの準備をしていたが、まさかこんなことを企んでいたなんて。
「離して! 離して!」
悲鳴をあげる私に、継母が歪んだ笑みを向けた。
「ねぇローズマリー、あなたの魔力をユーリにあげてちょうだい? あなたのような忌み子には強い魔力は過ぎた贅沢よ。私の可愛い娘のために、譲ってくれるわね?」
禁術の準備が着々と執り行われていく。
禁術の魔法陣が黒紫色の禍々しい光を放ち、私の体に纏わりついてくる。
「いやぁ! やめて! 助けて、お母様!」
とっくの昔にこの世にはいない母に助けを求めてしまう。この家の中には、私の敵しかいない。禁術は容赦なく進められ、私の体の中から大切な何かが抜きとられていく感覚がする。
「助けて……助けて……」
力なく呟くしかできないままに、全身から力がどんどん抜けていき、気がつけば私は意識を失っていた。
ベッドの上で目を覚ました私は、自分の手のひらをじっと見つめた。そこからは欠片も魔力が感じられない。
悪夢だと思いたかった。
現実だった。
私の魔力は、全て妹に奪われてしまったのだ。
公爵令嬢でありながら、魔力ゼロになってしまった私は、これからどうやって生きていけばいいのだろう。王立学園の魔法の授業にも、ついていけなくなるに違いない。
絶望した私は、静かに涙を流す。それを拭ってくれる人は、一人もいない。
夏休みが終わり、王立学園に戻る時が来た。
恐れていた学期が始まる。
「えぇ? 魔力を全て失った? なんてこと、貴族の令嬢にも関わらず魔力無しだなんて……」
魔法の授業で、先生が驚愕の眼差しを私に向ける。
「あらぁ、ローズマリー様、魔法がお使いになれないだなんて」
「かわいそうですこと」
案の定、私は悪目立ちして、笑い物になった。
「魔力ゼロのローズマリー」
と、一瞬で学園中の噂の対象になり、チラチラひそひそと、歩くたびに人から好奇の目で見られる。
身分の高さも、私を守ってはくれない。公爵令嬢とはいえ、生まれてくるときに母親を殺した忌み子として実家で蔑まれているのは誰もが知るところであった。
その上貴族にも関わらず魔力無しになってしまったのだ。学園の中で、私を守るものは何もなく、針の筵だった。
そんな、ある日のこと。
「ローズマリー嬢、王城へ呼び出しがかかっている。ついて来ていただこう」
私に対して、王城から呼び出しがかかった。
一体何の用かと思いつつも向かうと、王城の一室には宰相閣下が待っていた。
「さ、宰相閣下。ご機嫌麗しゅう」
慌ててカーテシーをして挨拶すると、宰相は苦笑いをして楽にするようにと指示をした。
「ローズマリー嬢、突然呼び出してすまぬな」
「い、いえ。宰相閣下、それで、どのようなご用件でしょう」
宰相は私にお茶を勧めると、ゆっくりと口を開いた。
「竜族との国交が再開することになった」
「え? 竜族と!?」
竜族とは、雲の上にある島、竜雲国に住まう種族だ。高すぎる魔力と強い戦闘力を誇るが、地上の覇には興味がなく、そのおかげで我々人間の国が生きながらえている。
魔力が強すぎるせいで、魔力持ちの人間は竜族の魔力にあてられてしまい、近づくことさえできないという。
私から魔力を奪ったあの禁術は、竜族との国交があった時代、竜族に捧げる生贄として魔力ゼロの人間を生み出すために使われていたものだ。
私が魔力ゼロになったタイミングで、竜族との国交回復とは……。まさか、父はこのことを知っていたから、妹に魔力を全部譲渡する禁術を使わせたのだろうか。
「察したようだな。ローズマリー嬢、そなたには、竜族の皇子へ嫁入りをしてほしい」
「え? 嫁入り? 生贄ではなく、ですか?」
「人質として身分の高い令嬢を所望なのだ。その代わり、皇子の嫁として迎えると向こうは言っている」
「は、はぁ」
突然の大きな話に、戸惑いを隠せない。貴族令嬢として、微笑みで本心を隠す術は鍛えてきたはずだったのに……。
「後日、竜族の皇子が我が国に訪問される。その際は失礼のないように、ご挨拶していただこう」
「はい……」
狐に摘まれたような気持ちで、私は宰相閣下の部屋を後にした。
間も無く、竜族の皇子が訪問されるという話は王立学園にも広がった。竜族は特別な細工物や、素晴らしい魔道具なども生産している。それらが国交回復により我が国へ入ってくるのであればと、皆興奮を隠せない様子だ。
私が竜族の皇子に嫁入りするかもしれないという話も、我が家へと話は通されていた。
「どうして!? どうしてお姉様が竜族へ嫁入りなどという話になっているの!? お姉様、それならばそのお役目、私に下さるわよね!」
妹は激昂し、私に詰め寄った。
