第二話 エストリアの街
舗装されている道を一台の車両が悠々と走っている。その中で窓から吹き込む柔らかな風を浴び、つややかな髪を靡かせて座席に腰かける少女は―――アラヤ・ナミウチ。
ここはソノ・ハゼラキ市バースと、首都アルケーへの玄関口であるフロームを結ぶ国道。
「また迷うのは、もうごめんだからね……」
苦笑しつつ胸元の荷物袋を撫でる。その中には以前紛失した魔法地図がある。バースで買い直したのだ。今回は道に迷うことを懸念して、徒歩ではなくマギカーを選んだ。
マギカーとは魔力を動力にする乗り物で、平均時速40から50キロ。半年間もエネルギーの補充なしで走り続けられる優れものだ。多くの人がこぞって利用するのも当然といえる。
ただし、料金は決して安くない。バースからエストリアまでは15アース。首都アルケーまで直通なら24アース――およそ1週間分の食費に相当する額である。
今回アラヤが気前よく15アースを払えたのは、先日のケイオス討伐で臨時報酬を得たからだ。人助けのつもりだったが、旅を続ける以上はお金も大事、というわけで。
「……。」
窓外に広がる森を眺めながら、不安げな表情を浮かべる。街道のおよそ6割は深い森の中を突き抜ける。
「運転手さん、この道って安全なんですか?」
「ケイオスや魔物のことですかい? そりゃ大丈夫ですよ」
ハンドルを握る中年の運転手が、振り返りもせず朗らかに答える。
「魔物はマギカー自体を怖がって近寄りませんしね。ケイオスに関してはこの道から”音”が出てるんですよ」
「音ですか?」
「ええ。人間には聞こえないけど、ケイオスにとっては本能的に嫌う不気味な音だそうで。おかげで奴らも近づいてこないって寸法です。魔物にも多少効くんで、歩きの人も安心できるくらいですよ」
「……そうなんですね」
思わず小さく息を吐く。なるほど、そういう仕掛けなら信じてもいいかもしれない。
――アラヤの胸の奥にはまだ、黒い影が巣食っていた。
血にまみれた被害者の姿。倒れた警官たち。漆黒の一つ目を持つケイオスの不気味な声。
あの惨劇を思い出すたび、背筋がひやりと冷える。
(……私は、もっと強くならなくちゃ)
小さな決意を心の中で呟く彼女を乗せ、マギカーは静かに森を抜けていった。
森の中を一時間ほど走っていた。だからこそ、木々を抜けた瞬間に飛び込んできた日差しはやけに眩しく感じられた。
アラヤは思わず目を細める。けれど、その限られた視界でも分かる。外に広がる光景が、とんでもなく美しいことを。
見渡す限りの大平原を駆ける野生の獣たち。
きらめく水面を太陽の光が反射して、昼間だというのに星のように瞬く大河。
空には自由を誇る鳥たちが舞い、青く澄んだ天蓋を好き放題に飛び回っている。
さらに北の彼方には、果ての海すら見えた。
吹き込む風はひんやりと心地よく、頬を撫でるたびになぜか甘い味がするようだった。
アラヤは思わず息を呑んだまま、しばし景色に見とれてしまう。
――そして。
進行方向に目を移すと、長い橋の先に街が見えてきた。
今回の目的地。〈ソノ・フローム市エストリア〉。
「お客さん! もう5分もすれば、フローム最大の街エストリアに到着しますよ!」
運転手の声が、車内に響いた。
――ルート統一王国
かつてその地には六つの小国が存在し、動乱の時代に連携しあい、やがて一つの大国として誕生した国。その一角を担うのがここフローム市を抱える〈ソノ国〉。
アラヤは昔、故郷のカナギでルート王国の歴史を記した本を読んで、ある程度ソノ国に対しての知識を有している。
その本によると、ソノは古くから魔法学に秀でた国であり、その名残は今も色濃く残っているらしい。事実マギカーから一歩踏み出しただけでも分かるほど、魔法に関連する施設がたくさん見える。
「ありがとうございました」
マギカーの運転手に運賃とお礼のチップを渡し、軽く会釈して別れを告げる。
エストリアは首都アルケーへの通過点に過ぎないため、当初の予定では一泊してすぐにアルケーへ向けて立つ予定だった。しかしアラヤはマギカ―の運転手の話をきいて、魔法工学について興味が湧いてきていた。
(運転手さんの話も気になるし、一週間くらいはここにいようかな。なにか面白いことにも出会えそうだし!)
