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第八話 広がる光景

 故郷の〈ツバラキ〉でも創立記念祭の日は神社の境内や集会施設に人が集中し、それ以外の場所では全くと言っていいほど人の気配を感じさせなくなっていた。そしてその現象は、現在のエストリアの街でも同じだった。

 

 01 を寝かした時計塔を背に閑散とした街を走り抜ける少女がいた。その少女は顔に苦痛の色を浮かび上がらせながらも、自らが助けたいと願う 01 の始めた戦いの結末を見届けなくてはならないという、己に定める責任のために駆けている。

 

 周りの景色は重苦しく無機質な建物群から、道行く人々を魅了するような華やかな装飾の建物へと姿を次第に変えていく。この辺りは飾りつけもされており、近くで祭りをしている空気を漂わせている。

 しかし、どこにも人が見当たらない。

 

(…なんだろう。嫌な予感がする。あまりにも静かだ。)

 

 時計塔に入る前までは祭りの喧騒が風に乗って、アラヤたちの耳にまで届いていた。しかし、時計塔から出て祭りの会場へと近づいている今、祭りの殷賑(いんしん)とした音は全く耳に届かない。その異常な静けさに、どことなく嫌な感覚がアラヤを襲った。

 

 そして祭りの会場のひと区画である、泉の隠された森の入り口が目に入ったとき、アラヤが聞いたのは人々の祭りを楽しむ幸せな声でなかった――人間の悲鳴と慟哭、魔力の爆ぜる音だった。

 

 魔法で互いに殺意を向けあう、魔法使いと少年。けがをして倒れ伏す人間。あるいはもはや息絶えた人間。

 炎や雷撃が空を裂き、怒号と絶叫が混じりあい、建物の瓦礫や魔法の流れ弾が地にいる人間に容赦なく降り注いで、絶望をもたらしている。

 

(なんで、なんでこんなことに…。)

 それはアラヤが期待していたものではなく、信じたくない凄惨な光景に立ち尽くしてしまう。

 

( 01 はちゃんと記憶を共有できたはず…。なのに、なんでこんなことになるの?)

 

 軽いパニックは想定していたが、記憶を見せただけでこのような地獄のような状況になるとは思えない。

 到底受け入れられない現実に身動き一つできず、しばらく思考を巡らせていると、上空で魔法のはじける轟音と閃光に現実に引き戻された。

 

 その下、足を怪我しているのか地面に倒れて逃げられないでいる男性がいた。

 アラヤがその男性に気づいたとき、上空の激戦の流れ弾が彼に降り注ごうとしていた。

 

「――危ない!」

 

 傷だらけの重い体を動かし、男性と弾幕の間に割って入る。

 直後、身体に重く衝撃が走り、周囲に爆ぜる音が響きわたる。

 

(あ…危なかった…)

 

 間一髪だった。

 男性の前に立ち防御態勢をとると、妖赫魔法で作り上げた血の盾で魔法弾を防ぎ切ることに成功した。この血の盾は以前のケイオス戦での血の殻を応用したもので、部分的により高密度かつ高硬度に成型したものだ。

 その血の盾は硬いし丈夫だが重い。そのため魔法を防げても、今のアラヤの体の状態じゃ防いだときの衝撃が強く伝わる。

 

 しばらく全身に走った痛みに耐えてから、男性の状態を確かめた。

 

「あの、大丈夫ですか…?」

 

「はい…。ありがとうございます…」

 

 男性は弱弱しく応答した。

 アラヤはその言葉を聞いて少し安心して、ぼろぼろの体を力いっぱい動かした。

 

 男性を戦火の及ばなさそうな建物の影まで運び、怪我をしている足に、ある程度の応急処置を施した。

 男性は若く、恰好からして屋台の店員をしていたのだろう。紺色のエプロンを着ており、そのポケットからは透明な手袋が覗かせている。しかし、エプロンには男性の血が付着したのか赤黒く染まっている。

 その痛々しい姿に「ひどい」と声を漏らしてしまった。

 

 そしてなぜ、こんなことになったのかを、一息つき落ち着いた男性に聞くことにした。

 

「――昼すぎくらいだったと思う。」

 

 痛みに耐える色を声に混じらせながら、話し始めた。

 

「俺は店でこの街の名物の鈴焼(すずやき)を作ってたんだ。」

 

 鈴焼は知っている。透明な甘い飴の中に更に小さな飴の玉を入れたお菓子。カラカラと鳴り、飴が転がる様子から鈴焼と呼ばれている。男性は話を続ける。

 

「そして丁度、在庫の半分を作り上げたとき、いきなり視界が暗くなったかと思えば、知らない家族の一員になっていたんだ。でも俺はどこかその光景が懐かしくて、それでもってすごく悲しかった。」

 

 それはきっと 01 の記憶と感情だ。

 

(記憶を共有する魔法は成功していたんだ。でも、じゃあなぜ記憶を共有しただけでこんなことになったの?)

