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第十三話 出会い

 アラヤは今、今までに来たことのないような豪邸の応接間に腰を下ろしている。

 その豪邸の持ち主はこの国、ルート統一王国の王国軍少将〈シセン〉の屋敷だ。

 割と王都の外縁付近に屋敷があり、周囲はすごく穏やかな場所に囲まれていた。軍という血生臭そうな職に属しているのだから、家くらいは落ち着いた場所に建てたかったのだろうなどと考えてみた。

 

 事情聴取の前とその最中に聞いたのだが、このシセンという少将、アラヤと同郷ということが判明している。同郷といっても同じ国の出身というだけだが。

 それがわかったとき、ここに来るまでの車内での髭の男のあの発言の意味を理解し、思わぬ伏線回収に呆れとも感心とも言えぬ感情に襲われた。

 

 この家は見た目通りに広いらしい。

 この応接間に案内されるまでに長い廊下をしばらく歩き、その間もいくつもの部屋の扉を通り過ぎた。また、廊下の窓から中庭があることも確認済み。暇なときはあの場所で心を落ち着かせて、書物にでも(ふけ)っているのかもしれない。

 屋敷の外見も立派なもので、風格も威厳もあるなかでしかし、どこか落ち着くようなそんな印象を与えた。

 

 応接間一つ切り取っても広い。

 馬が七、八頭はくつろげるだろう。暖炉の上には誰がどんな感性で造形すればこんな形になるのか、理解に苦しむ装飾品が飾られている。

 

(分不相応…かも)

 

 自分がこんな厳かで豪華な屋敷にいることに少々気後れを感じていた。

 また、この応接間には五~六十代くらいの女性の使用人に案内されたのだが、それからもう十分は経つのではなかろうか。この広い部屋に一人で約十分、よりアラヤを委縮させるのには充分だった。

 

 なにやら足音が速い速度で近づいてくる。

 そして部屋の前まで来たかと思うと、何の前触れもなく「バンッ!」と、大きな音を立てて勢いよく開いた。

 

 そこには一人の少年。大体、十五~十七?くらいの見た目の少年だった。

 少し青みがかった黒髪に、鋭い目つき。服はところどころ泥で汚れているが、細身の体つきの奥に、鍛えられた筋肉がはっきりと見える。

 

 その少年から元気のある力強い声が発せられる。

 

「あぁ?! こいつが新しい師匠の弟子か?」

 

 そう言ってソファに座るアラヤの所まで来て、アラヤの体をじろじろと見つめてくる。

 しかし、その目にはいやらしさなどは感じず(不快ではあるが)、真剣な眼差しで何かを審査するかのような目だった。

 

(す、すごい見てくる…)

 

 あまりの真剣さと長い間の注目に困惑してしまう。また、あからさまに嫌な顔を浮かべていたと思う。

 

「女のくせに中々いい体してるじゃねえか! でも女かぁ~…」

 

(初対面なのに失礼な人だな。女だから何のか、その先を言ってみせてみろ)

 

 腹が立ち、心の中でそう毒づきながらも、今の自分の状況を考えて直接言葉にして吐くのは堪えた。

 少年が腕を組み唸るようにしていると、いつの間にか部屋に入ってきていた三十代くらいの男性が少年の頭に拳骨をくらわした。

 

「おいヴァヒル。これから相棒(・・)になろうっていう相手に失礼だ。それに気持ち悪い」

 

 少年を痛めつけた男は見た目は三十代くらいの灰色の髪と紫紺の瞳が綺麗な人だった。

 顔には古傷が跡となり目立っている。その威圧感も感じられるが、それよりも落ち着いた雰囲気の方が感じられた。

 

 ヴァヒルと呼ばれたその少年はぶたれた頭を押さえながらも男に不満を漏らすような口調で話した。

 

「はぁ?! どういうことだよ師匠!」

 

(相棒…?)

