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第七話 地下の奥

 多くの人が訪れる場所にカギがかかった扉があっても、人々はそこが掃除用具室や施設の裏口などと考え、大して深い意味を見出したりはしないだろう。

 そういった意味では、いまアラヤたちの目の前にあるこの扉は極秘技術を隠すためには、奇を(てら)った絶好の位置にあり、うまく溶け込んでいるといえる。

 

 重厚(じゅうこう)なつくりをしているその扉の横の壁には、何やら見たことのない黒い小さな箱のようなものが取り付けられている。

 知的な雰囲気を漂わす女性――カリスタが首から垂れ下がっていた名札をその黒い箱へかざすと、耳をつんざく「ピー」という高い音が鳴ったと思ったら、扉から開錠(かいじょう)したような音が重々しく鳴り響いた。

 一連の流れから、この横に取り付けられている箱は職員を識別するためのデバイスか何かなのだろう。そして、この扉にアクセスできるこの女性は一体何者なんだろうか。

 

 01 の固唾(かたず)を飲み込む音が聞こえた。この場所は 01 の記憶に存在するのだろうか。その表情から緊張が読み取れる。

 

「 01 大丈夫? あまり無理はしないで」

 

「…ありがとうございます。僕は大丈夫です。行きましょう」

 

 カリスタはアラヤたちのやり取りを無視して扉を開いた。

 扉の先には地下へと続く階段。階段は時計塔の入り口の空間と同じく、光源は見当たらないが淡く光る。階段を上り下りするには、あまりにも頼りない光だ。

 

 カリスタはそれをものともせず、階段を下っていく。アラヤは 01 の方を向くが、彼は先ほどの弱弱しい表情とは違い、覚悟を決めている顔をしていた。二人はカリスタに続いて階段を下りて行った。

 

 何度か階段を踏みはずしかけたが、無事に階段を下りきった。その先にもまた同じく扉が立ちふさがっている。

 カリスタが名札を掲げ、同じように扉を開錠した。

 

 扉を越えた先には先ほどまでとは打って変わって、明るい空間。

 部屋全体は白く、地面はタイル、ベンチや観葉植物などが置かれていたり、病院の待合室のような様相を呈していた。部屋の正面には奥へと続く通路が一つ、左右に通路が一つずつ分かれている。

 全くもって人の気配がしない。この空間に得知(えし)れぬ不気味さを感じ、身動きができないでいるとカリスタが口を開いた。

 

「ここを左に曲がって突き当たりを、右に。そこにあなたたちの目的のものがあるわ。この先は私のIDがなくても大丈夫。古いデータが、そっちの少年の生体情報を記憶しているはずだから。」

 そう淡白にアラヤたちに告げた。

 

「ありがとうございます、カリスタさん」

 そうお礼を告げる 01 の言葉を受け取り、カリスタは元来た道を戻っていった。彼女の足音が遠ざかり、辺りは静寂(せいじゃく)に包まれる。

 

「…行きましょう、アラヤさん」

 その言葉にアラヤは頷き、アラヤたちはカリスタが話した通りの道順に沿って歩き出した。

 

 目的地までの廊下は、壁一面が白いのもあって光が眩しくも感じる。幅は狭く、二人で横に並んで歩くのがやっとだ。

 左手には大体十m間隔で扉が並んでおり、部屋の用途を記したものはないが、扉に「01~10」、「11~20」など番号を10刻みで数えたプレートが備えられている。人の存在を拒むような無機質な空気に冷たさを感じる。

 

 五つほど扉を通り過ぎたとき、突き当りにたどり着いた。ここも左右に分かれているが、カリスタの言葉を思い出し、二人は右を選ぶ。

 その瞬間だった。

 

 前方四つ先の扉が、いきなり激しく音を立てて開いた。その衝撃に肩を震わす二人。

 アラヤは最大の警戒を払い、いつでも戦闘ができるように構えた。その扉から「ヒタ、ヒタ」と何かが出てくる音が聞こえてくる。

 その正体は何なのか、その開かれた扉に注目をしていると、背後から、来た道から、連鎖的に扉が開かれる音が近づいてくる。

 

 廊下の扉がすべて開かれたのだ。

 

「走り抜けましょうアラヤさん!」

 

 そう叫び、アラヤの手を引く 01 。

 後ろから禍々しい空気を感じ取れる。アラヤは走りながら魔力を右手に集中させ、いつでも魔法を使用できるように準備した。

 