「そんなこと言われても……。私から魔力を奪ったのはあなたでしょう? ユーリ、魔力ゼロでなければ竜族には近づけないのだから、あなたは竜族には近づかない方がいいわ」
善意でそう言うと、妹はますます激昂して、私に髪飾りを投げつけてきた。
「はぁ……」
目まぐるしく動く状況に、私はため息を吐く。それでも時間は待ってはくれず、竜族の皇子を出迎える日はやってきた。
「ヴェルザード殿下です、くれぐれも失礼のないように」
珍しく着飾らされて、私は王城へと上がっていた。
絢爛な拝謁の間に、ヴェルザード殿下がいらしている。
「カークウェル公爵家のローズマリー・カークウェルです。よろしくお願いいたしますわ」
深くカーテシーを披露して、緊張しながらも挨拶をする。
「ほう、なかなか麗しいご令嬢だな。この者が我が花嫁となる女人か」
ヴェルザード殿下は、私を見てそう言った。
忌み子として蔑まれてきた私は、褒められることなどそうそう無いから、赤面してしまう。
立会人の宰相は、ヴェルザード殿下からは離れているけれど、それでも魔力にあてられているのか少し苦しそうだ。一方で、私は全くなんともなかった。
清涼で心地よい空気さえも、ヴェルザード殿下からは感じる。
「魔封じの腕輪で魔力を抑えてはいるのだが、それでも人族には辛いか」
苦しそうな宰相を見て、ヴェルザード殿下はふむと考え込む。
「やはり、国交を結ぶ上では外交に使える花嫁が望ましいな」
「は、はい。ローズマリー嬢は公爵家のご令嬢として外交手腕もピカイチでございまして……」
って、何を言っているの宰相!?
私は唖然として目を剥く。
外交だなんて、そんな教育は受けていない。ずっと忌み子として蔑まれてきたのだ。教育だって、家庭教師はつけてもらえず、王立学園でなんとか学んできた形だった。
「ローズマリー嬢、今度の王城主催舞踏会にて婚約のお披露目となる、準備をしておくように」
私たちの婚約は既定事項らしく、お披露目について宰相から指示された。
そして、舞踏会の日がやってくる。
「竜族の皇子ヴェルザード殿下、そして、ローズマリー・カークウェル嬢のご入場です」
アナウンスの声に従い、舞踏会の会場へと足を踏み入れる。人々の驚きの目線が私達に向けられた。
「ローズマリー、さっそく、ダンスを一曲踊らないか?」
「は、はい」
ヴェルザード殿下は気性が荒いと噂の竜族にしては紳士的で、私をゆっくりとエスコートしてくれる。
曲に合わせて踊りながら、殿下は私の腰に腕を回した。
「それにしても、この国に魔力ゼロの人間がまだ残っていたとは意外だったな。竜族との国交が断たれてから、魔力ゼロの人間を生み出す必要はなかっただろうに」
「私は……。私は生まれた時に母が亡くなり、忌み子として育てられてきたのです。そして、両親に愛されている妹が私の魔力を欲しがり、魔力譲渡の禁術を使われてしまったのです」
自分の生い立ちを、ポツリ、ポツリと伝える。
「それは……。生まれた時に母を亡くして哀れな子を、蔑むなどと、この国の人間は随分と野蛮なのか?」
ヴェルザード殿下は絶句していた。私はそれに慌てる。
うっかり生い立ちを話してしまったせいで、外交上の不利になってしまったら元も子もない。
「い、いえ! 私の家が特殊なだけだと思います。どうか、この国の印象までをも悪くしないでください」
私が慌てて言うと、ヴェルザード殿下は私の頭を撫でた。
「ローズマリー嬢、あなたは随分と苦労してきたのだな。あなたの家の人間にいい印象は抱けないが、この国までもを評価するのはまだ待とう」
ヴェルザード殿下は穏やかにそう言ってくれた。
私は失態が大ごとにならなくて、ほっと息を吐く。
その時——。
「どうして!? どうしてお姉様が竜族の皇子様と踊っているのよ!」
ヒステリックな声が、舞踏会の会場に響いた。
「ユーリ……」
「誰だあいつは?」
不愉快そうに眉根を顰めて、ヴェルザード殿下が言う。
「私の妹です。私のものを全て欲しがる癖があって……。ヴェルザード殿下のことも、おそらく……」
ツカツカと甲高い音を立てて、ユーリは私たちに近づいてきた。
「お姉様、私に譲ってくださいと言ったではないですか!」
「ユーリ、あなたには無理よ。私の魔力を奪った分、膨大な魔力をあなたは持っているのだから。竜族の気にあてられてしまうわ」
いくら大嫌いな妹とは言っても、竜族の魔力で体を壊しては外交上の醜聞になる。私が必死で止めるのも構わず、妹はヴェルザード殿下の腕に取りついた。