 

 アラヤもその不可解な一言が気がかりでもあり、ついつい口をついて出した。

 

「あ、あの…」

 

「あぁ?!」

 

(なんであんたが反応するの)

 

 少年がアラヤの漏れ出た声に強く反応してこちらを睨み返してきた。

 男が少年を小突いてから、アラヤの目の前のローテーブルを挟んだソファにゆっくりと座った。

 

「この馬鹿が申し訳ない。ここに来た理由も気になるだろうが、まずは自己紹介からだ。

 俺は〈シセン・アラサキ〉。こいつは〈ヴァヒル〉。本来の家名はないが、今は私の家名を名乗らせている」

 

 淡々とそれは告げられた。

 

(シセンと言うと、車内であの男が言っていた私と同郷の。この人が…)

 

 聞いていた人物の姿かたちが判明すると、名前と言い顔立ちと言い、確かにアラヤの故郷の国の者と似通っている。

 アラヤはシセンの事をまじまじと無意識で観察していたことに気づいた。途端に、シセンと目が合い思わず目を逸らしてしまった。

 

「そうだ。この俺が〈ヴァヒル〉だ」

 

 少年ヴァヒルは偉そうな表情と仁王立ちをしながら、自分の名前を堂々と言った。

 

(はいはい…)

 

 ヴァヒルの立ち振る舞いに呆れてると、対面から視線を感じた。

 シセンが自己紹介を促しているようだった。

 

「もう御存知かと思いますが、私はアラヤ・ナミウチです。シセンさんと同じ国出身だと思います」

 

 最低限の情報だけを述べ終わると、隣に立っていたヴァヒルが頭を掻きながら呆れた表情でこちらを見ていた。

 

「なよなよしてんなぁ~。師匠! こいつと相棒ってマジなのかよ」

 

(いちいち、声を荒げないでいただきたい。耳に悪い)

 

「まあ、ヴァヒルも座れ。そのことについても話しておきたい」

 

 そうヴァヒルに着席を促した後に、アラヤよりも後ろに視線を向けて「カーテラ、紅茶を頼む」と、応接間の扉に立っていた中年の女性の使用人に声を掛けた。アラヤをここまで屋敷の中を案内したのも彼女だ。

 カーテラは一礼をした後に部屋の中にあった扉から隣の部屋に移動した。

 

 ヴァヒルがどさっとアラヤの隣に座り、ソファが軋む。不機嫌さを隠す気もないらしい。

 カーテラが扉を閉める音だけが応接間に響いた後、シセンが話し始めた。

 

「アラヤ君。話は聞いている。フロームのエストリアで色々あったそうだな。」

 

 淡々とした口調で続ける。

 

「正直に言うと、俺もなぜ上層部が君の行いに対して何もしなかったのかが分からない。…不都合があるのならば君を始末したほうが手っ取り早いというのにも関わらず、だ」

 

 その言葉に思わず身をこわばらせる。

 

「何の話してんのか、わっかんね」

 

 そんなヴァヒルの気の抜けた声に目もくれず、シセンは話を続けた。

 

「君がエストリアで犯した罪は複数ある。しかし、手続きの上では『何もしない』で完結している。」

 

 隣で興味なさそうに頬杖をついていたヴァヒルが「罪」という言葉に反応したかのように思えたが、アラヤを注意を目の前のシセンに向ける。

 

「しかし、俺としては何もしないわけにはいかないと思ってな。俺から直訴して君の身柄を預かった」

 

 まっすぐアラヤを真っすぐ見据えて話を続ける。

 

「最初は俺の下で贖罪としての労働と監視、そして訓練をつけて国の戦力にしようかと考えていたのだが――君、各地を旅しているようだな」

 

 その時、部屋の扉からノックを三回する音が鳴る。

 カーテラが丸盆に三つのティーカップと恐らく牛乳の入っているだろうポットを乗せて部屋に入ってきた。

 三人の元まできて、ローテーブルに流れるような動きでそれぞれを置いていく。シセンが「ありがとう」と一言いい、カーテラは一礼をしてから応接間を出た。

 紅茶のいい香りが部屋を満たしていく。

 

 今までムスッとしていたヴァヒルが表情を緩ませて、ポットの中身を確認した後にそれを紅茶に入れ、口にした。

 シセンも紅茶を手に取りながら、話を再開した。

 

「俺は旅人から旅を奪うのは酷だと考えてね。少し面白いことを思いついた」

 

 そう言って紅茶の香りを楽しむかのように一口飲んだ後、シセンは口の端をわずかに吊り上げて聞いていた。

 

「アラヤ君。君、〈オーダー〉の会員資格もあるらしいじゃないか」

 

 誰よりも先にヴァヒルが反応した。口に含んでいた紅茶を盛大に吹き出すという形で。汚い。

 

「おいヴァヒル。汚いぞ」

 

 民間支援・魔物征伐組織〈オーダー〉。

 世界各地に拠点を持つ傭兵組織で、本部はルート統一王国の首都アルケーに置かれている。 

 商人の護衛やケイオス・魔物退治、危険地の偵察まで一般人や組織の依頼を請け負う存在として知られている。また独自の階級制度も設けられている。

 

