第三話 夜空の下で
夕焼けの住宅街。赤く染まり、薄暗くなった道で一人の少年と、一人の少女が向き合っていた。
しかしその場に流れる空気はどこか普通ではなかった。
アラヤにとっては、この少年との出会いは三度目なのだ。一度目は町の広場で。二度目は宿の受付で。そして三度目が、いま。
この街に到着した時に感じた「何かとの出会いの予感」。その予感が的中した気分なのだが、あまりいい気持ちにはなれない。
眼前にいるのは淡く輝く金色の髪と、翡翠のように澄んだ瞳を持つ少年。彼は今まで出会ってきた少年と同一人物なのか。それとも魔法による何かしらの存在なのか。
そう思考が巡るうちに、
「あ、ごめんなさい。何か困っていらしたように思えたので…」
その言葉でアラヤははっと我に返る。
「あ、私こそごめんなさい! 少し考え事をしていて…。それより、ちょっと道に迷っちゃって、この辺りに詳しかったりするかな? 少し案内してほしいんだけれど。」
「やっぱり! いいですよ! 着いてきてください!」
にこやかに笑う少年。その無邪気さに、アラヤの心も少しだけ安らぐ。
少年は軽快な足取りで前に躍り出て、迷いなく道を進み始めた。
アラヤもその背を追い、歩き出す。
――案内されて歩くこと20分ほど。「ケータイ」があれば正確な時間もわかるのだが、あいにく宿に忘れてきてしまっている。今までは街に点在していた時計灯やお店の時計などで確認できていたが、周りにそういったものはない。
食べ歩きに夢中になっていたために正確な道などは覚えていないが、男の子に着いて歩いてきた道にあまり見覚えがない。
(まあ、私が知らない大通りに抜けるための道があってもおかしくはないかな)
と自分を納得させる。
空はもうすでに薄暗い。西の空には沈んだ陽の余光が夜と黄昏の境界をつくりだしている。
気づけば住宅街からは遠ざかり、人の気配を微塵も感じさせなくなっていた。大通りどころか、むしろ街の外へ向かっているような静けさと暗さに包まれている。
「ねえ、本当にこの道はあっているの?」
アラヤがそう声を掛けても男の子は振り返りも返事もしない。
周りに見える建物も次第に少なくなってくる。後ろを振り返ると街の明かりが遠くで煌めいている。街の上空を照らし、星を隠しているその光がエストリアをフロームで一番の街だと思い出させる。
それは町から逆の方向に遠く離れてきたことを意味していた。
「ねえ、ここはどこなの? 聞いてるの?」
街から遠ざかるこの状況に焦りを覚えていたアラヤはそう聞くと、男の子がようやく口を開いた。
「……僕は、今日あなたと初めて会いました」
彼が何を言っているのかアラヤは理解できなかった。
「しかし、あなたは住宅街で僕と会ったとき驚いた顔をした。この街の人たちは、僕を見てもそんな表情はしません。全く」
男の子はただ前を向いて歩きながら淡々と話し続ける。その声には抑揚がなく不気味に思えた。
「何の話なの? 私の質問に答えて!」
アラヤは声を強めて言う。何か嫌な予感がして強引に男の子の話を遮ろうとした。
だが
「それはなぜだと思いますか? ――あなたはうすうす気づいているんじゃないですか? 僕の存在に」
アラヤの声を無視してなおも話し続ける。
「外から来る人もなぜか僕たちの存在に違和感を持ちません。僕たちは気づいてほしいのに」
その声はわずかに震えていた。
周囲には木々が点々と立っている。足元には舗装されていない土の道。夜闇に響く虫の乱れた合唱。暗くてよく見えないが近くに川があるのか、せせらぎが聞こえてくる。
少年は立ち止まり振り向いて、暗闇でも分かるほどの綺麗な翡翠の瞳でアラヤをまっすぐに見据えて言った。
「――あなたに頼みがあります。この街で、唯一普通のあなたに」
何度も同じ人に出会う。それは特段不思議なことではない。小さな町であれば近隣の人と毎日のように顔を合わせるし、観光で訪れた街ならば行く場所も決まってくるので「見知った顔」が二つや三つあるのもおかしくはない。
しかし、この広い街の全く別の場所で全く同じ容姿の人間に何度も出会うとなれば、その偶然を疑うべきだろう。
アラヤは薄々勘付いていた。
(この子は双子なんかじゃない。同一人物に何度も出会ったわけでもない。もしかしたら、全く同じのこの男の子がたくさんいるんじゃないの?)