 最初に開いた扉の直前に着いた時、二人の背後に強い衝撃が走った。

 二人は前に強く吹き飛ばされ、倒れ込んだ。


 アラヤがまず第一に警戒していたのは最初に開いた扉。扉と扉との間隔は最低でも十数mは空いていたので、背後からの奇襲はあまり警戒していなかった。そのため、予想外の攻撃に対応できなかった。

 

 息ができない。なんとか血中の魔力の濃度を上げていたので、致命的な損傷は避けられたはず。しかし、鈍い衝撃が全身へと伝わり、呼吸を阻害された。

 01 へと目を向ける。01 も痛みにもがき苦しんでいる様子だった。それだけじゃなく、額からも血を流している。倒れた拍子に打ったのかもしれない。

 次に奇襲を受けた背後に視線を向けた。

 

 それ(・・)の正体は何とも気味の悪い形をしていた。

 見えただけでも50体以上はいることがわかる。

 なんとも形容しがたい外形をしていた。個体によって形は異なるが、全身はいつか見たケイオスのように黒く、短いが足のような部位で二足で立っている。個体によっては人の手を全身から伸びるようにはやした個体もいれば、ゲル状にブヨブヨとした個体もいる。

 

 空気が一瞬にして冷え込むのを感じた。

 アラヤは右手から血の刃を生み出し、その異形に向けた。

 

「01 立てる?」

 あの状態の 01 にこんなことを聞くのは酷かもしれない。しかし、目標はもう目の前にある。

 

「…何とか」

 今にも消えてしまいそうな弱弱しい声でアラヤの問いに答える 01 。

 

 廊下の奥には扉が見える。異形どもはその方向にはいない。

 

「あの扉。あれがきっと 01 の目標よね。なら――君だけでも行って! 私はここで食い止めるから!」

 

「でも、アラヤさん…この数は…」

 その時の 01 の顔は見れなかったが、きっと迷いの表情を浮かべていたかもしれない。声色で彼の感情がなんとなく読み取れたのだ。

 恐怖と痛みで震えながらもアラヤを案じる様な悲しげな声だった。

 

「気にしないで! 早く!」

 そう強く言い放ち、アラヤは異形の群れへと対面する。その手は少し震えている。

 

 01はその言葉に背中を押されたかのように、残る力を振り絞って、扉へ走っていった。

 

 ――数は多い。しかし一体一体の動きは単純だ。

 統率も取れておらず、互いにぶつかり合って、目の前の獲物にただ本能のように飛びついて来ているかのようだった。その勢いはまるで獣のようでもあり、そのどこか壊れた動きは使い古された機械人形のようでもあった。

 

 アラヤの魔法は血を使う以上時間との勝負だ。しかし、血液の液体の性質を用いれば、血の剣だけではなく様々な形に応用が利く。

 右手に持っていた刃が形をかえ、伸縮する。そして血は鎖のように伸びて、前方の異形たちを薙ぎ払った。集団や遠距離の相手に対して有効な血の鎖鎌(くさりがま)だ。

 ただこの通路の狭さでは鎖鎌が壁にぶつかり勢いが殺されてしまい、思ったように振るえない。

 

「もう、じれったい!」

 

 アラヤは鎖鎌の形を変えて、また血の剣へと成型した。同様に左手にも剣を成型し、二刀を構えて異形に振るった。

 この異形たちは統率も複雑な動きもないが、動きが速い。目で追えないほどの動きではないけれど、どんどん距離を詰まされて休む暇がない。

 

(こいつらの攻撃は、基本は噛みつきか体当たり。だから間合いに入らせさえしなければ、大丈夫)

 

 しかし、アラヤの気づかぬうちに肩やふくらはぎに切り傷や打撲により赤くなっているところができていた。

 全く油断できない。とにかく短期決戦、アラヤは全力を出して攻撃を繰り出していく。

 

 ――どれほど経っただろうか。

 息が切れて、腕が重い。腕どころではなく全身が、おもりを抱えて立っているかのように重い。全身が脈打っているのが分かる。

 体のいたるところに傷ができていた。傷口は魔力で無理やり固め出血を止めている。致命的な血液の漏出は防いだので命の心配はないはず。この時ほど、魔力を周囲から吸収する自分の体質に感謝したことはない。