そのためにはまず宿を探さなくてはならない。
とりあえず道なりに歩いて宿を探してみることにしたが....全くもって宿らしい建物や看板は見えない。目に入るのは「魔法文房具店」「魔法家具専門店」「魔導具リサイクル店」……そんな看板ばかり。
「予想通り魔法に関連したお店が多い…。」
15分ほど歩いたところで、広場に出た。
広場の中央には大理石でできた球状のオブジェクトが黒い台座の上をふわふわと浮いている。その下では子供たちがわいわいとはしゃいでいた。
(多分魔法で浮かしているのだろうけれど、危なくないのかな)
首をかしげつつ広場を見回すと、掲示板の横に街の地図が立てられているのが目に入った。近寄り確認してみることに
「ふむふむ…、なかなか面白い形をしているねこの街は。」
地図から、どうやらエストリアは北東に傾いた四芒星の形をしているらしい。そしてその四つ角から大きな街道が直交し、その中心を基点に「研究区域」「観光・娯楽等区域」「商業・住宅等区域」「住宅・軍事・工業等区域」に分かれている。
「宿泊施設は……っと。この『観光・娯楽区域』か。よし、とりあえず”フロフロ”って宿に行ってみようかな。……フロフロ? なんか可愛い響き。あとは図書館、図書館は~…」
そう言いながら地図とにらめっこしていると――
「図書館を探してるの?」
「ひゃっ!?」
思わず肩を跳ねさせて振り返る。
そこには、いつの間にか一人の少年が立っていた。十歳くらいだろうか。陽に透ける髪は淡い金色、瞳は翡翠みたいに澄んでいる。背丈はアラヤより少し低く、150センチに届かないくらいだ。
「図書館ならあっちだよ。突き当たりを右に曲がって、まっすぐ行ったら、左手に大きなレンガの建物が見えるはず。すぐわかると思うよ!」
「え、あ、ありがとう……」
「どういたしまして!」
そう男の子はにこやかに告げると、指をさしていた方向とは逆に向かって走り去っていった。
「民宿フロフロ」は広場からそう遠くないところにあり、地図を読むことが苦手なアラヤでもなんとか到着することができた。
外観は四階建ての木造で、可愛らしい名前に反して年季の入った風情がある。扉を開けるたびに涼やかな鈴の音が鳴り、入ってすぐ右には観光案内やパンフレットが整然と並ぶラック。正面には木造の長い廊下が伸び、その奥に古い階段が見えた。
「こんにちは!いらっしゃいませ!」
声の主の方に目を向けると、受付カウンターの向こうにいたのは――先ほど広場で出会った少年だった。
「あ、えっ!?」
思わず言葉にならない声をあげてしまうアラヤ。
「ははは、なんですか、いきなり。」
少年はケラケラと笑っている。
(双子なのかな?にしても似すぎているというか…。それに働くにしても若すぎないか?)
「あの、大丈夫ですか?」
じろじろと顔を見つめてくるアラヤに対して男の子は警戒心を持った表情で声を掛ける。
「ああっ!なんでもないよ、ごめんね。えっと泊まりたいんだけど…」
そうごまかしながら目的を伝えるアラヤ。
「どれくらいのご宿泊をご予定されていますか?」
「六日間くらいでお願い。」
「かしこまりました! 前金で九十五アースになります。」
「(思ったより高い!)割引とか、あります……?」
「ありません! 価格交渉にも応じません!」
にっこりと笑顔で断言され、アラヤは肩を落とすしかなかった。
アラヤは3階の端の部屋に案内された。建物自体はあまり高くはないが、窓から見える景色はとてもいい。内装もまるで我が家にいるかのような安心感をあたえる落ち着いた雰囲気だ。
「とりあえず宿はとれたし、泊まる場所に関しては大丈夫!お金は…まだ大丈夫…」
財布をみて少し黙り込む。
「き、気を取り直して今日は少し観光してみようかな!図書館はまた明日だね。」
必要なものだけをもって外に出た。今は午後2時くらい。外に出て少し歩いて昼食を食べていないことに気づいた。おかしいことにそれに気づいてしまうとお腹がすいてくる。アラヤはたまたま目に入った近くの喫茶店で昼食を済ませることにした。
「わぁ~、可愛い!」
店に入ると哀愁漂うレトロな雰囲気をもつ内装が広がっていた。目に優しい暖色のつり下がった灯、魔法がかかっているのかご機嫌そうに小刻みに動くかわいらしい観葉植物。
「いらっしゃいませ〜。おひとりさまですね〜。どこでもどぞ~。」
少しけだるげに対応する店員。
品目がたくさんあり少し迷ったが「カリーシチュ」という聞いたことのない料理を頼んでみた。
「お待たせしました~。」
10分後料理が到着した。香ばしい匂いに具だくさんのブラウンの汁物。見たこともない料理を恐る恐る口に運ぶ。
「う~ん、おいしい~!」
少し辛みのある風味と共に甘みもある。滑らかな舌触りで自然とのどを伝っていく。そして付属のパンと一緒に口に含むとこれまた新たな発見が!
そんな感じで昼食を楽しみ、気づけば午後3時半。店の雰囲気と料理を堪能し過ぎて、街を見て回る時間が無くなってしまうところだった。料金を支払い、店の外に出る。食べながら次に何をしようかと少し考えた結果、
「食べ歩きをしよう!」
この娯楽区域の出店はお手頃価格な食料が多く、少しくらいは大丈夫と!いい匂いのする方に行っては食べ、つられては食べを繰り返し、気づけば
「迷った…」
いつの間にか住宅街に迷い込んでしまったらしい。日が低くなり、空が赤く焼けているため住宅の夕食の準備のにおいに釣られたのだろう。
「うぅ。ここどこ~…」
少し涙目になりながら、手元に残っている芋をつぶして固めた塩味のきいた料理を食べる。するとどこかで聞いたことのある声で
「なにかお困りですか?」
「!?」
その声の主の正体に驚くアラヤ。
一度目は広場の地図の前で。二度目は宿の受付で。そして三度目はこの薄暗い住宅地の真ん中で。淡い金色の髪も夕焼けに照らされ橙を帯び、翡翠の瞳は変わらず澄んでいた。
「時速」であったり「㎞」や「午後」といった表現、「レトロ」などの英語由来の表現があり少しリアリティに欠けますが、この世界における単位や表現が我々の概念に置換したものだと考えてください…。
正直、今回はだらだらとエストリアの街の描写しかできていなく、大して話が進んでないですが話が長くなりすぎてだれるよりはと思い、微妙な落ちになったかもしれませんね。