この子の今の話。今まで出会ってきた少年。あらゆる事象がアラヤの仮説を真実へと姿を変えていく。
「君は…何人いるのかな?」
そうアラヤがほぼ確信交じりで聞いてみると
「――いっぱい」
そう悲しそうに微笑んで男の子の頬には涙が流れ落ちた痕見えた。
少年はしばし黙り込んだ後、ポツリと語りだした。
「…事の始まりは今から18年前のこと。この街の片隅に両親と三人で幸せに暮らす男の子がいました。」
少年曰く、その男の子の名前を「アンディ」という。どこにでもいる普通の男の子だったアンディは八歳のある日、特別な力の存在に気づいた。
その力は自分とほぼ同じ個体を自分の体から分裂して生み出す魔法――「分裂」。
しかしその魔法は無尽蔵に自分の同一個体を生み出せる分、大きな代償を抱えていた。それは分裂体を生み出すたびに魔法の使用者本人に強烈な苦痛を与えるというもの。
「アンディは自分の力がすごく強力なもので恐ろしいと感じていました。だから一度魔法を使ったきり、二度とつかわないことに決めたのです。アンディの両親は彼へ理解を示し、寄り添い共にその運命を背負ってあげていました。――僕のことも…。」
そう語る男の子の眼には涙が浮かび上がっていた。
「ごめんなさい。続き話しますね。それでも僕らは幸せに暮らせていたんです。でもその幸せも長くは続きませんでした。アンディと、アンディと瓜二つの分裂体を同時に目撃されてしまったんです。この街の悪徳な拝金主義の男によって。」
彼が言うにはその男は何かしらの手口でアンディが分裂の魔法を有していることを突き止めたらしい。
「あの男はそこに価値を見出したのでしょう。僕たちを誘拐し、男が所有する研究施設に監禁したのです。それから毎日、拷問のように彼に魔法の行使を強要したんです。アンディは目に見えて衰弱していきました。そしてその日は突然来ました。アンディが自死したんです。その日、彼の10歳の誕生日でした。」
「そんな…」
アラヤはあまりにも早いアンディの死につい言葉を漏らす。
男の子は先ほどまでと違い、その目に溢れんばかりの涙が滲んでおり、涙がこぼれるのを必死に耐えているように見えた。
「でもあの悪魔のような男の企みは終わらなかった。あいつはアンディから魔法の抽出、つまり魔法の情報を複製して使えるようにアンディから魔力を取り出すことに成功していたんです。分裂体は本来魔法をつかうことはできません。でも男は分裂体にアンディから取り出した魔力を吸収させ、分裂を使える個体を新たに生み出した。そこからは同じことの繰り返しです。」
その後、アンディに魔法を強要した男は分裂体に教育を施し、〈万能雑用代行人形サービス〉という名目で貴族や経営者層向けに商売を開始した。
「もう気づいているかもしれませんが、あなたの目の前にいる僕がアンディが初めて生み出した分裂体〈01〉です。」
では、なぜ彼がアラヤに助けを求めたのか。
少年は淡々と、けれどどこか切実に語る。
街の住人は、彼らの存在を「日常の一部」として受け入れてしまっている。姿形が同じ人間が大勢いても、誰も疑問を抱かない。外から来た人間でさえも、なぜか違和感を持たず、見過ごしてしまう。助けを求めたこともあったが、解決には至らなかった。
――そんな中で、アラヤだけが気づいた。
だからこそ、01は一縷の望みを託したのだ。
「つらかったね。解決できるかは分からないけれど……私にできることがあるなら、協力するよ」
「つらかったね」そんな一言では彼らの悲劇は収まりきらない。でもそう言ったアラヤに、01は小さく「ありがとう」と呟き、ほっとしたように微笑んだ。
ここは街の中心から遠く離れているため、頭上には星空が広がっている。先ほどまでとは違い、澄んだ夜気に混じる虫の声が、不思議と心を落ち着かせる。近くのちょうどいい大きさの石に並んで腰を下ろすと、アラヤは問いかける。
「……01は、どんな結果を“解決”だと思っているの?」
「三つです」
少年は遠くを見つめながら答えた。
「僕たちが本当は、れっきとした人間であることを証明すること。
オリジナルのアンディが、ある男によって殺されたという事実を明らかにすること。
そして……僕らにも人権を与えられること。
オリジナルの悲劇を世に晒し、残された僕たちが自由になる――それだけでいいんです」
その声は淡々としていたが、滲む願いの重さはアラヤの胸を打った。
「だから、アラヤさんにはまず……この事を、エストリアにいる仲間たちへ知らせてほしいんです。僕らもこっちで動きますから」
「分かった。……でも、正直どこに行けば君たちの仲間を見つけられるか、見当もつかない。街をテキトーに歩けばいいの?」
「それでも出会えるはずです。でも確実なのは、お店で働かされている子たちや……研究区域にいる仲間ですね」
「研究区域って、部外者も入れるの?」
「一部は駄目ですけど、基本的には入れます」
「じゃあ、見つけて事情を伝えたとして、仲間たちには何をさせたらいいの?」
「それは大丈夫です。僕らには、月に一度集まる場所があるんです。比較的自由に動ける仲間たちだけですけどね。だから事情を知った子たちは、そこで自然と集まるようになります」
「……なるほど」
「なのでアラヤさんが声を掛けるのは、全体から見ればほんの一部で済むはずですよ」
そう言って01は立ち上がる。
「じゃあ、明日からよろしくお願いしますね、アラヤさん」
「うん、一緒に頑張ろうか!」
二人の頭上には、満天の星空。
心地よい夜風が吹き抜け、まるでこれからの二人を後押ししているかのようだった。
「あ、そうだ。街の方まで、もう一度案内お願いできるかな?」
『赫、燦々と ~血盟の旅路~ 』第三話 を読んでくださりありがとうございます。読者の皆様にどのように伝わっているのかわかりませんが、少し暗いお話しになりましたね。
まだいろいろと説明できていなかったり、伝えきれていない部分が多くありますが、一つの話にあまり多く詰め込み過ぎてもしんどくなると思いますので、追々書けていけたらなと思います。
研究しながらの連載ですが今後ともよろしくお願いします!