 

 倒れた異形の体液が通路のあちこちへと飛び散り、黒く染まっている。

 天井からこべりついた体液がぽつぽつと滴り落ちる。

 

 ――気づけば静寂。

 前方に大量にいた有象無象は、地に切り捨てられていた。

 

 緊張がほどけ、目の前の惨状と疲労により胃の奥から異物が逆流してくる。

 その場に膝をつき、吐いた。

 嗚咽(おえつ)を押し殺し、口元を拭く。

 

(違う。化け物たちを切っているときのあの、嫌な感情は。きっと違う。)

 

 アラヤの感じていた感情――悲哀(ひあい)

 あの異形たちが救済を求めているような、生きたい意志があったかのような。ありもしない感情をあの異形たちから感じ取っていた。

 それも相まって、

 

「…疲れた」

 

 扉の方を見ると、いつの間にか目の前にまで扉が近づいていた。戦ううちにここまで後退していたらしい。

 ふらつく足で立ち上がり、鉄のように重い腕を上げて、取っ手に手を掛ける。

 ――ぎぃ、と音を立てて扉が開いた。

 

 そこには広く、暗い空間が存在していた。

 しかし中央には何重もの目をつむりたくなる程の輝きを放つ煌々(こうこう)とした光の輪が機械を囲んでいた。

 その機械は椅子のような形状をしており、それに 01 が深く腰を下ろしている。

 

 なにかヘルメットのようなものを被っており、目をつむっていた。

 

「… 01 ?」

 肩に手をあて声を掛ける。

 応答はない。

 

 もしかしたら、01 の言っていた魔法を行使している最中なのかもしれない。

 しかし、嫌な予感が脳裏によぎり念のために、少年の首元に指を当ててみる。

 

「……そんな」

 

 脈がなかった。

 体から血の気が引き、全身が凍えるように冷える感覚に陥る。

 頭部の傷は軽い傷だと思っていた。死に至るほどのものではないはず。

 しかし、機械の下からは大量の血液が垂れた痕があり、血だまりを作っていた。

 

 ――背中か。あの時の奇襲、その時に背部に致命傷を。

 思考を巡らせる。しかし、いくら考えても結果は変わらない。

 

(私の魔法は私の血にしか使えない。他人の血はどうしようもない。じゃあ、輸血は――)

 

 だめだ。アラヤの血が 01 と適合するかも不明。今の状態で輸血をしたところでアラヤも失血死しかねない。

 

 心拍が止まっている以上、輸血に意味はない――そんな当たり前の理屈さえ、今のアラヤには浮かばなかった。それほど、今の状況への動揺や精神へのダメージが大きかった。

 

 もう助ける術はない、

 

 その現実に打ちのめされるアラヤ。

 頬を涙が伝っていた。

 

「あの時、背後にまで気を使っていれば…」

 唇が震え、それに合わせて声も震えた。

 アラヤの脳内には後悔の念ばかり溢れている。

 

 しばらくしてから息を整え、もう一度 01 の顔を見る。

 穏やかな表情で眠っている。

 彼の目的は果たせたのだろうか。

 

 それを確認するために会場に向かわなくてはならない。彼の悲願を最後まで見届ける義務がアラヤにはある。

 そう考え、立ち上がる。

 

 彼の亡骸を椅子から運び出し、地下への入り口に寝かせた。

 

「こんなところで寝かせることになるけれど、後で迎えに来るから」

 

 アラヤは激戦になることも想定して、予備の服を地下の階段に置いておき準備していた。異形の体液と 01 の血で染まった服を 01 に被せ、予備の服に着替える。白のシャツにローブを羽織り、下はいつもの動きやすさを意識したキュロットパンツを着る。

 

 時計塔を出ると、冷たい風が吹いていた。陽はまだ高い。15時くらいだろうか。

 すでに体は疲れ切っていたが、 01 が目的を達成したのか確かめるために祭り会場へと急がなければならない。

 

 ローブの裾を風に揺らし、走り出す。

第七話を読んでいただきありがとうございます。

今回は少しだけ戦闘描写をはさみましたが、どうでしたでしょうか。今まで変化が少なかった分、ここで動きのあるシーンをと思い、頑張って書きました。

この話も本来は六話の内容と七話の内容で一つの話として構想していたのですが、描写を練るうえで長くなったので分けた次第です。


執筆って難しいですね。

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