「いやいや、師匠! こいつ、あのいかれた集団の一員なのかよ! そんなのと仲良くしろってのか!」

 

「ヴァヒル、オーダーの人間すべてがお前の考えている人であるわけではない。過度な一般化はやめろと言ったことがあるはずだ」

 

「さっきまで罪だのなんだの言ってたのに説得力なんてあるかよ!」

 

 シセンの方はいたって落ち着いて、しかし圧のある話し方だが、ヴァヒルは気にも留めずアラヤの存在について不満の感情任せに吐いていた。アラヤはヴァヒルの物言いに何度か口出ししてやりたい気にもなったが、火に油を注ぐだけだと考え、口を噤んだ。

 

「ヴァヒル、お前も人に自慢できるような生い立ちではないだろう。お互い様だ」

 

 その言葉が痛恨だったのか、ヴァヒルは不貞腐れたように黙り込む。

 

「話を戻そう」

 

 その様子を見てシセンはアラヤに向き直る。

 

「君のオーダーでの資格階級も聞いている。結構上の階級でそれなりの実績もあるらしいな。ハゼラキ市で起きた〈サンラの悲劇〉でケイオスの討伐をした旅人というのも君だと聞いている」

 

 サンラの悲劇。アラヤが初めてケイオスと対峙し、戦ったときのその事件は、その凄惨さから今ではそういう名前がついている。

 

(大体、一週間と少し前か。その時は報道の際には私の素性を伏せるようにお願いしたけれど、事件の報告書で知ったんだろうね)

 

「君の実力が相応にあると思って、今から何をしてほしいのか伝える」

 

 アラヤは手のひらを固く閉じて、次の言葉を待つ。

 ヴァヒルも不貞腐れていたがその意識はシセンの口に向けられていたかもしれない。

 

「君とヴァヒルで俺の指定する場所まで遠征してほしい。」

 

 思いもしてなかった内容に二人は呆気にとられていた。

 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはヴァヒルだった。

 

「嫌な予感はしていたけどよぉ、なんだよそれ!」

 

 アラヤも続いて、冒頭の発言とつながったことを口にした

 

「そういうことでの”相棒”ってことですか…。でもなんで、この…ヴァヒルと?」

 

「んだよ! 文句あんのかよ!」

 

(いちいち噛みつかないでほしい)

 

 シセンは紅茶を口にしたあと、表情を変えずに続けた。

 

「ヴァヒルは俺の弟子でね。もう少し礼儀と実力を叩き込んだ後に士官学校に入学させようと考えていたんだ。こいつの修行にはちょうどいいし、君の監視と報告係という役目も与えられる」

 

「ただこの女の面倒見るのが面倒ってだけだろ、師匠。ま、修行ってなら従うしかねえな」

 

「…。」

 

 さっきまで不満たらたらだったのにも関わらず、受け入れるのがはやすぎるヴァヒルにその情緒に疑念を抱くが、シセンの提案した内容を吟味する。

 

 シセンという男が、どうにも読めない。

 王国の判断に疑問を持つのは理解できる。

 身柄を引き取り、贖罪の機会を与えようとするのも、理屈としては分かる。

 

 しかし、アラヤは自己のしたことに対して、シセンが贖罪の機会を与えようとしているのならば、その内容が釣り合っていない。

 それにヴァヒルがいるとしてもあまりにも監視が杜撰ではないのか。

 

 この男、シセンがアラヤに対してここまでしてくるのは一体なぜなのか。

 アラヤが考えに耽っている様子を見て、シセンが口を開いた。

 

「…君の考えていることは予想がつく」

 

 今までの淡白な声色とは違って、実に穏やかなものだった。

 

「しかし、今日は疲れただろう。聞きたいことなどはまた明日以降に話そうか」

 

 これでシセンの話は終わった。

 部屋の時計は午後四時を示していた。紅茶を嗜んだ後に客室へと案内され、漸く一息をついた。

 

 素直に旅を続けられると喜べるわけはない。

 言葉にできない違和感が胸にこべりつくように残った。

第十三話を読んでいただきありがとうございます!

もう一か月に一話のペースとなってきましたが、漸く今の生活に慣れてきたため投稿ペースを戻していこうかなと考えています。よろしくお願いします。


シセンと視線が一緒の一文にならないように頑張りました

誤字・脱字、おかしな表現などあれば教えていただければ幸いです。

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