第十二話 道中
カリスタとの会話のあった翌日。
エストリアの町は次第に元の日常に戻りつつあった。しかし、アラヤはそんなエストリアを背に首都アルケーへと向け、車両に揺れていた。
木漏れ日広場からカリスタが姿を消した後、軍医から健康状態の確認をされたりした。
高濃度の魔素に身を曝したことによる魔素中毒の後遺症の恐れがあったがその心配もなく、何よりも運び込まれた当時、血液量がとてつもなく不足していたにもかかわらず、全くの健康体に驚かれた。
妖赫魔法の使い手は血液を操る分、失血を防ぐために通常よりも傷が早く治るように体質が発達するから、驚くのも無理はないだろう。軍医が「大学で研究したい」とボソッと呟いたが聞こえないふりをした。
軍医が来た次には、私を助けてくれた好青年に話しかけられた。
青年はこちらの無事を確認してから、すぐに本題に入った。
まあ事後処理にあたる王国軍があの場にいたように、アラヤが気絶している間は彼らが分裂体の暴走を鎮圧したようだ。
ただ、分裂体の暴走状態は到底力加減をして抑えられる状態ではなかったらしく、殺処分になった個体が殆どらしい。生存した個体も拘束を受けて、首都へ連れていかれたらしい。それも数体しかいなかったそうだが。
あれほどまでに自由を求めた彼らが自らの理性の暴走により、さらに不自由の道を進むしかなくなった。
それを招いたのは彼ら分裂体であり
(…私だ)
風を切って走る魔法車両の中で、車窓の外を眺めながら一人物思いにふけていた。
結局は自分が分裂体と共謀して、エストリア市民にとって最悪の事態を招いた結果は変わらない。しかし、今こうして軍の人間と首都アルケーへと向かっているのは、アラヤの身柄を拘束して刑務所に投獄するわけではないことが驚きだ。
その旨をあの青年に伝えたのだが、困った顔をしながら青年が言うには、
「俺も詳しいことは知らない。ただ、上からは――お前がこの件に深く関わったことは不問にする、とのことだ。とはいえ、形式的な事情聴取は必要らしい。首都アルケーまで同行してはくれないか」
とのことだった。実に爽やかで嫌な感じもしない青年だった。
(私のやったことは下手すれば国家転覆罪になりかねない重大なことだったはず)
何かしらの裏があるのではないかと、考えずにはいられなかった。
寧ろ、自分の行いに対して不問にされていることに恐怖を覚えている。
別に贖罪として何かしらの刑罰を受けることを否定したいわけではないが、誰がどう見ても罰せられるべき事実がある。
それに対して、軍と言う魔法警察を飛び越した組織が介入し、アラヤの行いを咎めない結論を下した。
頭の中で憶測や不安がひっきりなしに湧いて埋め尽くす。
自分がどんな状況に置かれているのか。どうなるのか。
軍は、王国は何を考えているのか。どれほど踏み込んでしまったのか。分裂体はどうなったのか。
すると、アラヤの隣に座っていた髭の巨体の男が、逡巡するアラヤに話しかけてきた。
「どうした、緊張しているのか」
不安げな表情を窓の反射を通して見られたのだろうか。アラヤを慮るように言った。
「まあ、ええ。少し」
思わず声色に私の感情が出てしまった。
「ははは! 心配せんでええ! なぁに、罪に問うて罰するわけでもあるまい」
豪快に笑い、こちらの緊張を和らげるかのように言葉を付け足された。
正直、信用できない。かといって、別にその旨を伝える言葉を返すわけでもなく「そうですね」と、愛想笑いと共に返すしかなかった。
男は私の愛想笑いを見た後、多くの書類が挟まれたものに目を通し始めた。
鼻歌を歌いながら。
再び目を車窓の外に向ける。
軍がアラヤの罪咎を不問にすることには違和感があるが、違和感があるとしたら事件後のエストリアの町の様子が不自然に感じた。
(町の誰も白昼夢のことを話していなかった)
事は女神の泉の森周辺で起こった。つまりエストリアの西側の領域で起こったのだが、その周辺は立ち入りが禁止されていた。
「女神が現れた」や「突発的な魔素溜まりが起きた」など噂話があれど、昼間に起こったはずの”啓示”について触れている市民は一切いなかったのだ。