 01 の魔法が成功していたことに安堵しつつ、更に今の状況にアラヤは疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「その夢の中で、俺は薄い金髪の少年と仲が良かった…。でも場面が切り替わったときには、その少年は金持ちの男に拷問され幽閉され、疲れ切っていた。」

 

 男性は「うっ…!」と、うめき声をあげて足を抑える。

 アラヤの魔法は血に熱を持たせて熱くすることはできるが、冷やすことはできない。つまり、アラヤは男性の苦痛を癒してあげることができないのだ。

 男性は荒くなった息を整えようと、深呼吸をして自分を落ち着かせようとした。

 

 男性に何もしてあげられない自分に酷く嫌気を感じた。

 

「…すまない。続けるよ。」

 

「いや、痛いなら無理に話そうとしなくても大丈夫です! 私から聞いたことですが、今は安静にしましょう!」

 

「いや、話させてくれ。…痛みから気を紛らわせたいんだ。それに、君のその赤い魔法は東方の魔法だろ? その力は誰かを守るために使えるはずだ。俺の話を聞いたうえで、正しく使ってほしい。」

 

 この混乱しきった状況で、何が敵なのか味方なのか分からないはずなのに、この男性はアラヤに正しく使ってほしいと言った。彼が見た 01 の記憶の中で何か思うことがあったのだろうか。

 

「…続けるよ。今思えば、俺は夢で見た金持ちの男も少年も知っていた。少年は俺たちが街中で見ているあの人形だ。そして、金持ちの男はこの街の権威――〈ドクタス・アルヴァラス〉だ。…まさかあんなことをしていたなんてな」

 

 男性はその夢の内容が現実で起こったことだと信じているかのように語った。これも 01 が言っていたように、思想を植え付けるあの機械の影響なのだろうか。そのように 01 が記憶と思考を共有した可能性もあるだろう。

 

「あの夢の中で、夢の中の俺と仲の良かった少年が死んだことが判明した時、俺は現実に帰ってきた。祭りの会場の人間も呆然としていたから、俺と同じ夢を見たんだと思う。」

 

 そのあとに「ただ――」と付け加えて男性は言う。

 

「夢の中の少年とそっくりの人形たちだけはこわばった表情をして、周りを見ていた。俺は見たことのない彼らの表情に酷く恐怖したよ。それと罪悪感も。」

 

「その後は、どうなったんですか」

 

 アラヤは男性に話の続きを聞くが、「よく覚えていない」と一言。

 

「でも、少しだけ。人形のうちの一人が何かを話し始めてから、一人の男が衛兵を連れてやってきて、そこから具体的にどうなったかは思い出せないんだが、気づけば今みたいに街の魔法使いと少年たちが殺し合いを始めていたんだ。衛兵を連れて歩いてきた男はドクタスだったはずだ。」

 

 男性はその後、屋台からでて逃げようとしたときに瓦礫に足を潰されて今に至るらしい。

 

 ここはいくら戦場から離れているとはいえ、いずれ巻き込まれる。完全に安全とは言えない。男性をもっと安全な所へと運び出すべきだが、先を急ぎたいという気持ちもある。

 この葛藤が表情に表れていたのか、男性が言った。

 

「俺は言ったはずだ。君の力は多くの人を救える。俺はできるだけここから離れてみる。君の処置のおかげで少しは動けそうだからね。だから、行ってくれ。」

 

 その言葉を聞いても尚、迷っているアラヤに男性は微笑みかけた。

 

「ごめんなさい。ありがとう」

 

 そう言って、この場を立ち去り、先を急ぐことを決心できた。

 

 瓦礫と弾幕が降り注ぐ戦場を駆け、泉のある森の奥へと歩を進めていく少女が一人。

 満足に動かない満身創痍の体に鞭を打って、託された悲願と期待をその身に宿し、歩みを止めずに道を進んでいく。

第八話を読んでいただきありがとうございます!

現実の方で少し忙しくて今週は一話限りの投稿となりそうです。読んでくれている方は申し訳ありません。


今回の話は物語のテンポを遅らせるような気がしましたが、個人的にはなんというか、うまくことが進む話を好まないのでテンポを悪くしてでも挿入しておきたいなと思いまして。投稿ペースも遅いし、執筆速度も遅いのに甘いこと言うなよと思うかもしれませんが、そういうやつなんだと流してください。

次回は何とか水曜日に出せるように間に合わせます。

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