「皇子様ぁ、お姉さまではなく、私を選んでくださいな。お姉様は鈍臭くて、それに、呪われた忌み子なのです。皇子様には相応しくありませんわ」
「ほう、忌み子……か」
鸚鵡返しに返事をする殿下に、妹は目を輝かせた。
「そうです! お姉様は産まれる時に母親の命を奪ってこの世に生まれ落ちたのです。そのような不吉な女を花嫁にするなど、やめておいた方がいいですわ!」
「それが、この国の総意なのか?」
ヴェルザード殿下は、会場を睥睨する。
その鋭い目に、人々は目を逸らした。
殿下はふぅとため息をひとつ吐くと、妹の取り縋っている腕から腕輪をゆっくりと取り外した。
「って、え? きゃ、キャァァァァ!」
妹の口から、悲鳴が迸る。
会場中の人々が、魔封じを外した竜族の気にあてられて、うずくまったり、ふらついたりしていた。
そして、至近距離でその気を浴びた妹は……。
「ユーリ! ユーリ!?」
妹の肌が爛れ落ちていく。竜族の強すぎる魔力が人族にとって毒になるというのは、私が想像していたよりもずっと重たいことのようだった。
「姉の魔力を奪っておきながら、竜族の花嫁になりたいなどと、笑止千万。魔力がゼロでなければ、俺に近づいた人族はこうなる。気をつけろ」
忠告をするように、大きな声でヴェルザード殿下は言った。
妹は使用人達に抱えられるようにして、休憩室へと運ばれていく。
「ヴェ、ヴェルザード殿下。妹が大変失礼をいたしました。どうかそのお怒りをお鎮めください」
このままでは、人族と竜族との間に蟠りができてしまう。
舞踏会での事件を大ごとにしないために、私は必死でヴェルザード殿下へ取り縋った。
「ふん。やはり、魔力ゼロのあなたは俺が魔封じを外しても動じないか。やはり花嫁に相応しい」
焦る私とは対照的に、ヴェルザード殿下は満足げに私を眺めて頷いた。
舞踏会は中断され、私たちは王城の客間へと案内された。
「殿下、本日は本当に妹が申し訳ありませんでした」
「なに、気にするな。俺の方こそ、やりすぎた。あなたが忌み子などと言われて蔑まれているのを見て、我慢できなくてな」
「そんな……。でも、どうして殿下はそんなに私のことを気にかけてくださるのですか?」
「俺は……、俺も、生まれた時に母を失っているのだ」
「え?」
ヴェルザード殿下は、静かな語り口で話し出した。
「俺は竜族の中でも特別強すぎる魔力を持って生まれた。その魔力は、出産時に母を食い破るほどの強さだったんだ。だから俺は、魔力に一切影響を受けることのない、魔力ゼロの花嫁を探していた。俺の強すぎる魔力をたとえ子が受け継いでも、魔力ゼロの妻であれば、出産時に魔力の影響を受けることはない。だから、閉鎖的な国の反対を押し切って、人族との国交回復を図ったんだ」
「そう……だったのですね……」
私と同じ、出産時に母を亡くした仲間だったのだと知り、私は急激にヴェルザード殿下に親近感を覚えるようになっていた。
「殿下……私も同じです。生まれた時に母を亡くして、今まで孤独に生きてきました。同じ境遇で生きてきた殿下をお支えできるなら、私にとってもとても嬉しいです」
そっと、殿下の肩に頭を預けると、殿下は優しく私の頭を撫でてくれた。
それから、私たちは竜雲国へ向かうことになった。
妹の起こした騒動は、ユーリの自業自得ということで殿下が罪に問われることはなく、私にとっては一安心だ。
出発の日、誰も見送りには来なかったけれど、私は幸せだった。
竜に変身した殿下の背に乗り、私は雲の上の竜雲国に向かう。
竜雲国は白い宮殿と花園のある、この上もなく美しい場所だった。
宮殿の中に出迎えられた私は、竜雲国の中で大層歓迎された。
「これで、魔力の強すぎる殿下でもお子様が無事に生まれてきてくれそうですね」
「魔力ゼロなら、強い魔力と干渉することはありませんからね」
口々に言う人々は、私たちを祝福してくれる。
そうして歳月は流れていき、五年後のこと。
「お母さまー! ほら、花かんむり作ったの!」
息子が、嬉しそうに駆け寄ってくる。
その手には、少しいびつだけれど綺麗に作られた花冠が握られていた。
「ありがとう、ディナク、さあ、お昼ごはんの時間よ。行きましょう」
妹に魔力を全て奪われた私は、幸福な家族と外交官の立場を手にいれていた。
「ローズマリー、執務を休んできた。一緒に昼食を食べよう」
ヴェルザード殿下と、息子のディナクと一緒に手を繋いで、私は虹の下を歩いて行った。
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またたくさん短編も書いているので、そちらもお楽しみいただけたら幸いです。