もしかしたら、と考えることはあるけれど、それ以上は私の頭が思考を拒んだ。
それに結論は急ぐべきではない。いずれ、明確な答えが出るだろう。
エストリアからアルケーまでは歩いて二日以上、魔導車両を使えば数時間ということらしい。
道中はそこまで険しくなく、穏やかな地形を進むことになる。
アルケーは海の近くにあり、お城のすぐ近くには広大な海が一面に広がって、それは壮観らしい。
「そろそろ、アルケーに着く。下りる準備をしておけよ」
そう隣の男が声を掛けてきた。
もう門前町の中。
人の往来も盛んになり、賑やかになってきた。
宿泊施設かと思われる高い建物やお土産などを必死に宣伝する人、店の前に立ち止まっておいしそうな串焼きを食べる人もいたりと、目の前の大きな門に続く街道に沿って魅力的な商業施設が立ち並んでいる。
「…すごい」
エストリアもそれなりに賑やかな町だと思っていたが、アルケーは流石王国の首都だけあって、門前町だけでエストリアの町中並みに人が多い。故郷のあるカナギの首都でもこれには劣る。
あまりの人の多さと盛り上がりに感心していると
「なんだ、アルケーに来るのは初めてか」
髭の男がまたしても話しかけてきた。
「は、はい。ここに来るのも初めてで」
「…ふむ。珍しいな。ルートの者ではないのか」
何が珍しいのだろうか。
「出身はカナギの田舎です」
「…カナギ。あの東の海に近い小国か」
それを聞いて男は黙り込んだ。
ひょっとするともうすでに聴取は始まっていたのか。
そして黙り込んだかと思うと前を向いて本当に快活な笑顔で
「ははは! まあ存外世間は狭いってこったな!」
何をどう考えてそのような結論になったのか。
さっきのはただの世間話と言うことなのだろう。無駄に緊張してしまった。
気づけば大門が目の前にあり、車内から首を真上に向けないと全体像が見えないところまで近づいていた。
初めての町に対して、少しの期待。そしてこれからのことに対しての不安と緊張。
そんな複雑な感情の中、今門を通り抜ける。
門の内側の様子は言わずもがな、人々の熱気は凄まじかった。
どこを向いても人であふれかえり、そこらかしこで町の人々が声を張り上げている。
門をくぐった途端、その熱が圧が波のように、魔導車両にアラヤに押し寄せるかのように思えた。
車両は速度を落とし、どんどん町の中央へと進んでいく。
前に並んでいた車両が脇道へそれたりしていく中、アラヤの乗る車両だけはひたすら城を目指して、少し傾斜のあるこの大きな道を進んでいく。
(魔導家庭器具専門店に、魔導車両買取店。あの幟は『完全魔法製! クリームクーケィ!』…)
クリームクーケィというのは小麦粉や砂糖などで手のひらサイズに焼いた甘いお菓子にクリームを混ぜたものだ。
普通は人が自らの手で苦労して作るものだと思っていたのだが、首都の方ではこんなものもあるのかと感心した。
「へぇ~、完全魔法製のクーケィとかもあるのか」
そう隣に座る男が呟いたのを聞き逃さなかった。首都でも珍しいのか。俄然気になる。
てっきりこのままお城の中にまで行くのかと思っていたが、城門が見えてきたところで車両は右折した。
豪華で荘厳な城とは異なり、右折した先に見えてきたのはレンガ造りの無機質な建物だった。
こちらも城と同じく歴史を感じさせるほどの年季の入った建造物だが、豪華なものではない。
(この中で聴取が始まるのかな)
「着いたぞ嬢ちゃん。下りるぞ」
「はい」
まあ気の抜けた声で返事をし降車する。
初めて来るアルケーの空気は何の憂いもなく晴れ晴れとした気持ちで吸いたかったが、状況が状況なので仕方がない。
罪との対面の時だ。
第十二話を読んでいただきありがとうございます!
そして、一か月以上投稿期間が空いてしまい申し訳ありません。
モチベや時間の問題、内容の試行錯誤もあり中々筆が進みませんでした。
これからも不定期投稿になりますが、お付き合いのほどを続けていただければ幸いです。
あと、誤字など表現の違和感などがあれば寄せていただければ幸いです。




